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◆ 第一章 黒の姫宮
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ゆっくりと視線をあげる。そこには清玖がいた。求め続けた姿が。求めながらも、許されないと諦めた彼が。見上げた先にある清玖のおもては、剣呑な空気を孕んでいて、鋭利な刃のようだった。
その頬に触れて、こちらを向かせたいという我儘な欲望が私の中に生まれるが、それをぐっと押し込めて耐えた。清玖は強い力で私の肩を抱いて離さない。痛いほどの強さだったが、それでも愛おしく感じた。
守られていると、肌でそう感じる。私の全てを清玖が守ってくれているという、形容しがたい安堵に包まれた。嬉しい。嬉しい。会いに来てくれた。窮地を救ってくれた。いけないと思いつつも、喜びが湧き上がる。
だが、この幸せを自らの手で手放さなければならないのだ。今の状況は、非常に芳しくない。いくら天瀬王族の居住区に他国の王子が無断で侵入したとはいえ、大国の皇太子に剣を向けるなどと、あってはならないことだった。
「……清玖、剣を下ろして」
懇願するも、その声は清玖には届いていないようだった。彼は私の声には耳を傾けず、全神経を対峙する皇太子に向けている。その気迫を感じとり僅かにたじろぐが、このままでは駄目だと己を叱咤した。
清玖の剣を下ろさせねば。そして、私もこの腕の中から脱して皇太子に向き合い、大事になる前に自体を収束させねばらならなかった。私が何かの火種になることだけは避けたい。
「清玖、駄目だ……、離せ」
「だが吉乃、」
「離せと言っている」
強い口調で命じた。私が王子としての立場を使えば、清玖であっても従わざるを得ない。それを分かっていて、敢えてそうした。清玖は顔を顰め、不本意そうに剣を収めて私を離した。
開放された私は、富寧と名乗った皇太子の前に出て、膝を屈し跪礼を取る。私が頭を垂れた直後、近衛たちが騒然とした。天瀬臣民である彼らとしては、天瀬王族が、他国の王族に頭を下げる姿など見たくはなかったのだろう。
そして、私が頭を下げたことによって、彼らも床に額付いた。自分より身分が上のものが頭を下げたのならば、それに追従しなければならない。それによって、富寧を拘束していた手が離れる。
「皇太子殿下、我が臣下たちの数々の御無礼、どうかご容赦下さい」
どう考えても、悪いのはこの男だ。許しもなく黒珠宮に入ってきたのだから、近衛たちがこの男の浸入を排除しようとするのも当然だった。近衛たちに、葉桜に、そして清玖に、お前たちの行いは何も無礼ではないと弁明したい気持ちで一杯だった。
だが、琳帝国皇太子という立場が全ての免罪符になる。この男の行いは、全てが許されるのだ。それが如何な蛮行であっても。
「声まで美しいとは……なんということだ」
富寧は私の言葉を聞いていたのか、聞いていなかったのか。私の言葉に対するものとしては不適格な言葉を返してきた。私の声を賛美しながら、富寧が一歩また一歩と歩を進める。
清玖のおかげで一定の距離が開いていた私たちの間を、男が詰めてくる。近づいてくるだけで、私は嫌悪を感じていた。歪めそうになる顔を、何とか堪える。
「これほどの美姫は、琳帝国の次代皇帝たるこの俺にこそ相応しい!」
とうとう私の目の前にやってきた富寧は私の肩を掴み、興奮気味に軽く揺さぶった。こんな思慮の欠片もない男が、琳の次の皇帝となって良いのだろうかと、ついついそんなことを考えてしまうが、他国のしきたりに意見する立場に私はいない。
琳も天瀬同様に無用な玉座争いが起きぬよう、どのような人物であれ長子が帝位を継ぐという決まりがあるのだ。だが、天瀬とは異なり、頻繁に兄弟同士での暗殺や謀反が起こり、帝位が安定していない。その点が天瀬との大きな違いだった。
そんなことを冷静に考えていたのはきっと、意識をこの場から飛ばしたかったからだろう。この男に肩を掴まれているという状況にも、吐息が掛かるほど近い場所にこの男がいるという状態にも、我慢し難いものがあった。私はそんな現実から逃避したかったのだ。
しかし、他でもない富寧がそれを許さない。突然、私の髪を乱暴に掴んで引っ張ったのだ。痛っ、と反射的に叫んでしまい、近衛たちがそれに呼応して剣の柄に手を添えた。抜刀はしなかったが、皆、剣を抜き去ってしまいそうな気配を有している。
「黒髪だ……本物の黒髪だ! 素晴らしい! 下生えも黒いのか? あぁ、今すぐ確認したい、今すぐ俺のものを捻じ込んでやりたい!」
野卑な言葉の数々に嫌悪感で鳥肌が立つ。やはりこの男は、私を抱くことしか考えていなかった。私、というよりも黒髪と黒目を持つ人間を抱きたくて仕方がないのだ。それは、所有欲に似ているのだろう。世にも珍しい宝石が欲しいだとか、百年に一度しか実らない果実を食したいだとか、そういった感情によるものだ。
溜息と共に腹をくくる。ならばお望み通り抱かれてやろうではないか。それで満足したのなら、さっさとこの国から立ち去ってもらおう。百害を齎すこのような男は、一刻も早く天瀬を去ってもらうに限る。勇んで、富寧を姫宮の寝所へと連れて行こうとした直後、私の体を後方へ引き下がらせる手があった。
「これはこれは、皇太子殿。このような夜分に、何用か?」
一瞬、清玖かと思ったが、清玖ではなかった。清玖は私の視界の端で、無理やり檻に押し込められた獣のような獰猛な表情を見せながら私を見ていた。私の肩を掴み、富寧との間に割って入ったのは、紫蘭兄上だった。
「兄上……っ」
現われた兄上に対し、富寧が露骨な舌打ちをする。あまりにも無礼な態度に、私も怒りを抱いた。一体なんなのだ。兄上は、この国の王になられるのだぞ。皇太子であるお前よりその地位は上だ。そう叫んでやりたい気持ちで一杯だった。いきり立つ私の肩を兄上の手がぽんぽんと軽く叩く。
「弟が何か、粗相でも致しましたか?」
「一の宮殿。退いて頂けないだろうか?」
「何故退かねばならぬのか、分かりかねるが」
余裕の笑みを見せながら、兄上は私を庇って立つ。長い髪を緩く結んで、肩から前へ垂らしている。兄上も随分と寛いだ格好をしていた。騒動を聞きつけここへやって来てくれたのだろうが、兄上とて就寝の準備をしていた頃だったのだ。
「清玖。吉乃を部屋へ連れていけ」
「御心のままに」
「あっ……、兄上、私は……!」
兄上は清玖に指示を出し、私は清玖によって手を引かれ連れ出された。あまりにもその全てが一瞬の出来事で、私は反論のひとつも出来なかった。閨で相手をしてやっても構わないと、自棄になった心があったのに、それを遂げられず不甲斐ない気持ちになる。
「姫宮! どこへ行く!」
「何を仰せか。あれは三の宮。当代の姫宮は、我が叔父の朝水であるが? 姫宮に用事であるのなら、叔父のもとへ案内致そう」
「何をふざけたことを……っ」
兄上の言葉は事実ではあるが、そのも数日のうちに覆る。実際、多くの民は王が死に、すでに私を姫宮であると認識しているのだ。今、王都において姫宮といえばこの私、吉乃を指す。当然、兄とてそれを理解しているのだろう。理解した上で、富寧を退かせるための方便として使っている。
そんな兄上たちのやり取りから遠ざかり、清玖は兄上の命令通りに私を部屋へと連れて行こうとしていた。私の手首を掴む手が強い。痛みを感じる程だった。
「清玖! 離せ!」
「離したら、あの男の所へ戻るんだろう。それだけは出来ない」
「遅かれ早かれ、私はあの男に抱かれるんだ、事を収める為には今夜……抱かれてやるしか」
抱かれてやるしかない、と。そう告げようとしたのに、それは叶わなかった。私の体は壁に押し付けられていたのだ。清玖が私に覆いかぶさり、壁と清玖の間から逃げられなくなる。
彼の手は私の顔の横を通って壁につけられており、私は清玖によって壁に縫い付けられる形になっていた。
近い距離で見つめる清玖の顔は、怒っているように見えて私は臆する。鋭い目に射抜かれて、身動きが取れなくなった。彼の濃紺の双眸に映る私の姿は、とても弱く見える。
「遅かれ早かれ抱かれるというのなら、今夜は抱かれないで欲しい」
鋭い瞳が緩み、そして清玖は泣き出しそうな目をして私を抱きしめた。首筋に顔を埋め、全身で私を包み込んだ。温かくて、苦しくなる。どうしても、私はこの体温に安らぎを覚えてしまうのだ。
「どうして……ここに」
「蛍星に連れ出されて、黒珠宮にいたんだ」
「……そうか」
やはり、清玖は黒珠宮にいたのだ。だが、彼であればあの富寧のように押し入るなどということはしないだろう。どうして私は富寧の蛮行を清玖の行動であると、一瞬でも誤解してしまったのだろう。彼に会いたい気持ちが強すぎて、どうかしていた。
「俺には会いたくないと、蛍星から聞いた。……覚悟が鈍るから、と」
蛍星は、清玖に全てを話しているようだった。心苦しくはあるが、事情を聴いているのなら話は早い。私は、ぐっと清玖を押しのけ、距離を取った。
まっすぐに見据える。私に迷いがないことを、見せつけていたかったのだ。それが見せかけのものであることを気取られないように努め、顔が強張る。
「……先程の男を見ただろう。私はこれから、あんな連中を相手にしていかなければならないんだ。……そんな男を抱くのは、清玖だって嫌だろう」
「嫌なことなんて、何もない」
「私が嫌なんだ!」
反射的に、声を荒げてしまった。闇夜の帳が下りた空間に、私の怒号だけが響く。大きい声を出した己に驚いてしまうが、それでもそんな私を止められなかった。感情のままに、私は叫ぶ。
その頬に触れて、こちらを向かせたいという我儘な欲望が私の中に生まれるが、それをぐっと押し込めて耐えた。清玖は強い力で私の肩を抱いて離さない。痛いほどの強さだったが、それでも愛おしく感じた。
守られていると、肌でそう感じる。私の全てを清玖が守ってくれているという、形容しがたい安堵に包まれた。嬉しい。嬉しい。会いに来てくれた。窮地を救ってくれた。いけないと思いつつも、喜びが湧き上がる。
だが、この幸せを自らの手で手放さなければならないのだ。今の状況は、非常に芳しくない。いくら天瀬王族の居住区に他国の王子が無断で侵入したとはいえ、大国の皇太子に剣を向けるなどと、あってはならないことだった。
「……清玖、剣を下ろして」
懇願するも、その声は清玖には届いていないようだった。彼は私の声には耳を傾けず、全神経を対峙する皇太子に向けている。その気迫を感じとり僅かにたじろぐが、このままでは駄目だと己を叱咤した。
清玖の剣を下ろさせねば。そして、私もこの腕の中から脱して皇太子に向き合い、大事になる前に自体を収束させねばらならなかった。私が何かの火種になることだけは避けたい。
「清玖、駄目だ……、離せ」
「だが吉乃、」
「離せと言っている」
強い口調で命じた。私が王子としての立場を使えば、清玖であっても従わざるを得ない。それを分かっていて、敢えてそうした。清玖は顔を顰め、不本意そうに剣を収めて私を離した。
開放された私は、富寧と名乗った皇太子の前に出て、膝を屈し跪礼を取る。私が頭を垂れた直後、近衛たちが騒然とした。天瀬臣民である彼らとしては、天瀬王族が、他国の王族に頭を下げる姿など見たくはなかったのだろう。
そして、私が頭を下げたことによって、彼らも床に額付いた。自分より身分が上のものが頭を下げたのならば、それに追従しなければならない。それによって、富寧を拘束していた手が離れる。
「皇太子殿下、我が臣下たちの数々の御無礼、どうかご容赦下さい」
どう考えても、悪いのはこの男だ。許しもなく黒珠宮に入ってきたのだから、近衛たちがこの男の浸入を排除しようとするのも当然だった。近衛たちに、葉桜に、そして清玖に、お前たちの行いは何も無礼ではないと弁明したい気持ちで一杯だった。
だが、琳帝国皇太子という立場が全ての免罪符になる。この男の行いは、全てが許されるのだ。それが如何な蛮行であっても。
「声まで美しいとは……なんということだ」
富寧は私の言葉を聞いていたのか、聞いていなかったのか。私の言葉に対するものとしては不適格な言葉を返してきた。私の声を賛美しながら、富寧が一歩また一歩と歩を進める。
清玖のおかげで一定の距離が開いていた私たちの間を、男が詰めてくる。近づいてくるだけで、私は嫌悪を感じていた。歪めそうになる顔を、何とか堪える。
「これほどの美姫は、琳帝国の次代皇帝たるこの俺にこそ相応しい!」
とうとう私の目の前にやってきた富寧は私の肩を掴み、興奮気味に軽く揺さぶった。こんな思慮の欠片もない男が、琳の次の皇帝となって良いのだろうかと、ついついそんなことを考えてしまうが、他国のしきたりに意見する立場に私はいない。
琳も天瀬同様に無用な玉座争いが起きぬよう、どのような人物であれ長子が帝位を継ぐという決まりがあるのだ。だが、天瀬とは異なり、頻繁に兄弟同士での暗殺や謀反が起こり、帝位が安定していない。その点が天瀬との大きな違いだった。
そんなことを冷静に考えていたのはきっと、意識をこの場から飛ばしたかったからだろう。この男に肩を掴まれているという状況にも、吐息が掛かるほど近い場所にこの男がいるという状態にも、我慢し難いものがあった。私はそんな現実から逃避したかったのだ。
しかし、他でもない富寧がそれを許さない。突然、私の髪を乱暴に掴んで引っ張ったのだ。痛っ、と反射的に叫んでしまい、近衛たちがそれに呼応して剣の柄に手を添えた。抜刀はしなかったが、皆、剣を抜き去ってしまいそうな気配を有している。
「黒髪だ……本物の黒髪だ! 素晴らしい! 下生えも黒いのか? あぁ、今すぐ確認したい、今すぐ俺のものを捻じ込んでやりたい!」
野卑な言葉の数々に嫌悪感で鳥肌が立つ。やはりこの男は、私を抱くことしか考えていなかった。私、というよりも黒髪と黒目を持つ人間を抱きたくて仕方がないのだ。それは、所有欲に似ているのだろう。世にも珍しい宝石が欲しいだとか、百年に一度しか実らない果実を食したいだとか、そういった感情によるものだ。
溜息と共に腹をくくる。ならばお望み通り抱かれてやろうではないか。それで満足したのなら、さっさとこの国から立ち去ってもらおう。百害を齎すこのような男は、一刻も早く天瀬を去ってもらうに限る。勇んで、富寧を姫宮の寝所へと連れて行こうとした直後、私の体を後方へ引き下がらせる手があった。
「これはこれは、皇太子殿。このような夜分に、何用か?」
一瞬、清玖かと思ったが、清玖ではなかった。清玖は私の視界の端で、無理やり檻に押し込められた獣のような獰猛な表情を見せながら私を見ていた。私の肩を掴み、富寧との間に割って入ったのは、紫蘭兄上だった。
「兄上……っ」
現われた兄上に対し、富寧が露骨な舌打ちをする。あまりにも無礼な態度に、私も怒りを抱いた。一体なんなのだ。兄上は、この国の王になられるのだぞ。皇太子であるお前よりその地位は上だ。そう叫んでやりたい気持ちで一杯だった。いきり立つ私の肩を兄上の手がぽんぽんと軽く叩く。
「弟が何か、粗相でも致しましたか?」
「一の宮殿。退いて頂けないだろうか?」
「何故退かねばならぬのか、分かりかねるが」
余裕の笑みを見せながら、兄上は私を庇って立つ。長い髪を緩く結んで、肩から前へ垂らしている。兄上も随分と寛いだ格好をしていた。騒動を聞きつけここへやって来てくれたのだろうが、兄上とて就寝の準備をしていた頃だったのだ。
「清玖。吉乃を部屋へ連れていけ」
「御心のままに」
「あっ……、兄上、私は……!」
兄上は清玖に指示を出し、私は清玖によって手を引かれ連れ出された。あまりにもその全てが一瞬の出来事で、私は反論のひとつも出来なかった。閨で相手をしてやっても構わないと、自棄になった心があったのに、それを遂げられず不甲斐ない気持ちになる。
「姫宮! どこへ行く!」
「何を仰せか。あれは三の宮。当代の姫宮は、我が叔父の朝水であるが? 姫宮に用事であるのなら、叔父のもとへ案内致そう」
「何をふざけたことを……っ」
兄上の言葉は事実ではあるが、そのも数日のうちに覆る。実際、多くの民は王が死に、すでに私を姫宮であると認識しているのだ。今、王都において姫宮といえばこの私、吉乃を指す。当然、兄とてそれを理解しているのだろう。理解した上で、富寧を退かせるための方便として使っている。
そんな兄上たちのやり取りから遠ざかり、清玖は兄上の命令通りに私を部屋へと連れて行こうとしていた。私の手首を掴む手が強い。痛みを感じる程だった。
「清玖! 離せ!」
「離したら、あの男の所へ戻るんだろう。それだけは出来ない」
「遅かれ早かれ、私はあの男に抱かれるんだ、事を収める為には今夜……抱かれてやるしか」
抱かれてやるしかない、と。そう告げようとしたのに、それは叶わなかった。私の体は壁に押し付けられていたのだ。清玖が私に覆いかぶさり、壁と清玖の間から逃げられなくなる。
彼の手は私の顔の横を通って壁につけられており、私は清玖によって壁に縫い付けられる形になっていた。
近い距離で見つめる清玖の顔は、怒っているように見えて私は臆する。鋭い目に射抜かれて、身動きが取れなくなった。彼の濃紺の双眸に映る私の姿は、とても弱く見える。
「遅かれ早かれ抱かれるというのなら、今夜は抱かれないで欲しい」
鋭い瞳が緩み、そして清玖は泣き出しそうな目をして私を抱きしめた。首筋に顔を埋め、全身で私を包み込んだ。温かくて、苦しくなる。どうしても、私はこの体温に安らぎを覚えてしまうのだ。
「どうして……ここに」
「蛍星に連れ出されて、黒珠宮にいたんだ」
「……そうか」
やはり、清玖は黒珠宮にいたのだ。だが、彼であればあの富寧のように押し入るなどということはしないだろう。どうして私は富寧の蛮行を清玖の行動であると、一瞬でも誤解してしまったのだろう。彼に会いたい気持ちが強すぎて、どうかしていた。
「俺には会いたくないと、蛍星から聞いた。……覚悟が鈍るから、と」
蛍星は、清玖に全てを話しているようだった。心苦しくはあるが、事情を聴いているのなら話は早い。私は、ぐっと清玖を押しのけ、距離を取った。
まっすぐに見据える。私に迷いがないことを、見せつけていたかったのだ。それが見せかけのものであることを気取られないように努め、顔が強張る。
「……先程の男を見ただろう。私はこれから、あんな連中を相手にしていかなければならないんだ。……そんな男を抱くのは、清玖だって嫌だろう」
「嫌なことなんて、何もない」
「私が嫌なんだ!」
反射的に、声を荒げてしまった。闇夜の帳が下りた空間に、私の怒号だけが響く。大きい声を出した己に驚いてしまうが、それでもそんな私を止められなかった。感情のままに、私は叫ぶ。
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