上 下
48 / 189
精一杯のごめんなさい

精一杯のごめんなさい⑦

しおりを挟む
「だけど……この間、あんたが来てくれて……助かった……あのまま奴に…乱暴されてたら、僕はもう生きていけなかった……多分死にたくなってたと思う.......」

藤咲が洞を吹いている訳じゃなくて本当だと悲痛なほど分かる。宏明と握手した時の青ざめた表情。会場で息が止まりそうな程、涙を流しながら浅い呼吸を繰り返しては宏明を前にして震えて身を縮めていた姿が脳裏に浮かんでくる。

「……それくらい……僕は人に触れるのが、触れられるのが怖いんだ。男なら尚更、それが帰国してあいつが調律していたって知ってから、大好きなピアノに触れるのですら怖くなった……あいつがやったやつじゃないと分っていも
……あいつが僕の身体を触ってきた感触がフラッシュバックして演奏どころじゃなくなるんだよ……手袋をしてればまだマシな方だけど、気持ち悪くて、吐きそうで、苦しくて……」

だから、藤咲はピアノに触れるとき手袋をしていたのだと。弾くことが職業である限り逃れることのできない苦しみ、好きな物に触れられない辛烈さを抱えながら、彼は生きている……。

宏明が藤咲に具体的に何をしたのか分からない、でも自分はそれを止めることはできた。
彼の心に大きな深傷を負わせることは防げたかもしれない……俺が兄の脅しにも屈しずに、あの場にいる事ができたら、彼が苦しむことはなかったかもしれない。

後悔の渦がぐるぐると頭を駆け巡る。

「あいつらに裏切られたはずの母親までもが、あいつと関係持ってて……もうめちゃくちゃで……全部あんたのせいだ」

藤咲は歯を食いしばって顔を歪ませる。

藤咲に知られたくなかった、宏明に丸め込まれて藤咲の母親の恭子きょうこさんまでも手玉に取っていたこと。そのことを意図も簡単に宏明が藤咲本人に話して彼の心を乱していく。

宏明が藤咲をこの手で汚したいと豪語していたように、彼の心にまでも宏明が侵食していく。本当に兄のしていることは許せない。

しかし、今自分が藤咲に八つ当たりをされているのだと分かっていても、大樹はそんな兄に代わるようにして「ごめん」とだけしか言えなかった。

言い訳をしたところで見苦しいだけ。
腹立って反発したところで、藤咲にとったら俺だって宏明側の人間に見えても仕方がない。俺が藤咲を見捨てたという事実だけしかそこにはないのだから……。

「僕の中であんたは一生嘘つきで裏切り者の悪者にでっち上げたかったのに、頼んでもないのに僕を助けにくるし僕を庇って怪我してるし……今更、優しくなんてしてくるなよ……」

藤咲は自身の右手で頭をくしゃくしゃに掻き回しては深く項垂れ、しゃがみ込んでしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)私の夫を奪う姉

青空一夏
恋愛
私(ポージ)は爵位はないが、王宮に勤める文官(セオドア)の妻だ。姉(メイヴ)は老男爵に嫁ぎ最近、未亡人になったばかりだ。暇な姉は度々、私を呼び出すが、私の夫を一人で寄越すように言ったことから不倫が始まる。私は・・・・・・ すっきり?ざまぁあり。短いゆるふわ設定なお話のつもりです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

(完)あなたの瞳に私は映っていなかったー妹に騙されていた私

青空一夏
恋愛
 私には一歳年下の妹がいる。彼女はとても男性にもてた。容姿は私とさほど変わらないのに、自分を可愛く引き立てるのが上手なのよ。お洒落をするのが大好きで身を飾りたてては、男性に流し目をおくるような子だった。  妹は男爵家に嫁ぎ玉の輿にのった。私も画廊を経営する男性と結婚する。私達姉妹はお互いの結婚を機に仲良くなっていく。ところがある日、夫と妹の会話が聞こえた。その会話は・・・・・・  これは妹と夫に裏切られたヒロインの物語。貴族のいる異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。 ※表紙は青空作成AIイラストです。ヒロインのマリアンです。 ※ショートショートから短編に変えました。

えっと、幼馴染が私の婚約者と朝チュンしました。ドン引きなんですけど……

百谷シカ
恋愛
カメロン侯爵家で開かれた舞踏会。 楽しい夜が明けて、うららかな朝、幼馴染モイラの部屋を訪ねたら…… 「えっ!?」 「え?」 「あ」 モイラのベッドに、私の婚約者レニー・ストックウィンが寝ていた。 ふたりとも裸で、衣服が散乱している酷い状態。 「どういう事なの!?」 楽しかった舞踏会も台無し。 しかも、モイラの部屋で泣き喚く私を、モイラとレニーが宥める始末。 「触らないで! 気持ち悪い!!」 その瞬間、私は幼馴染と婚約者を失ったのだと気づいた。 愛していたはずのふたりは、裏切り者だ。 私は部屋を飛び出した。 そして、少し頭を冷やそうと散歩に出て、美しい橋でたそがれていた時。 「待て待て待てぇッ!!」 人生を悲観し絶望のあまり人生の幕を引こうとしている……と勘違いされたらしい。 髪を振り乱し突進してくるのは、恋多き貴公子と噂の麗しいアスター伯爵だった。 「早まるな! オリヴィア・レンフィールド!!」 「!?」 私は、とりあえず猛ダッシュで逃げた。 だって、失恋したばかりの私には、刺激が強すぎる人だったから…… ♡内気な傷心令嬢とフェロモン伯爵の優しいラブストーリー♡

(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。

青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった) 妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。 そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。 その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。 私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。 誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...