没落貴族の愛され方

シオ

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 俺は、ラーフの従者ではあるが、ラーフに同伴して学校へ行くことはしていない。貴族の子息は、従者を学校内にまで連れて行く者も多いが、ラーフが鬱陶しいからといって俺は随伴しないことになっていた。ラーフがいない間は比較的自由に過ごし、ラーフが帰宅する頃を見計らって車を運転して学校へ迎えに行くのだ。

 今日は、車内で一言も発せないほど、ラーフが不機嫌だった。

 ラーフがこんな状態になる理由はひとつしかない。セナ様だ。ラーフは、己のことを侮辱されても、家名を貶されても気にしないが、セナ様に何かがあると別人のように豹変するのだ。こういう時は、近寄らないのが最善策だった。

 苛々としたままのラーフはシェイナ邸につくと、そのまま真っ直ぐに己の部屋に閉じこもった。普段であれば、すぐに出てきて中庭で鍛練を始めるのだが、今日はそうはなからなかった。

 部屋に引きこもり、一時間ほどが経過したがラーフは出てこない。それどころか物音すらしなかった。少し心配になり、ラーフの部屋へ向かう。ノックをしても返事はない。声を掛けながら俺は入室する。

 入室してからすぐに気付いた。部屋の中には、鼻に付くほどの雄の匂いがしたのだ。ベッドのふちに腰かけて、こちらに背を向けているラーフ。履いていた制服のスラックスの、前が寛いだ状態になっているのを見て察した。

 俺とラーフの付き合いであれば、抜いている姿を見られたところで、そして、見たところで気にはしない。そういうことだってあるだろう。だが、俺は別のことが気になった。ラーフは随分と殺気立っていて、今までに見たことがないほどに、余裕がなかったのだ。

「ラーフ、大丈夫か」

 大きな息遣いが聞こえる。達し、吐き出してから少し経っていたのだろう。ラーフは己の手を汚し、それを拭うことなく彼方を見据えていた。ラーフは、こちらを一瞥するとすぐに視線を戻す。

「……あぁ」

 ラーフの手には、白いハンカチが握られている。どうやら、それを己のものに擦り付けていたらしい。ただのハンカチ相手に、そんなことをする特殊性癖はないだろう。であるならば、そのハンカチがラーフをその気にさせた要素を持っているということだ。十中八九、セナ様関係だろう。

「そのハンカチは?」
「セナの、涙がついてる」
「……そっか」

 なるほどな、と頷く。セナ様の涙がついたハンカチで、セナ様をネタに抜いていたということだ。これはまずい、と即座に判断する。相当溜まっているのだ。普段、品行方正に振る舞うラーフだが、年頃の男なのだから熱が溜まることもある。それを上手く発散させてやらねばならない。

「女でも手配させるか」
「男にしてくれ」

 こういう時のための、後腐れ無く、そして面倒事を起こさないプロの娼婦たちがいる。彼女らの仕事相手は大抵が貴族。貴族のどうしようもない熱を受け止めるのが、彼女らの務めだった。

 ラーフが、男を求めたのは初めてだった。今までは女しか相手にしてこなかったのに、男を願った。ラーフはもう、我慢の限界を超えている。そんな状態になっても、セナ様には手を出さず、なんとか理性で抑え込んで耐えているのだ。

「黒髪で、アメシストの瞳。小柄で、愛らしい顔立ちの」
「……善処する」

 それは、完全にセナ様だった。男を用意しろ、と言いつつ、その実、セナ様を抱かせろ、と言っているのとまったく同義だった。それにラーフは気付いているだろうか。当然、気付いているのだろう。彼方を眺めるラーフの視線の先には、もしかしたらセナ様がいるのかもしれない。

「セナ様と、同性婚でもしたらどうだ。別に、違法じゃない。貴族においては珍しいってだけの話だ」
「……セナが望むなら、それもいいな」
「セナ様は、お前の気持ちに全く気付いていない。このままの調子なら、ずっと気付かれないままだ。耐えられるのかよ、お前に」

 何故、ラーフのあからさまな好意に気付かないのか、と不思議になるのだが、セナ様は本気でラーフの慕情に気付いていない。幼馴染として特別に親しくしてくれている、という程度の受け取り方なのだろう。鈍感が過ぎる。

「……セナが大切過ぎて怖いんだ。セナに結婚を申し込んで、断られるのも怖い。一歩踏み出して、今までの関係が崩れるのも嫌だ。……無理強いをして、セナに嫌われるのが本当に怖い」
「シェイナ家の次期当主が情けないこと言ってんなよ」
「セナの前ではただの、片思い中の男だ」
「……ったく」 

 少し落ち着きを取り戻してきたラーフに、少しずつ近づく。ラーフの中央に垂れ下がるものは、未だに硬度を保っていて、男の手配を急ぐことにした。スマホで、他の使用人に連絡を取り、その手のサービスを行う店にラーフの要望に合う者がいるか当たってもらった。

「この前セナに、恋人とか婚約者がいるんだろって言われた」
「あー……それは、なんというか……だな」

 セナ様を想って、ラーフは向けられる誘い全部を断ってきた。そんな健気なラーフには、その言葉は酷すぎる。未だに婚約者がいないのも、御当主がラーフの異常性を見抜いてのことだった。

 無理にでも婚約者を宛がえば、ラーフは簡単に家を捨ててセナ様のもとへ行ってしまう。それを御当主も理解していた。だからこそ、敢えて積極的に行動はせずラーフの生き方を見守っておられるのだ。

「……セナには、意中の相手がいるのかも」
「いや、いないだろ。セナ様は年不相応に超弩級の初心だからな」
「もし、そんな奴がいたら殺してしまいそうだ」

 俺は、氷塊を飲み下したかのように胃の腑が冷えた。ラーフのその言葉に対して、そんな冗談言うなよ、なんて笑えたらまだ良かったのだが、本気で実行してしまいそうで気が気ではなかった。

 その後、なんとか掻き集められたセナ様似の男娼三人を抱きつぶし、少しばかりすっきりしたラーフは、全然セナには似てないな、という感想を口にして日課の鍛練を始めていた。

 鍛練の合間に、自分のスマホを操作して、俺が撮影したセナ様の写真を眺めるラーフを見守る。本当にセナ様だけが特別なんだな、と心底に思った。なかなかに一方通行な二人の関係を、どうにか良い方向に前進させられないだろうか、とシェイナ家次期当主付き従者である俺は頭を悩ませるのであった。


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