君のために僕は歌う

なめめ

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交渉決裂

交渉決裂⑥

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先程の三階事務所の奥の吉澤のディスクに呼び出された第一声が「社長はお前をアイドルとして売りたがってる」だった。


幼いころから歌やダンスのレッスンを受けさせられていた時点で驚きはしなかったが、社長の意向など律仁の知ったことではない。


「だからなんだよ。俺は誰になんと言われようと鈴奈と以外はやるつもりねーし」と突っぱねると吉澤のディスクの上に一枚の家族写真が置かれた。

背景は自宅玄関なのだろう。木目調の扉を背にして四人家族の男女が笑顔で並んで映っている。後列には両親と思しき、少し老け男と若めの20代前半くらいの男が並んでいる。


その前列には背丈の低いバイオリンを手にしている少年と、その母親らしき女が少し少年の背丈に合わせて屈んでは肩を抱いていた。

みんな正装をしていて、自分の幼少期とはかけ離れた家族像から、明らかに裕福な家庭であることが見て分かる。

「なんだよ、この写真」

この写真を見せられたことと今回の件と何が関係あるのか皆目見当もつかない。律仁は眉間に皺を寄せて問うと吉澤が、写真の中のバイオリンを抱いた青年を指差してきた。

「この少年いるだろ、お前の相方になる子だ。長山大樹ながやまたいきって言って今、通いでレッスンを受けさせてる」

「長山大樹?誰だよこんなガキ」

「うちに所属してる長山卓郎ながやまたくろうっていうバイオリ二ストの息子だ。この写真は中学生に上がる前だから、今は幼さもあるがだいぶ顔つきも変わってる。お前と釣り合いは取れるくらい顔は悪くない」

急に写真を見せられて相方になる子だと言われても、律仁は鈴奈と一緒組む未来しか見えていない。こんなどこ馬の骨かも分からない坊ちゃんとなんかユニットを組むなんて想像出来なかった。否、したくなどなかった。

どうせお金持ちなのだから鼻につく性格をしているんだろう。家族写真など撮ったこともなく、親に見放された律仁とは住む世界が違いすぎる。

そんなやつと組んだところで性格の不一致で上手くいかないことは目に見えていた。 

「だからひと足先にお前には、来月から本格的にダンスのレッスンも再開させるつもりだ」

律仁の知らないところで勝手に話を進められていることが腹立たしい。そんな理由で鈴奈とのことを断られるなんて納得がいかない。

律仁は思い切り、左手で吉澤の机を叩いた。

「嫌に決まってんだろ。ダンスなんて必要ない。俺は鈴奈と歌でやっていく」

「一緒にやってどうする」

そんな奮起している律仁の一方で吉澤は至って冷静に腕を組んで問うてくる。

「どうって·····世界一のアーティストになってやるよ」

断言したものの、確信的な自信がある訳じゃない。しかし、鈴奈とであれば海を越える存在になることも夢じゃないような気がしていた。


まだ曲作りを始めたばかりだけれど、英語の詞をいずれ書けるようになれれば可能性はゼロじゃない。夢は膨らむ一方だった。

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