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第三話 少女たちとの出会い

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 退院後、街に居るとこの顔のせいでジロジロ見られるし、子供などは泣き出す始末だ。よって普段はゴーグルをするようにした。この対策により問題は一応解決したのだが、これを付けていると重いし暑苦しい。
 また肩の問題であまりやることがないせいか日々のやる気も起きなくなってきていた。

 その点、ここのような山奥では顔が化け物でも誰も居ないから気に病む必要もないし、多少動作が緩慢でも万事ゆっくりやればいいさという自分への寛容さも出てくる。むしろ店の類がないため何でも自分でやらなくてはならないという環境が徐々にオレのバイタリティを蘇らせてくれつつある。

 ある日、オレが山狩りに出かけた時のことだ。

 野生動物がうろうろしている山林の中でメソメソ泣いている子供が二人いた。年の頃はまだ初等教育か就学前かといったところで女の子である。着ている物は品がある薄手のワンピースだが薄汚れていて、少なくとも昨日今日迷子になったのではないと推測できた。
 一方、そんな年端のいかない娘でありながら、美しい容姿でもあった。年長者らしき少女はショートカットのブラウンヘアで大きな瞳と真っ白な素肌が印象的でもう一人の少女は少々日に焼けた感じだが、おさげ髪で少し切れ長の目がとてもキュートで将来、男を惑わしそうなオーラを既に醸し出している。

 オレはポケットからゴーグルを取り出して、着用してから彼女たちに近づいた。

「君たち、こんな山の中でどうしたんだい? お父さんやお母さんは?」

 オレは努めてやさしく声を掛けた。すると年長者らしい子の方が答えた。

「おじさん、誰?」

 めちゃくちゃ警戒されている上に『おじさん』。落胆した。

「オレは軍の者だ」

 そう言ってからオレは身分証を出した。

「私たちのお父さんはずっと前に死にました。お母さんとはこの山の中ではぐれました」
 年長者らしき娘が答えた。
「はぐれたっていつ?」
「もう何日も……ずっと」
「その間は何も食べていないのかい?」
「……はい」

 こんな場所で小さな子供が衰弱していたら肉食獣の格好の餌食だ。

「とにかくここは危ないから一旦離れよう。後で必ずオレもお母さんを探してあげるから」
「……はい」

 オレは彼女たちを連れ山小屋に戻ってから鳥肉鍋を作って提供してやった。二人とも貪るように食べていた。これなら大丈夫だろう。

 この日は彼女たちに休息を取らせ、翌日彼女の母の探索に向かった。



「はぐれた場所というのはここ辺りかな?」
「あまり良く覚えてないですけど……多分そうだと思います」

 姉妹の姉が返答した。昨晩少し話をしてわかったが彼女らはやはり実の姉妹で父母と四人で暮らしていたそうだ。まだ学校には行っておらず、もっぱら親から教育を受けていた。受け答えはしっかりしているので親の教育レベルも高いと想像できる。

 姉の名前はアイカ。妹はルクシーと言う。

 妹の方はまだかなり警戒心を持っていてあまりオレには話さないが、姉のアイカによると性格は明るくて朗らかだという。

 オレは意識を集中して自分の生体探知能力を使って周囲を探索してみた。だが、この周辺は余りにも野生動物が多くて識別のために多くの労力を要した。これでは歩いて探した方が良い気もするが、幼い子供を連れている以上、できるだけ危険は避けた方が良い。
 結局、通常探索範囲の半分も能力を使えなかったオレは日を改めて自分の足で彼女たちの母親探しをすることにした。

 山に入ってからは肩の問題もあり、無理をせず近場で野鳥や鹿を狩って生活していたが、今度はそうもいかなくなる。山中深くでは凶暴な動物もいるだろう。コンディションが万全ならこれでも機密急襲部隊だったオレだ……あ、いやまだ現役だったな、とにかく問題ない。今はケガを完全に治すことを優先すべきだろう。


 姉妹は日に日に元気を取り戻していった。水や食い物は問題ない。全て天然物で採りたてしかないからだ。サバイバル訓練で受けた知識も役立ち、栄養価の高いものは承知している。効率よく体力を回復してくれているはずだ。

 
 最近のことだ。
 オレが庭で薪割りをしていると手伝うと言って寄ってきたことがあった。まだ小さいので斧は重過ぎるから渡さないが、代わりに炊事場で積極的に料理を始めた。子供の割には器用で野菜の裁断もなかなか上手である。これならある程度任せられそうだ。ま、味付けはちょっと薄いがマズイということはない。言い方次第ではヘルシー料理だ。


 母親のことはオレには話さなくなった。言うと催促みたいになってしまうから気を遣っているのだろう。


 嬉しいことがあった。オレが汗をぬぐおうとしてうっかり彼女たちの前でゴーグルを外してしまった時、さぞかし怖がるだろうと思ったが、全くそんなことはなかった。それどころか『辛いお仕事だったんだね』とねぎらってくれた。
 彼女たちが寝静まってからオレは一人泣いた。


 
 それから約半年の月日が流れ、オレの肩はようやく以前の状態に戻った。恐らくこれで軍の仕事にも復帰できるだろう。しかしオレはそうしなかった。アイカとルクシー、二人の母親探しが今のオレにとっては最優先任務だからだ。

「じゃあ、行ってくる。言わなくてもわかってると思うが、小屋の周りからは決して離れるなよ」
「「は~い。行ってらっしゃい、おじさん」」

 二人は賢いから、遊びに夢中で遠くへ行ってしまったり、足を滑らせて川に落ちてしまったりなどは決してないだろう。それでも注意をしてしまうのは軍人の癖がつい出てしまうオレに問題がある。
 それにしてもまだ二十歳前のオレに『おじさん』はないだろう。確かに同期では異例の出世の早さだったが実年齢は別の話だ。だが、気付いた時には常時そう言われるようになっていた。

 山中深くまで入るのは久しぶりであったが、偶然出くわしたイノシシやクマにも冷静に対処できた。思ったほどオレの腕は鈍っていないようだ。おまけに毛皮と肉が手に入った。幸先が良い。

 しかし全く想定外の出来事があった。山小屋から一キロ以上離れた場所で想像もしない生き物と衝撃的な対面を果たすことになったからだ。
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