上 下
31 / 42

第31話 出航直前のやりとりです

しおりを挟む
「海だ!」とミゲールの声が聞こえてくる。

 それを離れた位置で「くっくっく……」と笑う黒い影があった。

 影がいる場所は船の上。甲板《デッキ》に並ぶ手すり。

 不安定な手すりの上に座る男。背後の通路には、乗組員が歩いているが何も言わない。

 無視をしているのではない。目前にいる男に気がつかないのだ。

 男の正体は――――

「あれが今回のターゲット、『世界最強の魔法使い』ミゲール。 そして、『兵站の武神』マヨルガ……アイツ等を殺せばいいのだな」

 男は暗殺者だった。 マヨルガが晩餐会で過去に例のない料理を披露するのに、『新大陸』から食材を手に入れるという情報は、貴族界の重鎮に取ってみれば周知の事実。

 ならば、国益に害をもたらしても邪魔をする者も出てくる。

 貴族とは伏魔殿の世界。 なんだったら、絶対王政を滅することを望む、自己矛盾を有する者ですら、いるとか……いないとか……。 それは、ともかく――――

 暗殺者の男は、手を光らせた。 どうやら、彼は魔法の紋章を有するタイプの暗殺者――――らしい。

「我が紋章の属性は水。ならば、海は俺の領域――――最強? 武神? 恐れるに足りぬわ!」

 男は高笑いを行うが、そこで初めて気がついた。 既に船が岸から離れて出航を始めたことを。

「むっ? いや、まて! アイツ等、乗っていないぞ! まさか、かく乱だと!?!? 降りる! 降りるから、ちょっと出航を止め――――あっ!」

 何か、海に落ちた音が聞こえた。

「ん? 妙な音が……魚でも跳ねたか?」とミゲール。

「え? 私には何も聞こえてきませんでしたよ」

 アリスの返事に「そうか、気のせいだったか」とミゲールは、それだけで音の正体を意識から外した。

「お待たせしました。こちらの船になります」

「おいおい、待たせすぎだぜマヨルガくん。さっきの国が保有してる軍艦で良かったんじゃないのか?」

「いえ、実は……晩餐会を邪魔したがっている勢力がいまして……」

「あぁ、貴族連中には足の引っ張り合いが趣味って奴がいるらしいからな。悪趣味だぜ。国が弱ると自分が儲かるって本末転倒って言葉を知らないのかよ」

「えっと……その……私に忠告をしてくださったのはマクレイガー公爵であって……」

「おっと! コイツは失言だったぜ。身内中の身内に貴族さまがいることを失念しちまってた。すまねぇな、アリス。別にお前等が悪趣味って意味じゃないから気にするな」

「別に気にしていませんが、あくま私はミゲール先生の弟子なので、貴族扱いは止めてくださいね」

「それもそうだ。弟子をありがたがる師匠なんていねぇ……こともないだろうが、私の性格じゃないぜ」

 そんな会話を楽しみながら――――

「それで、私たちが乗る船ってのは、どれだい?」

「こちらになります」

「この船……ですか?」とアリスは不安げに言う。 

「……大丈夫なのか? これ? 沈没しないか?」

 アリスに続いてミゲールも心配するのも当然だった。 先ほど出航した国保有の船、軍艦と比べると漁船のようなもの――――いや、漁船だろう。

「この港で一番『新大陸』に詳しい船長を雇いました。腕は確かだと聞いています」

「それ詐欺か何かで、カモにされたんじゃねぇの?」      

「――――誰が詐欺師じゃ」と船の中から老人が顔を出した。

「お主ら、『新大陸』に行きたいじゃろうが、じゃ黙って乗り込め」

「……」と無言でミゲールは船長へ手を差し出した。

「……なんじゃい? その腕は、握手か。ほれ!」

 握り返した船長の手をミゲールは、何かを確認してるようだった。

 それから、少しだけ船から距離を取ると、「マヨルガくん、ちょっと来いよ」と手招きをした。

「はい、なんでしょうか? ミゲールさん」

「あの船長は止めておいた方がいい。手が震えている」

 ミゲールが振り返り、船長の様子を窺う。 すると、手にした容器から琥珀色の液体を浴びるように口へ運んでいる。

「完全にアルコール中毒だ。 正常な判断ができない奴に命を預けるつもりはねぇ。……可愛い弟子もいるからな」

「実は、船長が酒を飲んでいるのには理由があるのです」

「なに?」とミゲールは思わず凄んだ。 

「船長が酒を飲む正当な理由ってのが、あるなら聞かせてもらおうか? 本当にそんな理由が――――いや、なるほど。そういう理由か」

 突然、ミゲールは納得したかのように「うんうん」と頷き始めた。

 その様子に「先生、何を納得し始めたのですが?」とアリスは困惑する。

「あの船長くらいの時代、長距離の航海じゃ水の保存が効かなかったんだ」

「水が腐るってことですか? それじゃ、どうやって飲み水を?」

「水の代わりに酒を飲んでいたんだ」

「……なるほど、それで、あの船長さんは本当にベテランってことがわかったのですね!」

「くっくっく……それだけじゃねぇぜ」

「?」

「そんな、船乗りは――――水の代わりに酒を使ってでも、長い日時を航海に費やす連中ってのは、この世に1種類だけなんだぜ」

「なんですか、それは?」

 ミゲールは短く、船長の職業を言い当てた。

「あの船長は――――海賊さ!」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...