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皇女とドラゴンに乗った誘拐犯

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「国土を守る勇敢な者たちよ。あなたたちに戦神のごとき力の宿る特別な祝福を授けます。存分に戦いなさい!」

 白馬に乗った私が声を張り上げると、白銀の鎧をまとった数千の兵たちが一斉に背筋を伸ばした。「ハッ!」という彼らの声が秋晴れの空に響きわたる。

 精鋭たちが整然と並ぶ先に見えるのは、色とりどりの豊かな山野と美しい街並み。しかし私の後ろは線で引いたように突如として草が生えなくなり、茶色い荒野が広がっている。
 遠い過去に女神が契約した土地とそうでない土地の差は、あまりにも明白だった。

 美と豊穣の女神セレスティアは眠りにつく際、子孫に祝福と結界の力を残した。
 祝福を受けたものは女神の神力しんりょくと繋がり、様々な能力が活性化する。
 小さな怪我や病気はすぐに治り、力が溢れ、気持ちまで強くなる。生まれながらに皇国に暮らす者の平均寿命は百歳を優に超えていた。

 魔術師すらも珍しい今の世界で、神がただの伝説ではないと世に知らしめる唯一の証明アンサリム皇国。その奇跡の力と豊かな国土が狙われるのは、致し方のないことかもしれなかった。

 私は手をかざし全軍に祝福術をほどこした。薄紫の花びらが突如として兵たちの頭上に現れ、ヒラヒラと舞い落ちる。やがて彼らに吸収されると、手の甲にある花びらの刻印が暗い金から紫に色を変え、輝きを増した。
 これで半日の間は通常の祝福から戦闘用に切り替わり、能力の増加量が上昇し痛覚軽減や回復力超強化などの恩恵をもたらす。

 続く将軍の鼓舞にときの声をあげる兵たちを迂回し、役目を終えた私は本陣に戻るべく、数名の近衛を引き連れゆっくりと馬を歩かせた。

 ちょうど半ばまで歩いたところで、突然何かに掴まれて体が宙に浮いた!

「「姫様!!」」

 な、何!?
 体がグングン上空に上がっていく。目に入るのは慌てる兵たちと地面ばかりで、事態が把握できない。しかも恐ろしい速度で戦場から離れていく。
 誰かが私の腰に腕を回しているようだけど、確認しようにも体勢が苦しくてできない。

 混乱しながらもどうやって逃げ出そうかと周りをできる限り見回すと、顔にかかるプラチナブロンドの隙間から黒いドラゴンが高速でこちらに飛行してくるのが見えた。
 ドラゴンの上に騎士? ということはソーマ王国の竜騎士!? もしかして私を拐っているのも??

 ソーマ王国は隣の大陸にある、世界で唯一ドラゴンが群れでむ土地だ。一騎当千の竜騎士を千人以上も抱える傭兵の国だけれど、こちらの大陸で同盟を結んでいるのは我が国だけ。
 この大陸では空を飛ぶ敵を想定することなど滅多にないのが現状だった。

 黒い竜騎士はみるみるうちに接近すると、すぐ上でドンッと音がし、私をつかむ腕が外れた。
 落ちる!!
 恐怖しながらも結界術をなんとか発動しようとした瞬間、男に抱えられ黒いドラゴンの上に乗せられた。
 その男の発する禍々しい魔力と殺気に戦慄し、体が硬直して声も出ない。

 私を乗せたドラゴンはそのまま逃げていくドラゴンに追いつき、私を左手に抱えた黒い騎士服の男が槍を軽くひと薙ぎする。
 私を拐ったと思われるドラゴンの上の男の首が胴から離れ、大量の血が噴き出した。
 こ、この竜騎士は私を助けてくれたの? それとも、獲物の奪い合いをしているの?

 目の前の凄惨な光景と自分を抱えている男への恐怖で、身体がカタカタと震え悪い想像ばかりが頭をよぎる。
 小さな戦場に出たことは何度かあるけれど、常に本陣で待機する私にとって、目の前で人が殺されるのを見るのはこれが初めてだった。





 気がつくと戦場からはかなり離れ、貴族の別荘とおぼしき山荘の前に着地していた。
 男が私を横抱きにしたままフワリと跳んでドラゴンから降りる。どういうわけか着地の衝撃が全く無い。
 地面に下ろしてもらえたけれど脚が震えて上手く立てず、男の黒い騎士服にしがみついてしまった。

「大丈夫か?」
「は、はいなんとか。申し訳ありません」

 なんとか自分自身に気合を入れて脚に力を入れる。
 脇の下を支えられ、しがみついていた手の力を抜いてずいぶん高い位置にある男の顔を見上げた。

 私をジッと見つめる男は、真っ黒のツヤツヤした髪に銀色の瞳の、恐ろしいほど整った容貌をしている。
 恐ろしいほどというか、本当に恐ろしい……悪魔のような妖しい美しさを持った年若い青年だった。表情が険しくて、なのに薄笑いを浮かべた口元に恐怖心をさらに煽られる。

 私は次期皇主としての矜持でなんとか震えながらも立ち続けたけれど、そこにいるだけで全ての生物をひれ伏させるような、そら恐ろしい威圧感というか雰囲気がその男にはあった。
 男から漏れ出る禍々しい魔力と殺気がそう思わせるのかもしれないけれど、恐怖で混乱した私には判断がつかない。

「あ、あの……た、助けて下さったこと、感謝いたします。あの、わたくしは……」
「名前は!?」
「え?」

 なんだか必死な感じで聞かれた。
 名乗れと言っているの? 今名乗ろうと思ったのだけど……でも、身分を知られればそれだけ危険が増える。
 やめたほうがいいかしら……
 この人、どう見ても邪悪そうだし……

「名前を教えてくれ! 俺はレギアス」

 レギアス、聞いたことがあるような……
 こ、こんなに見つめられたら黙るとか嘘をつくとか怖くてできない。
 皇女の名前と気づかれませんように。

「わたくしは……レティシアと申します」
「レティシア……レティシアか」

 噛み締めるようにつぶやくと、レギアスは心底嬉しそうに笑った。


 な、なんなの? この破壊力のある笑顔は。さっきまでの表情と全然違うじゃない!
 やだ、ドキドキする……

「あの……わたくしを仲間の元へ戻していただきたいのですが……お礼はいたしますので」

 すると、突然レギアスの雰囲気が不穏なものに変わり……

「ダメだ」

 キスされた。
 突然顔が近づいてきて気づいたら唇が触れていた。
 え!? な、なぜ??
 長い睫毛に囲まれた銀の瞳が妖しく光りながら私を見つめている。
 押し付けられた唇が離れていき……

「お前はもう俺のものだ」

 また唇を塞がれた。
 こ、今度はし、舌が動いてる!
 や、そんな唇を舐めないで……
 唇を舌でなぞられながら何度も吸いつかれ、何度目かには舌が口の中に侵入してくる。

「やっ、んっ、ンんっ……んーー!!」

 なんとか逃れようと足掻いたけれどレギアスの体はビクともしない。
 これってまた私、拐われてしまうのかしら……

「ん……んっ、んぅ……」

 でもどうしよう……キスが気持ちいい……
 口内を舐め回されて頭の中は混乱の極地に陥りながらも、わけの分からない心地良さに体がどんどん馴染んでいく。
 私はいつの間にか抵抗をやめてただ彼にしがみついていた。


 ずいぶんと長い時間がたった気がしてようやく唇を開放されると、満足げにこちらを眺める銀の瞳が目に入る。
 よく見ると銀のなかに細かな紫が散りばめられてキラキラと美しい。
 こんな珍しい瞳の色にまた会えるなんて……

 妖しくも美しい瞳を見つめてなんだかポーっとしている自分を自覚し、慌てて気持ちを立て直した。

「あ、あの、やめてください!」
「なぜ?」

 レギアスは薄笑いを浮かべながら首を傾げた。
 なぜって、なぜってなんなのー?
 もしかして顔がいいからって今まで好き放題して文句も言われたことが無いのかしら?
 それ以前に怖くて誰も逆らえないのかも……

「た、助けていただいたとはいえ、婚約者でもない見ず知らずの殿方とこっ、このようなっ!」

 私って助けられたのよね? そう思っていいのよね??

「嫌か?」
「いっ、嫌です!」
「そうか……」

 そう言うと、レギアスは突然強く私の手首をつかみ、玄関口の方へ引っ張っていく。

「痛っ……な、なにを!」
「お前は俺の妻にする」
「え!?」
「もう俺のものだから、諦めろ」

 なんなの? なんで私にはこんな男ばっかり寄って来るの!? 人をなんだと思っているのよ!!

「や、嫌です! 嫌っ!! 離して下さいっ!」

「嫌がられると燃えるって本当だな」

 レギアスは妖しく微笑んでこちらを見た。
 ちょ、本気なの!? もしかしてこれからこの中で犯されてしまったりするの!?
 私は全身から血の気が引いていった。

「カチッ」

 レギアスがドアの前で指を動かすと鍵が開いた音がした。
 しっかりとした造りの山荘なのに……いったいどんな魔術を??

「あ、あのっ! ……わ、わたくしは、この国を離れるわけにはいかないのです」
「俺がこの国に住めばいいか?」
「えっ!? で、では……わたくしのために……戦って下さいますか?」
「妻のために戦うのは当然だ」

 …………
 この人の服、ソーマ王国の通常の騎士服とは色違いで装飾も少し豪華だ。
 少し前に就任した竜騎士団長は恐ろしく強くて残忍で、侵略軍を単騎で皆殺しにしたとか噂を聞いた。     
 なんでも漆黒の悪魔って呼ばれているらしい……
 この人なんじゃない?

 だってこんな魔力……見た事がない。私の神聖力も女神の生まれ変わりと言われるほどだけれど、私以上かもしれない。
 たぶん私と同じでただの人間じゃない。
 それほどの戦力が私の身を捧げるだけで我が国のものになる? ……ゴクリ。

 それにこんな恐ろしい存在を敵にするわけにはいかない。これ以上敵を作るくらいなら取り込んでしまった方が……
 私の頭が打算まみれになっているあいだにレギアスは玄関を開け、強引に私の手を引いて中に入った。閉じたドアに私を押し付けて激しく唇を貪ってくる。

「ん、やっ、んんっ……ふ、は……ぁ、んっ、んんぅ」

 レギアスは口内を蹂躙しながら私の胸当ての金具に手を伸ばし外そうとする。
 服を脱がされる! やっぱりここで純潔を奪われてしまうの!?
 慄然とするものの抵抗できる気がしない。
 すべはあるにはあるのだけれど……

 胸当てを乱暴に外して投げ捨て、詰襟の上着のボタンを外してあらわになった私の胸元に何度も何度も荒々しくキスが落とされる。
 舐られ、歯を立てられて、私は身を竦ませながらも体験したことのない、体の奥から何かがじわりと広がる奇異な感覚にひたすら戸惑っていた。

 だけどただ戸惑って流されるわけにはいかない。私は皇太女としての矜恃を奮い立たせた。

「ま、待ってっ……あの、一方的なのは嫌です! わたくしが貴方のものなら、貴方もわたくしのものになって下さいますか?」

 涙目で必死に訴えると、レギアスは一瞬キョトンとしてニヤリとわらった。私の耳に唇を触れさせながら、

「ああ、俺はもうお前のものだレティシア」

 そう言ってそのまま耳に舌を這われるとゾクゾクして、私は思わず声を漏らしてしまった。

「ん……んぅ……」

 私の反応に笑いをこぼしたレギアスに執拗に耳を弄ばれ、私は立っていられなくなり彼に支えられてしまって。そのまま横抱きにされると個室に入り、ベッドにおろされた。
 これから本格的に捕食されるのだと思うと、恐怖がより現実的になり身が硬くなる。
 私は自然と自身を抱き締め後ずさった。

「あ、あの……こ、こういうことは式を挙げてから……」
「待てない」

 レギアスは嬉しそうに肉食獣のかおで笑うと覆いかぶさってきた。
 いつの間にか私はこの人とならばいいかと思い始めている自分に気づき、呆れながら抵抗を諦めた。
 何故かしら……やっぱり強くて美しいから?? それにしたって……ちょっと私、趣味が悪いのではないかしら……
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