すべては花の積もる先

シオ

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スイ編

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「ぁっ、あ……ぅぁ、んんっ……あっ、ぁ」

 部屋の中に響く嬌声が、俺の頭を溶かしていく。足を大きく開いた兄さんの付け根に、俺のものが刺さっている。自分のものの大きさを他人を比べたことがないために、平均よりも大きいのか小さいのか、と言うことは分からないが、それでも兄さんの華奢な体に挿入するにしては、俺のものは大き過ぎるような気がする。

 こんなものを、兄さんに捩じ込んでしまって本当に大丈夫なのだろうか。そんな心配をする一方で、俺のもので兄さんを貫いてしまいたいという凶暴な欲望も渦巻いている。苦痛を与えてでも、兄さんの一番奥を突きたい。俺の全てを、兄さんに包んでもらいたい。そんな感情を押し殺して、兄さんが感じやすい孔の浅い場所を繰り返し責める。

「スイ、スイ……っ、まって……あぁっ」

 兄さんの体が痙攣し、緩く立ち上がっていた兄さんのものから精が垂れ落ちた。陰茎には刺激を一切与えていない。隘路への抽挿だけで、兄さんは果てたのだ。後孔はゆっくりと膣に変わっている。俺が兄さんを変えているのだと思うと、名状し難い喜びが湧き上がった。ぐったりとした兄さんを解放し、楽な姿勢で寝台に寝かせる。俺はそんな兄さんの横に寝転がって、兄さんを抱き寄せた。

「兄さん、気持ち良かった?」
「……うん」

 呼吸が乱れている。体力のない兄さんは、二、三度繋がるだけで疲れ果ててしまうのだ。俺はもっともっと愛し合いたい。一晩中だって腰を振っていたいのだけれど、兄さんに苦痛を強いることは本意ではないために、我慢をしていた。

「今まで思いもしなかったけど……、私は、こういうことが好きなのかも……しれない」

 恥ずかしそうに言う兄さんがあまりにも可愛くて、俺の下半身に血が集まっていく。人体に対する謎は解き明かされていないことが多いが、それでも男の陰茎については、自分自身のものであるため、ある程度理解していた。普段は柔らかく垂れ下がっているそれは、興奮して体の血が下半身に集まると途端に硬くなるのだ。兄さんは俺のものを硬くする天才だった。

「スイがまた、元気になった」

 すぐに気付かれてしまう。兄さんは微笑みながら俺のものに手を伸ばし、天を向くそれをそっと撫でる。それはまるで、犬猫の頭を撫でるような手つきだった。兄さんが俺をこんなふうにしたんだ、と詰りたいような気持ちにもなる。乱暴に突っ込んでやりたいという欲望を抑えることに、俺は苦慮した。耐えている分、俺のものの先端からはだらだらと涎が垂れ落ちる。

「辛い? 私の中に入れる?」
「……入りたい」
「良いよ。おいで」

 兄さんが仰向けのまま足を広げ、広げた足を自分の手で掴んだ。全てを俺に晒している。垂れたままの陰茎も、赤く熟れた孔の蕾も。俺は生唾を飲んで、兄さんに覆い被さった。片手で兄さんの腰を掴み、もう片方の手で兄を求めてばかりいる欲望の塊を握る。孔にぴたりと宛てがえば、兄さんの孔は俺の先端に口付けするかのように少し窄むのだ。淫靡すぎるにも程がある。

 シアと言う兄さんの母が、どんな娼婦であったかを俺は知らない。それでも、好色であった父を骨抜きにする程度には妖艶だったはずだ。そして、その素質を兄さんはたっぷりと受け継いでいるように思う。今まで知らなかった。陽だまりのように穏やかで優しい兄さんの下に、こんなにも淫靡で妖艶な兄さんが隠れていたなんて。堪らない。俺は何度でも、自分のものを怒張させることが出来そうだ。

「あっ……!」

 兄さんが苦痛を感じないように、と自分に言い聞かせていたと言うのに、自制が出来なくなってしまった。腰が止まらない。兄さんの肌と、俺の肌がぶつかる。拍手のような、乾いた音が部屋の中に響き渡った。兄さんの甘い嬌声と、触れ合う肌の音が、俺から理性を奪っていく。口からも性器からも涎が垂れていた。獲物を前に、欲望を抑えられない獣に成り下がっている。

「兄さん、ごめん、ちょっと……酷くしてしまうかも」
「……い、……良いよ、スイが、したいようにして」

 きっと、苦しめてしまっているのだ。兄さんの気持ちよさを考えることも出来ず、自分のものを兄さんの狭い場所に擦り付けたいと言う我儘だけで腰を振っている。それでも、そんな自分勝手な俺を叱ることなく、兄さんは苦しさに耐えながら微笑んで、両腕を俺に伸ばす。

「兄さんが全部受け止めるから」

 頭が可笑しいのだと思う。半分とはいえ、血が繋がった実の兄にこんなにも欲情するなんて。他人から、狂人だと思われていることも自覚している。せめて、兄さんと血の繋がりがなければよかったのだろうか。せめて、兄さんが姉さんであれば倫理的に許されたのだろうか。否、そんなものは俺が求める兄さんではない。俺の兄で、男であるトーカという人に、俺は狂うほどの恋をしたのだから。

 倫理も理性もかなぐり捨てて、俺は兄さんを貪った。兄さんの中で果ててはいけないと自分に言い聞かせていたというのに、そんなことも忘れて兄さんの中に精を放ち続けた。己の行いからは、孕め孕め、という呪詛を感じる。兄さんとの間に子が欲しいわけではない。もちろん、罷り間違って子が出来るのであれば、それでもいい。だが、別に子が欲しいという気持ちはない。それでも孕めと思うのは、俺の種が兄さんの中に根付いて欲しいから、というただそれだけの想いゆえだった。

 兄さんの中で吐精し、それでも飽き足らず抽挿を繰り返したために、兄さんの中で精液が泡立っていた。そのような抱き方を続けた結果、兄さんは意識を手放した。やり過ぎたと思ったのは、寝台に敷かれた褥が獣にでも食いちぎられたのかと思うほどに破れていることに気づいた時だ。

 慌てて兄さんの呼吸を確認する。一瞬本気で、抱き殺してしまったと思ったのだ。俺と兄さんでは、体力にも精力にも違いがある。求めるままに、欲してはいけないのだ。目を閉じたままで少しも動かない兄さんの額に、髪の毛が張り付いている。指でそれを払いのけながら、汚してしまった兄さんの体を眺めた。兄さん自身の汗はまだいい。だが、俺が好き勝手に舐めて付着した唾液や、堪えきれず兄さんに放ってしまった精が目につく。

 俺は兄さんを掛け布で包みながら、浴室へと向かった。この屋敷で下働きをする者たちは誰であれ、非常に気が利く。俺と兄さんが湯に入っている間に、この部屋の惨状を彼らが直してくれることだろう。

 少女のように軽い兄さんの体を浴場へ運び、湯の中に浸す。溺れてしまわないように、俺はずっと兄さんを抱きしめていた。全身をそっと撫でながら汚れを落とし、髪も洗う。自分のことは手早く済ませ、濡れた兄さんを湯船から上げて拭く作業に入った。いくら兄さんの体が小柄であっても、一人の人間の面倒を見るというのは、とても大変なことだ。だが不思議と、兄さんのことであると思うだけで、何一つ苦労とは感じなくなる。

 不慣れなせいで、俺の手際はあまり良くなかった。それでもなんとか、兄さんを再び俺の寝室へ運ぶことが出来たのだ。新しい寝着に身を包んだ兄さんを、真新しい状態に整えられた寝台に下ろす。布団を兄さんの顎の下まで掛けたところで、兄さんがゆっくりと目を開く。

「……ごめん、また寝ちゃった」
「寝たんじゃなくて、俺が気絶させたんだよ。俺こそ、ごめんね。兄さん」

 ぼうっとした兄さんの瞳の中に、蝋燭の灯が映り込んでいる。俺をじっと見ている兄さんは、きっと寝ぼけているのだ。意識と体の半分を、夢の世界の中に置いてきてしまっているのだろう。そんな兄さんも、とても愛らしい。

「兄さん、喉が渇いてない? 水飲む?」

 たくさん汗をかいたし、声も出していた。きっと喉が渇いているだろうと思って、俺は茶の入った茶壷を寝台そばの机から持ってくる。小さな器に入れて、兄さんに差し出そうとしたその時、兄さんが口を開いていることに気付いた。

 数日前、俺は兄さんに口を開かせて口移しで水を与えたことがあった。戯れであったし、口付けがしたい口実でもあった。けれど、兄さんはひどく恥ずかしがっていて、もう二度とこんな戯れには付き合ってくれないだろうと思っていたのだ。だというのに、今の兄さんは茶を求めるように口を開いている。さながら、親鳥から与えられる餌を待つ小鳥だ。心臓を鷲掴みにされる。愛おしくて堪らない。

 性急な動きで茶を呷り、口の中に含む。そして、兄さんの頭の後ろに手を当てて引き寄せた。口移しで何かを飲ませるというのは、存外難しい。口の端から溢れていってしまう分が少なくないせいで、移せる量がさほどない。だからこそ、俺の口移しは兄さんを十分に潤すことが出来なかった。

「もっと」

 閉じてしまいそうな目のまま、さらなる茶を要求する兄さん。下半身に血が集まってくるのが、手に取るように分かった。このままではまずい。また抱きたくなってしまう。俺は器の中にもう一度茶を入れて、今度はそれを兄さんの唇につけた。ゆっくりと流し込めば、兄さんはその動きに合わせて嚥下する。あと一度でも唇を触れ合わせてしまえば、確実に再び欲望を捩じ込んでいただろう。だからこそ俺はぐっと堪えて、口移しではない形で兄さんに茶を飲ませたのだ。

「……兄さんと離れたくないな」

 ずっとこうして、触れていたい。本当は、王都になど行かせたくないのだ。少しも離れていたくない。けれど、兄さんに墓参りをさせてあげたいという気持ちもある。どれだけ時が過ぎようとも、兄さんにとって母であるシアの存在は大きいのだ。故人には、永遠に勝てない。俺には、兄さんとシアの時間を奪うことが出来ないのだ。

「ずっとスイのそばにいるよ」

 兄さんの手によって引き寄せられ、そして、抱きしめられる。俺が言っているのは、墓参りの話なのだが、兄さんにはそれが伝わっていなかった。王都に行ってしまうのに、そばにいるなんて言ってしまえるのが、その証だ。だが、それでもいい。その言葉を向けられることが、とても嬉しかった。

「おやすみ、スイ」

 すでに夢の中に沈み始めている兄さんが、さらに眠りへと落ちていく。俺は兄さんの腕に抱きしめられたまま、その細い体を抱きしめた。幸福すぎて恐ろしいという感情を、俺は生まれて初めて抱く。長年欲し続けたものが腕の中にあるという状況に陥れば、誰だってそう思うことだろう。

「……うん。おやすみ、兄さん」

 都合の良い夢を見ているのでは、と疑うこともある。だが、確かに兄さんは俺を愛してくれて、俺の愛を受け止めてくれているのだ。それだけは、間違いない。この世で、最も優しい腕の中で俺は目を閉じる。幸せすぎることに恐怖を抱きながら、兄さんと共に夢の中へと落ちていった。

 幸せな夜も、時が過ぎれば朝になる。目覚めの瞬間に兄さんの寝顔を見るのは好きだが、兄さんと過ごす夜の終わりを思い知らされるのは好きではなかった。勤勉な背の者という真っ当な悪人である俺は、色々と多忙だ。眠り続けるようなことがあれば、ヤザが起こしにくる。兄さんのいるこの部屋に、あいつを入れたくなかった。だからこそ、俺は毎日決まった時間に執務室へと向かうのだ。

「頭目と兄君が結ばれたことは祝福すべきことですね。こうして毎日上機嫌でいてくださると、仕事が捗ります」

 いつ見ても軽薄な男だった。外見だけで言えば、それなりに人好きのする容貌ではあるようだが、内面を深く知っている俺からは、その表情も、一挙手一投足の全ても、慇懃無礼に見えてならない。澱みなく言葉を紡ぎ続けたヤザを、俺は睥睨する。

「兄さんに、犬を選べとけしかけたらしいが?」

 俺のもとに、影から報告が来ていたのだ。屋敷の庭で、ヤザと兄さんが言葉を交わしたと。その内容までも、影たちはしっかりと聞いていた。姿を見せずとも、影は兄さんのそばにいる。状況や環境によっては聞き耳を立てられないこともあるが、大抵はその研ぎ澄まされた聴覚で言葉を捉えていた。それを理解しているからこそ、詰問するような言葉を向けられてもヤザに焦りはない。

「けしかけたなんて、とんでもない。私の願いをお伝えしたまでです」

 俺に子を産んで欲しい、などということをヤザが願っていたとは知らなかった。実の両親にすらそんなことを言われていない。父は俺が兄と想い合うことを祝うだろうし、母はあまり俺に関心がない。だから、孫を見せろなどという面倒な声はどこからもあがらないと思っていたのだ。だというのに、思いがけないところからその言葉が降ってきた。だとしても、ヤザのために適当な女を抱いて子を作るような気はないし、兄を愛し続ける気持ちに変化が訪れることもない。

 執務室の窓から空を見上げる。兄さんはすでに自室に戻っていた。最近はまた絵を描いているようだ。シーヤンの一件からしばらくは、気持ちが沈んでいるようだったが、少しずつ心の中で整理がついたのか、以前の兄さんに戻っていた。今の兄さんを、ずっと見守っていたい。目を離している間に、何が起こるか分からないのだから。

「そんなに兄君と離れがたいのであれば、久々にお父上に会いに行かれたらどうです?」
「……悩んだが、ここは我慢しておく。ヘイグァンの残党を全て叩き潰すまでは、ルーフェイを離れられない」
「最近はまた蛆虫のように、わらわらと集まり始めていますしね」

 結局のところ、歴史も統率もない破落戸の集まりなのだ。世の中に不満を持つ浮浪者たちが集まっては、ヘイグァンの名を語って騒動を起こす。ルーフェイはバイユエが治める街。そこで雑魚共が好き勝手振る舞うことは、バイユエの名に傷をつける行為に他ならない。ただ悪事を為すだけであれば看過することも出来るが、万が一その毒手が再び兄さんに伸びたら、と思うと正気ではいられなかった。

「駆除は徹底的に行わなければならない」

 根絶しなければならない。バイユエに刃向かおうなどという意識が、微塵も芽生えないように、叩き潰さなければならないのだ。俺にとって大切なのは、兄さんだけ。バイユエという組織も、ルーフェイという街も、兄さんが快適に過ごす場所でなければならないのだ。この街を、兄さんに相応しい場所に整える。俺が今すべきことは、それだった。

「兄さんが王都に行っている間に、片付ける」
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