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他人の優しさ

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 オレは店を飛び出して、だだっ広い駐車場を出て、ひたすら走った。
 店長に捕まるほどオレはのろまじゃない。
 車に気をつけて、歩道を走り、車道を渡り、歩道を走り、店からどのくらい離れたんだろう。まだ店長が追ってくる距離なんだろうか。

 とても気持ちがよかった。暑い夏が去って、寒い冬に向かって季節が進んでいた時期だったから。
 公園で、茶色い葉っぱを踏んだら、面白い音がした。オレはそれが面白くって、何度も何度も茶色い葉っぱを踏んだ。

「あ! いぬー!」
「あらホント。どこのワンちゃんかしらね」

 公園で遊んでいた子供と母親に指を指されながら、オレは水溜まりの水を飲む。
 えっちゃんが用意してくれていた水がどれほど美味しいか、身に染みた。

 もともと野生だから外でも生きていけるだなんて、威勢のいいことを言ったけれど、実際外を歩いてみると食べ物にはなかなかありつけなかった。

「……腹減ったなぁ……」

 もうずいぶんと歩いていた。
 太陽も横からオレを照らすようになり、さっきまでよりもなんだか赤く、暑く感じる。
 きっと今頃、店の連中は美味しい夜のご飯を貰っているだろう。えっちゃんがくれるご飯は、いつだって美味しい。

 オレは店長の車を知らない。もしも車で追われたりなんかしたら、いくら逃げ足の早いオレだって捕まっちまう。
 だから、細い道を歩くことにした。

 車が多い大通りから少し離れると、子供達の姿が増えた。
 公園も増えて、そこで遊ぶ子供や、道路で遊ぶ子供や、小さい駄菓子屋に出入りする子供がいた。

「あ! 犬だ!」
「ホントだ! どこの犬?」
「首輪してないから野良犬じゃん?」

 オレはちょっとだけ立ち止まって、そいつらの方を見やった。いいヤツか悪いヤツか見極めるためだ。
 人間の子供の中には動物をいじめるヤツもいる。
 オレには家族がいないけれど、見ず知らずの育ちの悪い子供にいじめられるのだけは避けたかった。

「ママー! 野良犬がいるよー!」
 こっちを見ていた子供は、自分の家なのだろうか、すぐ後ろの玄関に入っていった。
 そしてすぐに出てきて、オレの方に母親と一緒に来た。

「あら、ホントね。首輪してないね。迷子かな?」
「ショコラのご飯分けてあげれば?」
「そうだね。お腹空いてるかな? おいで、ご飯分けてあげる」

 オレは店で働くえっちゃんや、店長や、他のトリマー以外にこんなに優しくしてもらったことがなかったから、正直少し戸惑った。毒でも盛られるんじゃないかと思った。
 けれど、家の方からイヌの気配がした。

 イヌを飼っているヤツがイヌを殺すわけがない。

 オレは直感を信じて、その母親と子供の後をついて行く。

「ちょっと待っててね。ゆうくん、ここでワンちゃん見てて」
「わかった」

 さすがに家の中にはこの汚い脚で入れてもらえなかったが、窓からトイ・プードルがこっちを見ていた。さっき言ってた『ショコラ』って名前のイヌなんだろう。

 すごく幸せそうに見えた。

「家族っていいもんか?」
 オレが鼻を鳴らして聞くと、
「みんな優しいわよ。私幸せ」
とショコラが答えた。

 しばらくして、ショコラの前にご飯が出された。そして、玄関からさっきの母親が出てきて、オレの前にも同じご飯を置く。

「どうぞ」
「ママ、なんかショコラとお話してるみたいだったよ」
「そう。ごめんね、うちでは飼ってあげられないのよ。どうしようかしら……」

 ──クゥ~ン。
「お気遣いなく」
 そう言ったけれど、もちろん人間にオレの言葉は通じない。
 ショコラのご飯はとても高級な味がした。
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