没落貴族の愛され方

シオ

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 その休日はラーフ曰く、セナからデートに誘われた日、だった。

 セナ様がラーフを、エリアス城へ行こうと誘い、運転手として俺が随伴することになったのだ。昼頃に出発し、昼食としてセナ様が作って来てくれたバケットサンドを車内で食べた。優しいセナ様は俺の分も作ってくれて、更に、運転中でも食べやすいようにと小さく切ったものを用意してくれていたのだ。手渡しでバケットサンドを貰い、セナ様の優しさに浸っていると、バックミラーには殺意のこもった目で俺を見るラーフが映っていた。

 エリアス城は見違えるほどに美しくなっていた。

 ラーフが購入した時に様子を確認しているが、庭には草が無造作に生え、城内は煤だらけ。人の手を離れ、荒廃した状態となっていた。それが今では、庭は整えられ、城内は清潔な状態に保たれている。

「昔のままだ」

 感嘆の声をあげたのはラーフだった。俺は二人がこの城で過ごした時のことをあまり知らない。俺はこの城には同行しなかったのだ。だが、ラーフが昔のままだと言うのであれば、きっとそうなのだろう。

「そう言ってもらえると、凄く嬉しい。父さんと二人で、頑張って掃除したんだ」
「二人で? 言ってくれたら手伝ったのに」
「ううん、そこまでお願い出来ないよ」

 驚くべきことに、フィルリア親子がこの城をここまでの状態にしたのだった。当然、強い魔力を持つ二人のことだから、大いに魔法を使って効率よく清掃をしたのだろうが、それでもこの広い城をたった二人でというのは驚嘆に値する。

「ラーフを招待出来るようにするのが目標だったんだ」

 はにかむように、セナ様が微笑んだ。ラーフがその笑みに悶絶しているのが、背中を見ているだけでも伝わってくる。

「またここに来ることが出来て嬉しいよ。ありがとう、セナ」
「こちらこそ、本当にありがとう」

 こっちも見て、といってセナ様がラーフの手を取って歩き出す。セナ様は、ただ単に自分の頑張った結果を見てもらいたいだけなのだろうが、ラーフは手を握ってもらえたことの嬉しさで体温が上がり、耳まで赤くなっていた。変なところで純情なのだ、この男は。

 セナ様の導きに従って中庭に向かう。噴水には水が無く、花も一切植えられていなかったが、芝生は丁寧に手入れされていた。冬が近づいているために、冷たい風が吹き抜ける。

「ここでよくセナに膝枕してもらったよな」
「ラーフは、ちょっとした傷でも、すぐ治してって膝枕をねだってた」
「傷はどうでも良かったんだよ。ただセナに膝枕してもらいたかっただけ」
「だろうなとは思ってた」

 二人で向かい合ってくすくすと笑っている。とてもいい雰囲気だ。二人の手は繋いだままで、セナ様は城内へ導いた。エントランスホールを抜けて階段を上がる。二階の奥の部屋。そこは子供部屋だった。家具の全てが小さくて、可愛らしい。部屋の中の、更に奥にあるその部屋は寝室のようで、小さなベッドが二つ並んでいる。セナ様とラーフが懐かしそうにそのベッドを見た。

「驚いた。このベッド、こんなに小さかったんだな」
「びっくりするだろ? 俺もこの前掃除しながら驚いてた。……昔は、ひとつのベッドで二人寝れたのにな」
「試してみる?」
「ベッドが壊れるよ」

 またしても笑い合っている。どうやら、ここはかつての二人の寝室であるようだ。話を聞くに、ラーフとセナ様はひとつのベッドで寝ていたらしい。小さな部屋には、二人の思い出がたくさん詰まっているようで、二人の口からは次々に思い出話が出てくる。そんな二人はとても幸せそうな顔をしていて、眺めている俺も幸せな気持ちになる。

 その後も、セナ様の案内で色々な場所を巡った。

 歩き回った果てに、リビングルームへとたどり着く。そのリビングルームには大きな暖炉があった。それに火をつけようとセナ様が魔法を紡ぐが、それよりも先にラーフが灯した。魔術師にはそれぞれ属性があり、水の属性を持つセナ様より火の属性を持つラーフの方が火を発生させるのは得意だった。ラーフに、ありがとう、と言いセナ様が言いラーフは、どういたしまして、と返す。

 暖炉と対峙する形で置かれているソファに腰を下ろす。セナ様とラーフは随分密着していた。俺は少し離れた一人掛けのソファに座る。暖炉の中では火が爆ぜてパチパチと音を立てた。

「セナはこの暖炉を怖がったよな」
「大きすぎるんだよ。簡単に人が入れちゃうじゃないか」
「でも俺は、ここでセナと一緒に炎をぼうっと見てるのが好きだった」
「それは……俺も好きだった」

 何でこの二人、付き合ってないんだろう。思わずそんな感想が浮かんでくる。ラーフはセナ様にぞっこんだし、セナ様だってラーフを憎からず思っているはず。もう付き合ってしまえばいいのに。男同士だということをすっかり忘れて、俺は無責任にもそんなことを思っていた。

「ラーフがここの所有者を俺にしてくれたけど、当然ここはラーフのものだ。人が住めるレベルに修復したから、いつでも好きに使って」
「セナ、この城は俺とセナのものだよ。俺はセナとしかここには来ない。セナと二人で過ごす場所にしたい」
「……たまには父さんも連れてきて良いか?」
「それはもちろん」
「ラーフも、お父さんを連れてきたらいい」
「あの人はいいよ」

 ラーフは苦笑いをして流した。ラーフと御当主様は不仲な訳ではないし、反発している訳でもない。ただ、似過ぎているのだろう。所謂、同族嫌悪というやつだ。出来ることなら一緒にいたくない、とラーフは思っているようだった。

「セナ。ここはユギラからも近いし、これからはもっと頻繁に来れるよ。週末はここで過ごすのも良いと思わない?」
「確かに。良いアイディアだ」

 二人は未来の話をしている。ユギラ大学校に進学した後の話を。二人が同じ未来を語っているということが、なんだか嬉しくて堪らなかった。

「ラーフの誕生日の前に、ここに連れてこれて良かった」
「素晴らしいプレゼントだよ」
「こんなのプレゼントって言わないだろ。……何か欲しいものないの?」
「セナがそばにいてくれるなら、それで十分」
「……またそういうこと言ってはぐらかす」
「本心なんだけどなぁ」

 ラーフの言葉は、確かに本心だった。嘘偽りの一切ない本心。ただ、それがしっかりとセナ様には届いていないようで歯がゆくなる。せっかく今、いい雰囲気なんだから思ってること全部言えばいいのに、と己の主人に心の中で不満を漏らした。

「セナに渡したいものがあるんだ」

 そう言って、ラーフはソファの前に置かれたローテーブルに触れる。そこで魔法を紡ぎ、移動魔法を展開した。ローテーブルの上に現われたのは、移動手段として乗ってきた車に置いておいた木箱だった。俺のような平凡な魔法使いだったら、魔法式を紡ぐのに一、二分はかかるものをラーフはものの数秒でやってのけた。やはり血が濃いというのは、単純な尺度として魔法使いの力の強さを表わす。

 ラーフ以上に濃い血を持つセナ様もこれくらい簡単にやってのけるのだろう。特にラーフの魔法には驚いていなかった。けれど、突然現れた木箱に視線は釘付けだ。

「仕立てあがったんだよ」

 木箱を開け、中に入っていたイブニングコートを見せる。その木箱の中には、一式が揃っていた。全てにラーフの指示が込められているものたちだ。庶民が吊るしで買う安物とは全く異なっている。不思議なことに、きらきらと輝いているように見えた。驚きのあまり、セナ様は言葉を失って、口に手を当てている。

「……こんな立派なもの、もらっていいのか?」
「勿論。セナのためのものだ。セナに受け取ってもらえないと困るよ」

 少し冗談めかして、ラーフは軽く言う。セナ様の目は涙ぐんでいて、今にも泣いてしまいそうなのを必死で堪えているように見えた。己の服すら、まともに新調出来ないであろうセナ様の状況から考えれば、随分と過ぎたものもを贈ってもらったと感じていることだろう。

「ありがとう、ラーフ」
「せっかくだから着てみてよ」
「あぁ、分かった」

 快く了承したセナ様は、その場でいきなりニットのセーターを勢いよく脱いだ。白い肌が晒されて、俺もその上半身を見てしまう。ぎょっとしたのは俺とラーフだった。

「ちょっと待って!」

 慌ててラーフがセナ様のセーターを下ろす。突然のことにセナ様も驚いていた。この場の全員が驚いている。

「セナ、ここで脱ぐの?」
「え? あ、ごめん。流石にまずいか。じゃあちょっと外で着替えてくる」
「いやいや俺たちが外に出てるから、セナはここで着替えて。着替え終わったら呼んで」

 あろうことか、セナ様は自分が外へ行くなどと言い出した。外がどこを差すのかは分からないが、別室にしろ、廊下にしろ、暖炉の前であるここよりは寒いはずだ。そんな場所で裸に近い恰好になろうなどと。そんなことをラーフが許すわけもなかった。俺の首根っこを掴みながらラーフが外へ出る。やはり廊下は肌寒かった。

「せっかくセナ様の裸が見れるチャンスだったのに」
「こんなタイミングで見たら、抱きたくなるに決まってるだろ」
「そういうとこ、なんていうか真面目だよなぁ」
「真面目なんじゃない。セナに嫌われたくないだけだ」

 自分の想いを遂げたとしても、それで嫌われては意味が無いのだとラーフは言う。セナ様から求められて、両想いになってからでないと、怖くて何も出来ないのだそうだ。

「……溺愛だなぁ」
「当然だろう」

 なぜか偉そうに威張られた。寒さに耐える俺の横で、平然としているラーフ。よくよく見れば、魔法を展開して体の表面温度を上げていた。ずるいやつだ。

「ラーフ、着替えたよ」

 扉の向こうから声がして、俺たちは入室する。そこには小さな紳士が立っていた。ラーフは駆け寄り、セナ様を間近で鑑賞する。くるくると周囲を回って、舐め回すかの如く入念に見ていた。

「とても可愛らしいよ、セナ」
「可愛い? 格好いいだろ!」

 自身への評価に不満を漏らすセナ様が、ふいと顔を逸らす。だが、俺もラーフの評は正しいと思うのだ。セナ様は、とても可愛らしい。何故なのかは全く分からないが、不思議なことに、男装している女に見えるのだ。

「セナが誕生日会に来てくれるなんて、本当に嬉しいなぁ。本当は二人きりのパーティにしたいくらいだよ」
「シェイナ家の次期当主が何言ってるんだよ。みんなにお祝いしてもらってこその誕生日会だろ」

 ちゃっかりとセナ様の腰の後ろに手を回して、抱き寄せている。そんな二人が笑いながら額をつけあうものだから、キスでもするのかと見ているこちらがドキドキしてしまった。

「来週が楽しみだな」

 ラーフの誕生日会は来週に迫っていた。
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