君のために僕は歌う

なめめ

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志すもの

志すもの⑪

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「だけど、楽しいのはその子と弾いてるときだけで、ヴァイオリンを続ける理由にならなかった。だから勉強と引き換えに此処で一年前からレッスンを受けてたんだ。けど僕が彼の家に行かない間に兄とその子との関係が大変なことになってて……。その、向こうの家の父親との関係が彼にバレた兄はその子に悪さをするようになってたんだ。そして僕が久しぶりに来た日に彼に助けを求められたけど、兄の脅威が怖くて逃げてきた……。僕は卑怯な奴なんだ……」

口元にあった手が頭を抱えて項垂れている。
吉澤が見せてくれたいつぞやの家族写真で仲睦まじそうに写っていた写真は仮初めの姿。大樹が兄と仲の良い兄弟関係ではないことは重々に理解でき、同情はするが、今現在自分が過去に出来なかった、しなかったことに対して自分自身を責めている姿が腹立たしかった。

「ふーん、卑怯だからどうした?」
「え……」

後悔を続けたところできっとその子の傷は癒えるわけじゃない。
『辛かったね』『君は悪くないよ』なんて優しい言葉をかけてやる義理はない。

「お前はそいつを見捨てたんだからそいつからしたらお前も加害者に
変わりねぇよ。恨まれても仕方ねぇだろうな。それともお前は悪くないから気にするなって言ってほしかった?」
「いや、そういう訳じゃ……」

律仁の言葉に顔を上げた大樹が半泣きの顔をして此方を見てくる。
流石に言い過ぎたかと僅かに反省はしたが、此奴は何も知らないだけで真っすぐである此奴の瞳を見ていると根っこから悪い奴ではない気がした。

「そんな世の中甘くねぇよ。お前は箱入り坊ちゃんだから教えてやるけど、
お前が勇気がなくてそいつ助けられず逃げてきた事実は泣いて喚いたところで変えられないし、お前のその罪はそいつが恨んでる限りなくなんねぇよ。でもその後お前がどうするかじゃないのか?これからも臆病に逃げて後悔し続けるお前でいたいのか?それとも自分を犠牲にしてでも大切な人を守れるお前でいたいのか?」

「それは……。後悔し続けるのは嫌だよ。大切な人を守れる自分がいいに決まってる」

「なら、なよなよと考えるのはやめることだな。せいぜい、そいつに恨まれないような生き方をすることだな」

大樹の瞳から迷いや後悔がなくなり強い意志のようなものが見えたところで
黒田がやってくると「律仁にしてはいいこと言ってるんじゃないか?」とブレンド珈琲と出来立てのホットサンドを二人に差し出してきた。

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