すべては花の積もる先

シオ

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スイ編

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「ほら見てスイ。これとこれ。大差がないでしょう? 私には表現の幅がないんだよ」

 机の上に絵が並べられている。それは兄さんが描いたものだった。俺と兄さんは広い机の前に椅子を二つ置いて、そこに腰を下ろしている。そうして兄さんが、如何に自分の絵は劣っているものであるかを懇々と説明していた。ラオウェイと身分を偽って絵を買っていた俺に、兄さんは絵画に対する正しい見識をつけさせるのだそうだ。

 一生懸命になって言葉を紡ぐ兄さんの横顔を見る。あれから半月が経ち、兄さんの火傷の状態も落ち着いた。それでも顔には火傷の痕が残り、その部分だけ皮膚の色が赤黒くなっている。だが、兄さんの素晴らしさは何一つ損なっていない。ただ一つ、髪はまた伸ばして欲しいなと思っていた。短い髪も美しいけれど、俺は兄さんの流れるように長い髪を愛していたのだ。

 銃弾を受けた俺の足はまだ、完全に回復したわけではない。歩くことにも支障があり、杖を手放せない体になってしまった。けれどそのおかげで、いつでも兄さんがそばにいて俺を支えてくれるのだ。それを嬉しいと言えば、兄さんは複雑な顔をするだろうか。懸命に説明を続ける兄さんを見て、俺の口元には笑みが浮かぶ。

「でも、兄さんの絵はどちらも綺麗だよ」
「そ……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、でも、私は誰かに師事したこともないし。見様見真似で描いているだけで、実力がないというか……」

 確かに、兄さんは誰かに絵を描く術を教えられたことがない。そう考えれば、逆にここまでの絵を描けているのは凄いことではないのだろうか。この絵が店先に並べられていたら、誰もが売り物であることを疑わないだろう。明らかに、兄さんの絵は一定の水準を超えている。だと言うのに、兄さんは自分の絵を卑下してばかりだった。

「見様見真似で描くことはいけないことなの? 俺は本当に、兄さんの絵が好きだよ。兄さんが描いたからって言うことを抜きにしても、とても好き」

 その言葉は何一つとして嘘じゃない。兄さんの絵には、金を払うのに相応しい価値がある。確かに俺は、兄さんを欺いていた。ラオウェイの身分を買い、シェンルーを仲介して兄さんの絵を買うという周りくどいことをして兄さんを怒らせた。けれどそれは本当に、心の底から、兄さんの絵が好きで兄さんの絵が欲しかったからなのだ。

「……ありがとう」

 俺の素直な気持ちが伝わったのか、兄さんは顔を赤めて嬉しそうに微笑んだ。可愛らしくて堪らない。兄さんの横にいるだけで、俺は強い飢餓に似た感覚を抱くのだ。食べてしまいたい。ラオウェイの件で一度は激しく拒絶された俺だが、今はこうして許されている。だと言うのに、兄さんと俺が怪我を負ったせいで、もうずっと兄さんの体に触れられていなかった。

「でも私はこう言った技巧がなくて、」

 著名な画家の絵を引っ張り出し、兄さんは己の絵と比べ始める。けれど俺はもう、兄さんの言葉に耳を傾けることが出来なくなっていた。隣に並ぶ兄さんの後頭部にそっと手を添えて、こちらを向かせた。そして絶え間なく言葉を紡いでいた兄さんの口を、俺の口が塞ぐ。

「……スイ」

 触れるだけの口付けを終えて、近い距離で俺と兄さんは見つめ合う。兄さんは、少しばかり恨めしそうな声で俺の名を呼んだ。話の途中なのに、と責めるような顔もこちらに向いている。そんな表情も可愛らしい。

「ごめん。兄さんが可愛くて、我慢出来なかった」
「……スイよりも年上で、顔にこんな火傷がある私に対して、可愛い、なんて言うのは変だと思う」
「そうかな? 年齢なんて関係ないよ。俺は赤ん坊の兄さんにも、年老いた兄さんにも可愛いって言い続ける。兄さんの顔に火傷があろうが、痘痕があろうが、俺の目が見えなくなろうが、ずっとずっと兄さんを可愛いって思い続ける」

 兄さんの顔は段々と赤くなって、最後には恥ずかしそうに俯いた。俺は今までに、兄さん以外を可愛いと思ったことがない。世の中が絶賛する女役者や、貴族の娘、果ては子猫や小鳥といった、誰もが可愛いと褒めるものを見て、心が動いたことがないのだ。俺の心は、兄さんにしか反応しない。

「……盲目すぎるよ」

 小さくそう呟いた兄さんは、俺に向かって手を伸ばす。その華奢な両手は、俺の左右の頬にそっと添えられた。次に触れたのは、唇。柔らかな兄さんの唇が、俺の口を塞ぐ。そして微かに俺の唇を喰んだのだ。

 求められていることを悟り、俺は兄さんの腰を抱き寄せて強引に舌を中へと押し込む。ぬるぬるとした二つの舌先が触れ合って、絡み合う。兄さんは口付けが上手くなった。上達させたのが俺なのだと思うと、名城しがたい幸福が俺の胸を満たしていく。更に深く求める俺の胸を、兄さんの手が押しのける。俺と兄さんの間を唾液の糸が橋をかけた。

「スイ……、まだ、駄目だよ」

 兄さんが俺を拒むのは、俺の体を気遣っているからだと分かっている。少し前、俺は兄さんの同意を得て事に及ぼうとしたのだ。だが、寝台の上に膝立ちになった瞬間、姿勢を保つことが出来ず崩れ落ちてしまう。鋭い痛みが両足を駆け抜けていったのだ。そんな姿を見せたせいで、兄さんは行為に対して随分と慎重になってしまっていた。けれど俺は、今すぐにでも兄さんを抱きたい。

「もう大丈夫だよ、兄さん」
「でも、まだ歩いたり、立ったりするのが辛いんでしょう?」

 否定出来ないのが悔しい。確かに俺はまだ、以前のように歩くことも立ち続けることも出来ない。実際、兄さんを抱こうとしても姿勢が崩れる可能性は大いにあった。だが、俺の中に渦巻く欲望は兄さんを求めてやまないのだ。

「どうしても駄目? 今の口付けだけで、もうこんなふうになってしまったんだけど」

 張り詰めている部分を兄さんの下腹部に押し付ける。俺のものがそんな状態になっていることに気付いていなかった兄さんは、肩を震わせて驚いた。けれど、そこに嫌悪の感情はない。むしろ、熱の籠った双眸で兄さんは俺を見るのだ。

「私だって……、我慢してるんだから」
「我慢なんてやめようよ、兄さん」
「駄目」

 濡れた瞳をしているのに、兄さんは頑なだった。こうもはっきり言われてしまったら、きっと本当に駄目なのだろう。元気になってしまった己の下半身をどうしようかと思案していると、兄さんは言葉の続きを口にする。

「……スイは、横になってなきゃ駄目」

 それは少し、含みのある言葉に聞こえた。兄さんも俺を欲してくれているのだと気付くのに、時間は掛からなかった。並んだ椅子二つに俺たちは腰を下ろしているけれど、俺の体は殆ど兄さんの座る椅子の方に乗っている。一つの椅子に二人で座れるほどに、俺たちは密着している。

「それって、つまり、俺が横になってればいいってこと?」

 兄さんに覆い被さったりせず、寝台の上に立ったり、膝立ちをしたりしなければ良いのかと俺は尋ねる。そして、逡巡の果てに兄さんはゆっくりと頷いた。体中の血液が、俺の下腹部に集まっていくのを感じる。痛いほどにそれは硬く、強く、立ち上がっていた。

「私が手でするから……、それで我慢して。ね?」

 聞き分けのない子供に諭すように、兄さんが優しく言う。そして俺の腕の中からするりと抜けて椅子から立ち上がり、すぐそばにある寝台の上に座った。足を崩しながら腰を下ろす兄さんが、己の膝をぽんぽんと手で叩く。そこに寝転べと言うことだ。俺は椅子の背を掴んで立ち上がり、倒れ込むようにして寝台の上に移動する。光の速さで横になった俺の浅ましい姿が、兄さんの微笑を誘った。

 兄さんに膝枕をされているだけでも僥倖だと言うのに、その状態で兄さんが俺の帯を緩めっている。隆起した俺のものは、すぐに衣服の間から姿を現した。それを手で包み込み、上下に扱いていく兄さんを俺は下から見上げる。

「……凄く硬い」
「もうずっと、兄さんに触れてないし溜まってたんだよ」
「辛い?」
「少しね。……でも兄さんが撫でてくれるから、凄く気持ちがいい」

 本当は、兄さんの握力では少し物足りない。狭くて熱い兄さんの中に己のものを突っ込んで、兄さんの体内にぎゅっと包まれたいのだ。だが我儘は言うまい。兄さんの手に触れられているだけで、俺のものの先端からは先走りが涎のように垂れていた。頭上には俺に微笑みを向けてくれる兄さんがいる。なんという絶景だろうか。だが、強欲な俺はもっともっとと欲しがってしまうのだ。

「俺は寝たままでいるから、兄さんの胸を舐めてもいい?」
「えっ、む、胸を……?」
「うん。駄目?」

 俺の下腹部へ手を伸ばす姿勢をとっているため、兄さんは少し前屈みになっている。そうすると、ちょうど俺の顔のあたりに兄さんの胸部がくるのだ。衣服の下にある兄さんの胸に触れたくして仕方がない。戸惑いを見せる兄さんだったが、俺を許すように頷いた。

 熱のこもった瞳のままで、兄さんが自分の帯を緩める。抜き取った帯を寝台の上に放ると、上半身を包む下着も解いた。帯を抜いただけで、上衣を脱ぎきっていない兄さんの左右の襟の間から、薄桃の頂を有する胸が露わになる。早く触れたくて俺は上体をあげた。すると、すぐさま兄さんの腕が俺の首の後ろに添えられて支えてくれる。そうしてやっと、俺の口は兄さんの胸に到達したのだ。

「……ぁっ」

 兄さんの口から甘い悲鳴が漏れる。兄さんは女ではないから、乳房はない。けれど、その先端はとても柔らかくて、少し膨らんでいるのだ。舌先で舐めて、尖った頭をぐりぐりと押すと、兄さんの体が微かに震えた。片方の胸に触れるのでは兄さんも切ないだろうと思い、俺は口で触れていない方の胸に手を伸ばし、胸の先端をぎゅっと摘む。

「スイっ、ぁ、まって……っ、そこ……あぁっ」

 嫌がっているでのはないことは、はっきり分かっていた。兄さんは、もっと吸うよう促すように、俺の頭を兄さんの胸に押し付けるように抱いていたのだ。たまには少し甘噛みをして、兄さんの胸に刺激を与える。するとより高い声で兄さんは鳴いてくれた。胸に触れられるのが気持ち良いのだろう。兄さんに快楽を与えられていることは嬉しい。でも俺ももう少し、兄さんに気持ちよくしてもらいたいのだ。

「兄さん、俺のももっと触って」

 硬くなった俺のものを包む兄さんの手は止まっていた。そのままだと、とても苦しい。もっと扱いて欲しいとお願いをすると、兄さんははっとして慌てて手を動かし始めた。俺の兄さんの胸に対する奉仕を再開する。感じて震えながら、兄さんは一生懸命俺のものを高めてくれた。

「あぁっ、スイ……っ、もう、もうっ、ぁ、だ、だめっ……!」

 泣き出しそうな声で、兄さんが口から嬌声をあげる。体が昂っているのだろう。その反動で、俺のものも強く握られ、その力が俺を高みへと連れていった。兄さんの体が小さく痙攣した瞬間、俺のものからも白濁したものが吹き出す。久々だったからとはいえ、その量に嫌気がさした。兄さんは俺の頭を抱えながら、ぐったりとしている。赤く腫れた胸の先端に口付けをすると、兄さんの体はびくりと震えた。体が敏感になっている証だ。

「胸だけで達したんだね。気持ちよかった?」
「……うん」

 恥ずかしそうな顔をしながら、兄さんが頷く。吐精が伴っていたかどうかは分からない。それでも、兄さんが絶頂を迎えたのは確かだった。荒い呼吸をしながら俺を見下ろしているその顔が、全てを物語っている。今すぐにでも、兄さんを抱きたくて堪らなかった。

「早く兄さんの中に入りたいよ」
「……私だって、スイにもっと……触れて欲しい」
「だったら」
「でも、駄目。足が治るまではしないで。無理して欲しくない」

 治るまでは駄目だという兄さんは頑なだった。けれどそれは、俺の体を気遣ってくれているからだと分かるからこそ、何も言えなくなる。今すぐにでも俺の足を直す妙薬はないのだろうか。もっと方々から名高い医者を呼び寄せようと、俺は決意する。

「それまでは私が……、手とか、口とかで、頑張るから」

 思いがけない提案に、俺の下半身がまた反応しそうになってしまった。手でしてもらったことはあるが、口ではない。俺が以前、兄さんのものを口に含んだ時には、とても戸惑っていたから、口淫など永遠にしてもらえないだろうと思っていたのだ。だと言うのに、まさか兄さんからそのような申し出をされるとは。

 愛されていることを、強く感じる。今までは、俺が一方的に想っているだけだった。俺を選んでくれた時すらもどこか、俺の感情と何かが違うように思えていたのだ。だが、今は違う。俺が兄さんを欲するように、兄さんも俺を欲してくれているのだ。嬉しくて、堪らなくて、幸せだった。

 これほどまでに俺を幸せに出来るのは、この世でただ一人、兄さんだけだと断言出来る。俺は腕を伸ばして、兄さんを抱きしめた。兄さんも俺をそっと、抱きしめ返す。近くなった耳元で、俺は静かに囁いた。兄さんにだけ聞こえるように。兄さんにだけ、届くように。
 
「ありがとう、兄さん」
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