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Dungeon
しおりを挟むさて、この世界におけるダンジョンというものは、モンスターとアイテムの湧き出る泉のような場所だ。多くは洞窟や古い遺跡の形状を取り、下へ下へと潜るほど難易度の高い仕様になっている。魔力の充満した場所ではモンスターが発生しやすく、かつ繁殖も容易である。ついでに魔道具も自然発生しやすいらしく、安全マージンをきちんととれば素材が無限に湧いてくる素晴らしい場所だ。
なお、そこから氾濫したモンスターがダンジョンではない場所で繁殖することもあるので、アイテム目的でなくともモンスターの駆除は必須。ゲームの舞台では冒険者と呼ばれる奴らが組合を通してダンジョンに挑戦し、死と隣り合わせの仕事と引き換えに利益と安全を得ている設定だ。難易度の高いダンジョンを攻略する面々なんかは、英雄みたいな扱いをされているという。
今回は、ウィリウスと共に初心者向けのダンジョンへ潜る予定だ。全ての階層が攻略済みの比較的安全な場所で、地図も精巧な物が組合で販売されている。
第1の目的は、比較的安全なここで我がパーティーの実力を確認することだ。2人だけのチームなので高度な連携も何もないかもしれないが。基本的にはウィリウスに引率してもらい、求められれば魔法で援護するスタイルを取る。装備はウィリウスにしつらえてもらったけれど、自分は戦闘経験なぞ全くない。先輩にキャリーしてもらうつもりでいこうと思う。
「認識証の提示をお願いします」
「はい」
ダンジョン入口のデカい門の横で、職員に認識証を確認してもらう。小さく頑丈そうな扉をくぐって中に入り、少し空いて奥に追加で設置されている二重扉を開けた。ここから先はもうダンジョンの内部だ。魔法の灯りが設置されていても薄暗い洞窟内は、どこかじっとりと湿って嫌な臭いがした。カビのような獣のような、気分の悪くなりそうな臭いだ。
「ゆっくり進むから、後ろ付いて来いよ。魔法の灯りは俺の頭の上に揚げといてくれ」
「分かった」
ある程度広い洞窟は、枝分かれしながら続いている。地図は頭に入っているらしく、ウィリウスは迷わず進んでいた。ただ、要所要所で敵影が無いか確認しながら、初心者に気を遣ってくれているので進みは遅い。重たい暗闇が滲むあなぐらで、鋭い目をした彼の後ろをついて歩くだけというのは少し情けない。
「止まれ。敵がいる」
ぱ、と防具に包まれた手が挙がる。小さな囁き声で制止され、足を止めた。曲がり角の向こうでは、何かがキュイキュイと鳴く声がする。排除するから待っていろ、と言われて壁際に寄る。灯りだけ前に出してくれと言うので、ゆっくりと魔法を動かした。
「行ってくる」
ふ、と口元を緩ませて、ウィリウスは通路の角を飛び出す。足音。鋭い鳴き声。剣が振られる風切り音と、地面に落ちる重い音。短い気勢。きちんと覚悟をしてやって来たはずなのに、体は動かなかった。余裕があれば彼が剣を振り魔法を使う姿を見てみたいと思っていたのに、ほんの目と鼻の先で香る血の臭いに足がすくむ。元の体の影響なのか、内面の問題なのかは分からなかった。
「蝙蝠が3匹だけだった。解体するからこっちに……おい、平気か?」
曲がり角の先から、ウィリウスがひょこりと顔を出す。装備に血が散っていた。自分がどんな顔をしているのか分からないけど、前線にいた彼を心配させる程度には酷い顔なんだと思う。
「ウィリウス……ウィリウス、血が」
「全部返り血だよ、そんな顔すんなって。かわいい内飼い奴隷ちゃんには刺激が強かったか?」
乱暴に頭を撫でてくれる手は暖かい。茶化して暗くならないように笑ってくれる。目的のために、自分で行くって言ったはずだったんだけどなぁ。迷惑をかけてしまった。
「俺解体してるから、水でも飲んでちょっと休んでろよ」
「ありがと……、ううん。見てる」
「吐くなよ?」
「……善処します」
角を曲がり、モンスターの死体を見る。小型犬ほどもある蝙蝠が3匹、ざっくりと刀傷を付けられて事切れていた。生臭い血の臭いが一層濃くなり、ずしりと息が詰まるような気分になる。ウィリウスは何でもない様子で、こちらを気にしながら蝙蝠を解体していた。マジックバックに素材たちが吸い込まれていく。この場での解体は大まかなものなのか、あっという間に通路はきれいになってしまった。
「終わったけど……いけるか?」
「うん……ごめん」
「最初は皆そんなもんだよ。歩けるなら行くぞ、もうすぐだ」
「ん」
水や医療器具なんかの物資はこちらが引き受けたので、荷物から水筒を取り出して上ってくるものを落ち着ける。変に気遣って休もうとか言われないのがありがたい。
ウィリウスにやんわり止められても2人でここに来たかったのは、この初心者向けダンジョンに隠し通路があるからだ。早めに取っておきたいアイテムが奥に隠されていて、通路の入り口にはたしかセーブポイントも設置されていたはず。アイテムはともかく、セーブポイントはウィリウスでは確認できないかもしれない。
それが、2人でここに来た2つ目の理由。屋敷の調整部屋にはなかったからな。ここにあるのか、やっぱりセーブポイントだけは無いのか、確認しておきたかった。時を戻せるかそうでないかはとても大きな違いだから。
「シン、このへんか?」
「うん、ここの灯りの下のはず……」
「クリアリングするから待ってろ」
そのまま進み、何度かの戦闘を経て目的の場所へたどり着いた。初心者向けとの謳い文句の通り、モンスターの中でも弱い部類の巨大蝙蝠やトカゲが数回出現し、ウィリウスは危なげなく討伐している。さすがは終盤まで変わらず頼れるウィリ兄さんだ。自分も鍛えればあの隣に立てるだろうか? 今のままだとちょっと怪しいかもしれない。
近くの通路をざっと確認し、モンスターも人もいないことが分かってから作業を開始する。特に何もない通路の、奥の角から数えて3番目の灯りの下。そこで解析の魔法を使うと、隠し通路が発見できる。組合の情報を見た限り、まだ誰にも見つかっていない場所だ。
「アナライズ」
「……マジか」
隣で、呆けたようなウィリウスの声がする。解析結果に従って隠されていた扉を開ければ、そこには暗く下へと続く細い階段が現れた。灯りが無いということは本当に誰も見つけていないのだろう。まあ、よっぽどの理由が無ければこんな何もない所を解析しようだなんて思わないからな。ゲーム知識様々だ。
セーブポイントは、見当たらなかった。
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