ブレスレット

ももにく

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ブレスレット

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 つめたい小雨が、降っては止んでを繰り返す冬の日。
 待ち合わせた喫茶店には少し早めに着いたはずだが、私に気づいたUさんは窓際の席で立ち上がり、会釈をした。
 暖色のタイトニットに黒のパンツスタイルで、足元も黒いブーツ。少しワイルドな印象を受けたが、座席隅に見えるバッグに重なったトレンチコートは、柔らかい色でそれを中和するだろう。
 天気のせいでそう明るくもない窓際の席に歩を進めると、彼女の美貌に思わず息を呑んだ。
 華やかな洋風の顔立ちは、はっきりした目鼻立ちなのにくどさはない。店内の照明に柔らかいツヤを見せるセミロングの髪は服装と同様に、活発さと穏やかさ、どちらの雰囲気もあわせ持っている。清廉な感じを受ける雪のように白い肌は、道中の寒さのせいだろう、頬と鼻がほんのり染まって色っぽかった。
 さらに目を引いたのは、着席したときテーブルに乗っているのではないかと見まがうほどに大きな乳房だった。全体的に上向いたフォルムは瑞々しい一方で、その並ではない重量感に抗えないのか、正面から向かい合うと上半身をほぼ覆って見える様は大きさだけでなく、相当な弾力と柔らかさの証だ。
 さらにその膨らみの頂点では、さながら熟れ頃の果実に戴いた王冠が乳輪ごと浮き出ているのが目の毒だった。よけいに彼女のたわわな双乳がリアルなイメージで視界に迫る。
 いやでも男の視線を吸い寄せる突起は優美でありながら、ニット越しにも力強く存在を主張していた。
 私もいま着いたところなんですという彼女に、変わった体験談を聞ける機会を作ってくれたことの礼を言いつつ、二人一緒にコーヒーを注文した。
「そうですね、どこから話したらいいかな……去年、E君というアイドルが亡くなったんですけど」
 それなら私も知っている。人気のただ中にいた男性アイドルグループのメンバーが、事故か何かで亡くなったということで一大ニュースになっていた。
「私、彼のファンだったんです。デビューした頃からずっと」
 そんな彼女にとって、当然それは受け入れがたいショッキングな出来事だった。
 家族や身近な人間ではなくとも、自分にとって大切な存在だったことに違いはない。失意の底に沈む日々が始まるかに思われた。
 だが、数日後。Uさんが住むアパートの、部屋の玄関ドア備え付けの郵便受け――ドアポストに、あるものが届いたのだという。
「彼が亡くなったのを知ってからすぐでした。台紙のついた、とても安っぽいシルバーのブレスレットで……」
 彼女が言うには田舎のガシャガシャやゲームセンターの景品にありそうなもので、実際にその台紙にはメーカー名はおろか、商品名の表示すら無かったのだそうだ。
「簡素な、パステルカラーの模様の台紙だったと思うんですけど。最初はファッションアイテムなのか、健康器具なのかも分からなくて」
 よくよく見るとイエローやピンクで彩られた背景には、ブレスレットを着けた手元と、おそらく女性が股を開いて自慰に耽っている様子のシルエットが配置されていた。グレーの裏面にはひとことだけフレーズが記載されていたという。
『ハメて愉しめば、魔法の気持ちよさがあなたのもの』
 宣伝文句なら表面に配置しそうなものだが、裏面のど真ん中にその文言だけがあった。
「だから、印象には残りました。変なのって思いましたし。で、ちょっと考えて……ああ、アダルトグッズなんだって気づきました」
 日頃そういった類の商品は目にすることもないが、そう考えるといやに安っぽい雰囲気にも納得がいった。
「そもそも郵送とかじゃなくじかに届いていたのも、駅裏方面のいかがわしいお店の人たちが試供品なんかを自分たちで手当たり次第に配ってるのかなって。呆れましたけどね」
 いずれにしても自分には不要の品だ。そう思いUさんはブレスレットを捨てた。
 次の日の朝。
 新聞を取りにドアポストを覗くと、あのブレスレットが入っていた。
「単純に『なんで?』って思いました。どこか余所に捨ててきたんじゃなくて、自分で処分したんですよ。確かちょうど金属ゴミの日が近かったのもあって、きちんとゴミに出したんです」
 だから、近くに捨てたものを誰かが拾ってまた入れたなどの簡単な話ではないという。
 そもそも台紙とブレスレットを分別してゴミに出したものが、最初に見つけた時とそっくりそのまま台紙に付いた状態でそこにあったのだ。わざわざ二日連続で、いかがわしい店のスタッフが熱心に配るというのも考えにくい。
 傷心状態なのもあって変にムキになったUさんは、それをその日のうちに、仕事中に出先のコンビニに捨ててきた。
「なるべく家から遠い所がよかったのと、とにかく捨てたいっていう気持ちが先に立ってたんですよね」
 しかし次の日も、ブレスレットが届いていた。
 この時点でUさんは、同じアイドルグループを応援するファンの知り合いが、意図や理由はさておき投函している――要はいたずらや嫌がらせなのではないかと疑い始めた。
「思いついた中で、いちばん現実にありそうなことと言ったらそういうのかなと……。いま考えればやっぱり、精神的に参っていたのかもと思います」
 こう考えてしまうと、不安だけでなく怒りも込み上げてくる。
 それからは毎日、ブレスレットが投函されているのを見つけてはとにかく色んな場所へと捨てに行った。まるで何かに対抗心を燃やすように。電車で一時間半ほどかけて海にまで行き、投げ捨てたりもしたという。
 もちろん何人かのアイドルファンの知り合いにそれとなく聞いてもみたし、なかでも親しい仲間に対しては、ついきつく問い詰めてしまうこともあった。
 だが当然のように、彼女らの口から返ってくる答えは「そんなことしていない」。そもそも動機がないため、仲間の面々も困惑するばかりだったようだ。
「郵便受けに投函されるまさにその時を待ち構えたこともありました。……でも、どれだけ待っても私の目の前で投函されることはないんです。決まって、私が外出中か寝ているか、お風呂に入っているとか……そういう気付けない間に届いてて。もちろんドアも金属ですから、そもそも投函されればどうしたって音が鳴るとも思ってたんですけど……結局そんな音をただの一度も聞いていないのも不思議というか、気味が悪かった」
 そんな日々に疲弊した彼女の心理は、もうあまり気にしなくていいんじゃないか、という諦観に傾いていた。ブレスレットがあったからって、べつに何も困ることはないのだ。
 そして心境の変化は、ブレスレットの見方そのもののリセットに繋がっていったという。
「よくよく考えてみると、アダルトグッズでブレスレットってどういう事かな、どんな役割なんだろうって。今さらという感じなんですけど、冷静になると素朴に興味みたいなものが出てきて」
 台紙にデザインされた、快感に悶える女性のシルエット。
 このブレスレットをつけてオナニーすると、いつもより気持ちいいですよというのか。
 まじめに興味を持って考察したところで、ただインチキ臭さが増しただけにも思えた。
「その、もちろん行為をする気はまったく無かったですけど、なんとなく遊びで着けてみました」
 C型をしたバングルにチェーン状の金具がついて輪になっている。それまでのチープな印象からすると、右手首を飾る見た目は意外と悪くなかった。
「へぇ~と思いながら右手をかざしたりして。ブカブカじゃないんだけど手首と少しだけ隙間ができる、絶妙なサイズだったのにも笑いました。サイズ感ピッタリじゃんって」
 だが、その何気ない行為の代償はあまりにも理不尽だった。最初の異変にはすぐ気付いた。
 ブレスレットが、どうしても外れない。
 いちばん柔らかいチェーン状の部分ですら、いくら引っ張ろうと、家にあるどんな工具を使おうと外れないし壊れない。傷すらついていないように見えた。
 職場で男性の同僚に、訝しげな視線を我慢しつつ「どうにか外すか壊すかできないか」と相談もした。しかし、男性の力ならあるいはという望みもむなしく、同じ結果に終わった。
 なにもかも、悪いこと続きという気分に押しつぶされそうだった。
 愛していたと言っていいアイドルがこの世を去り、続けざまに不可解なブレスレットに振り回される日々。
 ぶつける当てもない怒りと悔しさ、絶望感でUさんはさらに疲弊の度合いを深めた。この異常な状況から解放されることだけが望みと言ってもよかった。
 波状攻撃のようなストレスに追い詰められながらも、あがき続けてきた。それでも、事態は少しも好転したように見えない。
 万策尽きた感覚に打ちひしがれる。ただ、安息がほしい。
 とにかく、どんなものでもいいからと、癒やしを希求するのは当然だった。
 あるときUさんは、ブレスレットを着けたその状態で、オナニーをしたという。
「まずなんというか、今までになく、その――そういうことをしたい気持ちになりやすかった気がします」
 すると、ブレスレットの台紙に書かれていた宣伝文句のとおりになった。
 気持ちよかった。今までにないほどの充足感が得られた。
 オナニーとはこんなに気持ちの良いものだったのか。
 小陰唇はもとより、大陰唇をつうと指で撫でるだけで電気のように初めての快感が走ったという。
 ようやくその刺激の強さにも慣れ、とうに溢れた蜜を陰唇全体に塗りつけながら指を上部へ進ませる間も、自分でコントロールできないほど膣口がひくひくと挿入を求めているのが分かった。
 未体験の快楽、その片鱗を実感して興奮も高まっていた。ところが、指がようやく充血しきったクリトリスに触れた瞬間。
 ひときわ激しく、快感というよりは衝撃に近い感覚が、その蕾を中心にUさんの火照った全身をあっけなく貫いた。
 ――○○くん……っ!
 抑えのきかない喘ぎと共に漏れ出たのは、もう会うことのできない、男性アイドルの名前だった。
 だらしなく四肢を投げ出すUさんの中ではしかし、いまだ淫熱がくすぶっていた。いや、さらに強まったといってもよかったのかもしれない。
 陰核を十分に弄ることなく絶頂を迎えてしまったのも不完全燃焼だった。その後も、さらに二度果てるまで自慰に耽ったという。何度も、彼の名前を呼びながら。
 オナニーの経験など数回しかなかったというUさんが満足と疲労感に包まれてぼんやり時計を見ると、三時間以上が経っていた。
「その……果てるたびに興奮が高まっていくような感じでした。もうブレスレットの事なんかどうでも良かったし、むしろ本当にそのお陰でこんなに気持ちよくなれるなら、亡くなった彼が私にくれたんじゃないかとすら思えたんです」
 それからは、以前には考えられなかったような頻度で自らするようになった。
 興奮が高まったというのも最初のその時だけ、初めてだから特に感じた……などということはなく不思議とそれから日を追うごと、何度も快感にむせぶたびにその傾向も強まったという。
 だが、日ごと変化してゆくのは性的欲求や興奮だけではなかった。
 それに初めて気づいたのは、ブレスレットを着けたオナニーを最初に体験してからひと月ほど後。
 ――なんだか前より、手首とブレスレットの隙間が少なくなっている。
 だが、当時そう感じたのは見た目の印象だけで、手首自体に窮屈な感覚などはなかった。だからその時は、偶然そう見えただけと思った。
 なんとなく手首に圧迫感を感じるようになってからも、このあいだブレスレットが縮んでいるなどと変な想像をしたせいで、潜在的に自分が気にしてしまっているのだろうと片付けた。
 せっかく極端に精神を追い詰められた状態から抜け出したのだ。変なことを気にしすぎて、ふたたび不調のスパイラルにはまり込むことだって考えられる。それだけは絶対に嫌だった。
 無意識のうちに、物事を深く考えないように努めてしまっていた。しかし彼女にとってそれは更なる精神的な負担を避けるための、自然な防御心理であった。
 いま自分に必要なのは、この不可思議な現象の解明などではなく、むしろ癒やしなのだ。
 果てても果てても際限なく身体を火照らせる欲求を満たすため、オナニーに耽る日々。その度に身体もより敏感になっていくのが分かった。
「一旦そういう気分になっちゃうと、もうどうしようもなかったですから。でもそれって他のことを完全に忘れられる時間でもあったし、合理的っていうと変ですけど……」
 心身にあらわれた性に対する執着の急激な変化に、いまだ戸惑いも無くはなかった。だが、澱のように溜まりゆく欲求を解消することが、なにより自分に必要な選択だと思えたという。
 ふと気がついた頃には、ブレスレットを中心に手首は紫色にうっ血し、肘付近にまで血管のひび割れたような模様が拡がっていた。
『魔法』のようなオナニーをするごとに、ブレスレットが締まっている。その事はもはや疑いようがなかった。
 だが不思議なことに、腕にはその見た目から想像されるような痛みやしびれといった症状は感じない。せいぜい、少し力が入りづらい程度である。
 どうせ外せもしない。手指も動く。彼女はこれまで通りに生活した。
 二週間ほどすると、いよいよ腕の感覚に異常が出てきた。
 黒ずんだ赤に染まりつつある前腕は、相変わらず外観からは信じられないが耐え難いほどの苦痛はなく、一応は自由に動かせた。
 だが、締まってきたブレスレットが肌にめり込む部分を中心にして、手首の内部を絶えず無数の小さな針で刺され続けるような、熱を持った痛痒感がUさんを苛むようになっていた。
 骨や神経にも影響が出てきているのだろうか。まだ動かせるから、あるいは気持ちよくなれるからと、ごまかし続けるのも限界が近い。今の状態のまま時間が経てば右腕が使えなくなるのはもちろん、この内側から蝕むような痛みが腕以外にも何らかの異常を来たす可能性もあるのでは……。ようやく、そんな未来が実感された。
 とはいえ、これまでいくら外そうとしても失敗に終わった代物をどうすればいいのか。
 工具や男性の力でも駄目、脆そうなチェーンの飾りすら壊れなかった。かと言って肌に食い込むほどの状態となっては薬品をかけたりするのも躊躇われる。都合よくブレスレットを外す専門の業者など存在するわけもない。
「いま思えば、お祓いとかそういうアプローチをしてみるべきだったのかなと、少し後悔することがあります。なぜだか当時は、そういう方向には考えが向かなくて……」
 もちろん医者に相談したこともあったが、まるで為す術がないという風に首を傾げられるばかりだった。病院も当てにならないと分かっていた。
 だがUさんはこのときもう一度、病院に足を運んだ。
 苦悶に苦悶を重ね考え抜いた末に選んだ、ある決意を携えて。
 そのほとんどが暗い赤紫色に覆われてしまった、右前腕。
 見た目は変わり果ててしまったが、それは生まれて以来の身体の一部である。
 いまや想像を超える快感と、そして苦痛をもたらすその右腕を――
 ――彼女は切断した。



 まだ手をつけていなかったコーヒーカップを、Uさんが口に運ぶ。
 それが突然、ずるりと滑った。カップの中でコーヒーの波紋は大きな波と化し、それを持っていた左手とテーブルを少し濡らしてしまった。
「……利き手は、右手だったのですか」
「ええ」
 ナフキンでコーヒーを拭う彼女の顔には、どこか自嘲的な笑みが浮かんだ。
「病院の先生も相当、怪訝な顔してましたけどね。さすがに細かい経緯なんかは話しませんよ。でも実際に大変なことになってるのは見れば分かりますから。私が意思を示してサインさえすれば、特に説得するようなことはなかったんです」
 いまさらだが、あまり好奇の眼差しにならないよう注意しつつ、もう動くことはないUさんの右前腕に目をやる。肘を軽く曲げ、自然な姿勢でテーブルに置かれていた。
 義手と言われても、ニットの袖口から出ている右手は一見するとそうは見えない。注意深く観察してようやく、表面がシリコンのような材質であるのと、その手指が一切動かないことが分かるくらいだ。
 カップとテーブルを拭き終えた彼女は、椅子や床にもコーヒーが落ちていないか屈んで確認していく。肘のあたりで支えているのだろうか、右腕はそのままテーブルの端に残して体勢を安定させていた。
 義手を作り、実際に使い始めたのは二ヶ月ほど前という話だったが、すでにある程度は扱いに習熟している様子に舌を巻く。
「ふた月で、もうそんなに使いこなせるようになるものなんですね。自由自在で、とても馴染んでるようだ」
「実は、けっこう練習もしたんです……。私、義手の値段なんて知らなかったですから。実際に買うことになって調べた時、想像よりもずっと高価で驚きました。……そうしたら、自分が上手に使えないせいですぐに傷めたりできないぞ、っていう意識が強くなって」
 単純にテーブルの下に屈んでいたからか、あるいは自らの金銭感覚を吐露した事への恥ずかしさなのだろうか、座席に座り直した彼女はすこし上気して見えた。
「……左手の練習は、まだ必要なんですけどね」
 冗談めかし、照れ笑いで話してくれる様子は朗らかだ。短い間に身体の変化だけでなく気持ちの上でも、辛かった時期から次なるステージへと進めたのだろうか。それも簡単にできることではないだろうに。
「辛かった経験を、わざわざ詳しく聞かせて頂いて……今日は、ありがとうございました」
 さらにしばらく雑談した後、解散の頃合いかと切り出し、謝礼を手渡した時だった。
「いえ。……もしよければ、せっかくですし現場も見ていきますか?」
 リラックスした微笑で、唐突に提案された。驚きで暫し返答に迷ったものの、そんなことが叶うとは思ってもみなかった私はこの幸運に感謝し、ぜひと頼んだ。
 そもそも今回、話を聞く場所は彼女に選んでもらったのだが、家からも近いからと指定されたのがこの喫茶店である。
 怪しげなブレスレットが届いていたドアポスト、それから始まった苦悶の日々。その実際の舞台を目の当たりにできるという喜びがにわかに湧き上がってくる。
 まっとうに考えれば、他人様が苦しんだ場所に行けると好奇心を膨らませるなど不謹慎というよりないだろう。しかし今回はその彼女自身が私のアポを承諾し、体験談を語ってくれたのだ。そのうえ、本人が厚意でその現場を見せるとまで申し出てくれた。
 もちろん彼女に起こった事象は、いくぶん奇妙ではあるが悲劇に変わりはない。過度な取材や恣意的に脚色して広めるなど本人に実害が及ぶ行動には注意しなければならないが、その前提の上でこの機会をありがたく頂戴する分にはバチは当たるまい。
「ありがとうございましたー。またお越し下さい」
 釣り銭を受け取りながら、好奇心と期待感に満たされた意識のすき間にふと冷静な疑問が浮かんだ。
 あまり気にしたことはなかったが、そういえば彼女はなぜ、私に話をしてくれる気になったのだろう。
 まあ、少しばかりの謝礼とは言え、何かしらの足しが欲しかっただけの話かもしれない。ただいずれにせよ、よく他人に話す決断をしてくれたものだなと、いまさらの感慨を覚えた。
「良かった。折りたたみ傘、使わずに済みそう」
 店を出ると、いくぶん暗さを増した灰色の空を見上げて彼女がつぶやいた。雲の上では日が傾き始めているだろう。
 雨は止んだものの、店に来たときよりも空気は冷たかった。濡れたアスファルトも寒々しい。
 Uさんの住むアパートへは歩いて十五分ほどの距離だという。それまでに話し込んでいたこともあり、道すがら特に会話をするでもなく彼女について歩いていった。
 年季の入った畳店や、最近オープンしたらしいカラフルなピザチェーンを横目に、ちらほら制服の学生が見えはじめた大通りを抜ける。いくつか路地を入って行き、通りの騒がしさも和らいだ住宅街にそのアパートは建っていた。
 思っていたよりは、まだ新しげな佇まいだった。黒を基調とした現代的なデザインで頑丈そうな、若い女性が住むにはおあつらえむきの二階建てである。
 わずかに錆びの浮いてきた手すりに細指を滑らせ、自室のある二階へと彼女が登っていく。
 ここまでの道中、なにげなくUさんを見やるたびその美貌に改めて感心していた。全身のシルエットはモデルのように無駄がなく、それでいて付くところには付いた女性的な丸み。言うまでもなく乳房のインパクトはたとえコートを着ていても絶大だ。歩くたび左右に揺れるヒップもコートに邪魔されず見てみたかったというのは欲張りだろうか。
 さっきの喫茶店では、その乳房とニットに浮き出た乳首だけで思わずペニスが熱くなった。
 たしかに筆舌に尽くしがたい存在感ではあったが、それにしたってまるで思春期の学生のような反応だったかもしれない。いまさらの恥ずかしさを感じながら歩き続けたのだった。
 だが部屋に案内され、ドアが閉まるのと同時にUさんがたくし上げたタイトニットからそれがまろび出たとき、そんな気がかりなど一瞬で消え失せた。
 私の恥じらいも言わば興奮の裏返しだったが、いま距離を詰めながら静かに私の股間へ手を伸ばし、肉欲と期待に瞳を輝かせる彼女のそれとは比べるべくもないだろう。
「……ボッキ、してますよ?」
 細い指を、ズボンの上からやんわりとした圧力で性器の形に沿わせ、往復させる。
 ペニスの輪郭がはっきりと浮き出てくるにつれ、彼女の手の力も微妙に増していく。確実にペニスを勃起させるという意思を持ち、さらなる快感にいざなう動き。彼女の手に、自分の中心をコントロールされる悦び。
 もう、逃げられない。追い詰められ、あとは捕食者の好きにされるだけの運命を知った小動物の気分だ。
「すいません、その……」
 言い訳など浮かびようがない。かと言って、バカ正直に「そのバストに興奮しました」などと誰が言えるだろう。
 彼女の左手はズボン越しに股間を蹂躙し、豊満な肉体もその甘い香りが私を包むほどに近づく。息がかかりそうな距離の美顔に、息を呑んだ。
 当然、ずっと私の視線を引き寄せていたバストも、いまや衣服越しの私の体に押し付けられている有様だった。
「いいんですよ。私のせいですから。わざとブラ着けずに、この格好で行ったんです。……よかった」
 むにゅり、と音がしそうなほどの立体感と量感が、彼女が密着するにまかせ心地よい弾力を伝えてくる。
「うっ……。わざとって、最初からこうするつもりで……?」
 獲物を捕えた嬉しさが込み上げたのだろうか。その顔に笑みが溢れた。
「そんなことないですよ。私も、ノッてもらえるか不安でした。だから確認したんですけど……もう、期待以上にギンギンにしてくれてて」
 そう言うと、ズボンをなぞっていた左手がふいに細やかに躍動した。びっくり箱のように現れたペニスは案の定すでに充血し、さらなる刺激を求めてその身を震わせている。「あ……う」
 ああ。思い返せば、あの時。喫茶店でコーヒーをこぼし、彼女は屈んでわざわざテーブルの下まで確認していた。私のペニスはちょうどその頃、彼女のバストに対する反応を見せていたのだろう。それならズボンの上からでも一目瞭然だったはずだ。
「す……はあっ。本物のにおい……」
 抜き身のペニスと対面した表情は喜々として、どこか崇めるような雰囲気すらある。
 そういえばUさんはここ数年、男性との交際はないという話だった。仕事とアイドルに熱を上げていたのとで、そんな興味は湧かなかったらしい。彼女のルックスや柔和で知的な物腰からすると信じられなかったが、親密な関係の異性がもし居たならその後の悲劇は避けられたのだろうか……などと、無意味と知りながらも考えてしまう。
 実際のところ腕に異変が起きて彼女の懊悩が始まってからというもの、職場の同僚たちにはどこか腫れ物に触るような雰囲気を感じていたという。その中には密かにUさんが良く思う男性もいたらしく、彼女が言うには向こうもUさんを悪く思ってはいなかった。
 同僚たちは表面上はそれまでと変わらない様子で、助けが必要な時なども気遣ってくれていた。
 しかし人の心に僅かでも芽生えた、自分たちとは異質な存在に対する怯えにも似た視線は、その優しさを透かして彼女を刺すトゲとなる。
 彼女にだけわかる、彼らが纏うよそよそしさ。壁と言ってもいい。
 自然、彼女自身もそんな彼らに以前のように接するのは難しくなる。それからというもの、職場で築いた人間関係はどこかぎこちないものとなって久しいという話だった。
 自身の抱えていた苦痛に加え孤独や疎外感まで味わうことになったのだ。きっと、言葉に尽くせない人肌の恋しさも感じていたことだろう。ましてや男性器ともなれば尚更かもしれない。
 しゃがみ込んだUさんは、血管の浮き出た肉幹を慈しむように撫でている。上気した美貌が近づくたび、ペニスの方もヒクついてしまう。みるみるうちに張りが増していく亀頭は、玄関の照明を鈍く反射した。
「あ、出てきてますよ。オチンチンの先から……我慢汁」
 彼女は顔を上げ、わざとらしく言ってみせた。
「いろいろあったけど……私、そういう悦びを彼が教えてくれたのかなって、案外受け入れてる所もあるんです。……前は『オチンチン』だとか、恥ずかしくて絶対に言えなかった」
 そういえば、喫茶店でそんな事も話していた。ブレスレットをしてオナニーをするたび、性欲や感度が高まったとも。すでに手術してまでブレスレットとは決別をしたにせよ、少なからずUさんの性的嗜好に影響を与えた事は疑いようがないだろう。
 そして「彼」とは、亡くなったアイドルのことか。Uさんの中では、彼の死とほぼ同時と言えるタイミングで届いたそのブレスレットを、ただの偶然では済ませられないのかもしれなかった。
「なのに今は、早く味わいたくて……」
 ある意味で彼女はその異常な体験を経て、たしかに異質な存在になってしまったのかもしれない。
 形の良い唇がペニスの先に触れて、そのまま亀頭をついばむ。見た目以上に柔らかな感触は、背中に鳥肌が立つほどだ。
 まもなく亀頭部分だけが唇に包まれ、口内に迎え入れられた。早く味わいたいという言葉のとおり、彼女の口内は驚くほどの唾液を湛えていた。
 タレに漬けるように丸ごと沈められた亀頭は、瞬く間に口蜜でコーティングされる。亀頭全体の感触が、ヌルヌルしたものに一変した。
 口の中のあらゆる柔らかい部分に少し触れるだけでも快感が生じ、男根だけでなく身体全体を震わせてしまう。さながら口内粘膜という名の快感牢獄である。
 そして口蜜の湖から、待ちに待ったとばかりに彼女の舌が姿を現す。牢獄の主は、唇に拘束され逃げられない男の最も敏感な部分を、好き放題になぶり始めるのだった。
 そのぬめった体をくねらせ亀頭の周囲をぐるりと周ったかと思うと、敏感な裏スジをワイパーの如く左右に舐め擦って楽しんでみたり。はたまた鈴口の真上をずろずろと狙われてしまえば、微弱な痒みにも似た快感に悶えずにはいられない。
「ううっ! ん……ぐ、あうっ……」
 私の上ずった声に、慌てた様子で男根から顔を離す。
「あっ……あの、痛かったですか?」
 口を離して気遣う素振りを見せるが、私とペニスを交互に見つめるその瞳は、おもちゃを取り上げられた子供のようだ。
「そんなことない。……続けて」
 唇とペニスに唾液の糸を光らせている彼女を、むしろ急かした。
 それで安心したのかUさんは、凛として涼やかな口元からは想像できないような、唇と口腔全体を使った粘着質な責めを再開した。
「あむ……んんんう」今度は一気に根本まで飲み込まれる。
 淫熱で焼けそうな口のなかに、自分の性器がゆっくりと、まるごと飲み込まれていく。肉竿の全周を、ぬめった柔肉に包まれる充足感。
 下腹部に付くほどの距離にUさんの鼻があった。こんなに入れてしまって大丈夫なのだろうか。
 そう思った矢先、亀頭に今までにない感触を覚えた。彼女の喉だ。
 ドーム型の口蓋に亀頭上部を擦らせながら、その最奥に私の切っ先が微妙に触れたり離れたりを繰り返す。くすぐったさについ力が入り、ペニスはその体積を目一杯に膨らませようと反応してしまう。
「んふ……もう、そんらにオチンチンぴくぴくさせて。喉マ×コ、好きらんれふか?」
 いちだんと膨らんだ亀頭で苦しいのではと思ったが、杞憂のようだった。
 根本とカリ首を、彼女の柔らかい唇がぬろぬろと往復する。とくにカリ首とその手前の敏感なくびれは、彼女のペニスに対する執着そのままの強い吸い上げに、溶けてしまいそうな心地だ。
「きもひいいんれしょう? きもひいいのがじかにつらわって、わらひも嬉ひいでふう。あっ、またがまんりう出てる……」
 ぐっちゅ、ぐっちゅとくぐもった水音が響く。目を細め、唇から喉奥までを使った肉棒奉仕にふけるUさんは、まさに自分の口腔を性器として機能させることを最上の喜びとしているかのようだ。
 激しくストロークしたかと思えば急に動きが緩やかになり、並外れた器用さで舌先を使い鈴口の縁だけをなぞってくる。
「おおっ……」
 そこは下腹部の奥に、ずっしりと響く快感を生みだすポイントだ。充足感を伴った独特な快楽に今度は声が出るだけではおさまらず、つい腰まで引けてしまった。
 後方によろめき、玄関ドアに寄りかかる。金属の冷たさが後ろ手についた手の平からは鋭く、衣服をはさんだ背中にはじんわりと伝わってきた。今はそれが火照った身体に心地良い。
 荒い息をつきながらぼんやりと視線を上げる。細長い廊下の両側に洗濯機や冷蔵庫があり、奥に開け放たれたドアからリビングルームにテレビが見える。シンプルな1Kだった。
 苛烈な責めに悶える時間が続いていたが、視覚的にも否応なく興奮を高める光景から視線を剥がすことで、少しだけ落ち着けた。
 すると、小刻みに水を撹拌するような音が鳴っているのに気づいた。音のする下方をのぞき込む。
 まず、いつの間にかくしゃくしゃになり力なくUさんの足首に巻き付くだけのスキニーパンツが目に入る。そしてその上では相変わらず美味しそうに男性器を舐め吸いながら、たまらずショーツのクロッチ脇から自分の秘部をまさぐっているのだった。
「んふ……ん。んう~」
 抽送を弱めてはくれない為はっきりとした喘ぎには聞こえないが、恍惚の表情を見ればそれが嬌声なのは明白である。しゃがんだ体勢で義手を私の腹のあたりに添えるだけなので、ノーハンドフェラと言えなくもない状態だ。
「……くうっ」
 もとはと言えば、単純に怪異の起こった現場に対する興味でここへ来た。だがもちろん、ここはブレスレットを着けてUさんが幾度となく身をよじった場所でもあるのだ。
 いまと同じように水音と甘い声を響かせながら。あのリビングで、何度も『魔法の』心地になったのだろう。そう思い至ると、より性感が高まる気がした。
「ん、じゅぱっ……れろ……んもう、またオチンチンに力が入って、大っきくなりましたよ? どこまで大っきくなるんですか、もう……ふふ」
 目ざとく変化を感じ取ると、嬉々として添える手を肉棒の根本に移してホールドし、いっそう激しい責めに髪を揺らす。
 独り愉しんでいた頃との、ただ一つの決定的な違い。彼女の眼前で、赤黒く血管を浮きたたせる男性器。今、どんな思いでそれを咥えているのだろう。
「ちゅば、んくっ、んぼ……えれろれろ……ぐぽっ」
「! う……ぐっ」
 性感の高まりはもちろん、限界へと近づく事でもある。
 突如よぎった幕切れの感覚に、あわてて彼女を手で制止した。
「く……あっ、はあ……。ちょっと、……待って」
 数秒のあいだ「なぜ?」と言いたげな表情で佇んでいたが、すぐに何かを理解した様子で、甘ったるい声音の詫びを口にした。
「……ごめんなさい。私、つい夢中に……。あんまりガッチガチで、やらしい匂いも凄いオチンチンだから、ワガママしすぎちゃいました。それに――」
 わざとらしく眉根を寄せて微笑み、伸ばされたままの私の手を取る。
「――そうですよね。あれだけ触りたかったんですものね。この、おっきくて、柔らか~い……おっぱい」
 射精感を危惧し咄嗟に彼女の動きを止めようとしたのだが、どうも少しばかり勘違いをしているようだった。
 導かれるまま私の手が、そのバストに触れる。
「……すごい」
 興奮が高まれば、ふたたび終わりが近づくのは言うまでもない。激しく奉仕を続けようとする彼女を止めたのも、もっと長く愉しませて欲しいという願望の現れと言ってよかった。
 だが目の前で揺れる双球の引力は、私の自制心などまるで有りもしないかのようにこの手を引き寄せるのだ。
 先刻までの熱心な奉仕により少し汗ばんだ乳肌は艷やかで、しっとりと濡れていてもシルクのように指を滑らせる。
 そのとてつもない体積を揉みこむべく指に力を込めると、指どころか手のひら全体が沈むかのような感覚を覚える。肌目が細かい乳房の方から吸い付いてくるのだ。
「あ。……んん……っ」
 自分が触れられると案外しおらしい反応を見せる彼女の表情が、また淫欲を増進させる。
 乳頭で色づいた蕾は、思うまま乳肉を弄ぶにあわせ激しく踊った。それは乳房のサイズのせいで小さく見えることもなく、頂点でしっかりと勃起しながらも可憐に男を誘惑する。
「……っ」
 指を滑らせてそこへ到達するまでもなく、乳輪に触れた瞬間その身体がビクリとわなないた。
 熱い息をついているUさんもまた昂ぶり、より敏感になっているのを確かめると、しこりたった乳首自体を人差し指の横腹と親指でつねるような形につまみ、力は入れずに優しく転がしてみる。
「うんん……っ、んああっ」
 ひときわの恍惚の声。ドアを通して外に聞こえていないか気になるほどに悦び、身をよじった。
「……私のボッキ乳首、どうですか? ……はんんっ」
 柔らかいが押しつぶすと芯の感触があり、それを頼りに指でねぶり転がす。それがスイッチかのように彼女の喘ぎは漏れ出し、そしてまた乳頭は大きく、硬くなっていく。
「あっ……乳首ぃ、ん、そんな……気持ちい……っ」
 指だけの愛撫だったが、しばらくのあいだ乳頭部分だけを集中的にいじり回した。
 そして彼女がもう一段上に高まったのを見て取る頃には、私はそれ以外の部分、すなわち魅惑的な双乳全体の感触を味わいたいという欲求に急き立てられていた。
 残した指で乳輪をなぞりながら、より緩やかな曲線を描く肌へ手を滑らせていく。
 その柔肉へとようやく辿り着いた感動に、すぐさま夢中で弄ばずにはいられなかった。温かな量感と弾力を、両手で揉みしだく。
「あんっ、いきなり……。ふわふわおっぱい触れて、嬉しいんですか?」
 ずっしりとした迫力の乳房は実際に揉みこねてみると、心地よい確かな揉み応えを感じながらも自在に形を変えていく。その様は彼女の言う通り軽やかで、マシュマロを触っているようだった。
「ほら。オチンチン、すっごいピクピク反応してる」
 いつの間にか怒張をゆるゆると扱く彼女の笑みに、飽くなき淫欲の影が差す。
「そんなに好きなら……」
 にわかに竿の根本を強く握って、ゆっくりと先端まで絞りあげていく。竿全体に纏わりついていた粘液に加えて新たに鈴口から溢れる多量の先走り汁が、その手指をコーティングした。
 それを自らの深い谷間に塗りつけていく。
 惚けた顔でその光景を眺めていた私にちらと目を向けると、ダメ押しとばかりに、その意地悪い眼差しで私を射止めたままこれ見よがしに舌を伸ばして、唾液をとろとろと谷間に落とした。
「ほら、あなたの我慢汁と……私のエッチなよだれで、グチョグチョですよ? これで勃起オチンチン擦られたら、どんな感じなんだろう……」
 先走り汁と唾液、そして少しの愛液も混じってより滑りやすくなった双乳は彼女がそれを塗り拡げるたび激しく形を変え、踊ってオスを挑発する。
「大好きなおっぱいで、たくさん擦ってあげちゃいますね」
 一瞬、当然だと叱りつけたい衝動に駆られた。こんな光景を見せられて、その願望に支配されない方がおかしい。
「……あんまりイイからって、すぐに出しちゃダメですよ?」
 おもむろに膝立ちになると照準を合わせたように、期待に震えるペニスを見据えた。体液の混ざった潤滑油に照り光ったバストが迫る。
 ところが、あと一歩のところでその距離が縮まらなくなった。彼女は何かぎこちない様子でまごついていた。
 ペニスを挟み込むため外側から乳房を押さえようとするものの、義手の右側だけどうしても上手くできないのだ。
「……っ」
 それもこれも仕方のないことだったと思う。自分が意思するより早く伸びた手は彼女がうまく固定できないでいる方の乳房を鷲掴み、自分のペニスにあてがい、押し付けた。目と鼻の先に魅惑の塊を揺らされて、これ以上おとなしく待ってなどいられない。
「あんっ……もう、そんなに早く、パイズリでオチンチン気持ちよくなりたいんですか?」
 あくせくしていたのが嘘のように、にやにやと笑う。じっと私を観察する悪戯っぽい目つきに、あたかも心の中を覗き見られているような錯覚に陥る。いま私がとった行動もじつは彼女の計算ずくだったのではと思うと、すこし落ち着かない。
 そんな胸中もどこ吹く風とばかりに、互いの左手で押さえつけた魅惑の狭間から覗く赤黒い切っ先は、歓喜のあまり痙攣すらしているのだった。
「うあ……なんて柔らかい……」
 柔肉に全方位から包まれたペニスは、かろうじて見える亀頭以外はすべて隠れてしまっている。
 その状態から、ゆっくりと腰を動かしていく。乳肉の中を、混合液のおかげで充分すぎるほどスムーズに肉棒が滑る。まるで、彼女のバストに挿入しセックスしているようだ。
「ぐっ……」
 乳房で擦れる肉棒を、火照った彼女の体温が心地よく包む。絹肌はしっとりと汗ばんでいたろうが、今その感触を味わうことはできない。柔肉もペニスも粘液に塗れ、腰を動かすたびにその汚濁を彼女の胸で塗り拡げるだけだ。
 ずりゅずりゅと、勃起で乳房を穿つ。
「人が沢山いるお店で、オチンチンおっ勃てちゃうほど気になってたおっぱい、どうですか?」
 嘲笑まじりの艷やかな表情。その甘い息が掛かりそうな距離で亀頭がバストの間から顔を出す。そしてまた、瑞々しい艶が踊る柔乳の沼に飲み込まれ、消えていく。
 ペニスもこれ以上ないほど膨らみ、その全身で快感を余さず享受するのに必死だ。ストローク毎に、溜まりゆく無上の快楽に鈴口から涙を流す。
 このままずっと、彼女の胸に肉棒を擦りつけていたい。それ以外の思考が溶け始めた時、ふいに彼女が体を動かした。
「こっちはこうして……。手はもう楽にしていいですよ?」どうやら自分で両方の乳房を押さえようとしている。
 バストを堪能することについ夢中になり気づかなかったが、片手ずつで支えるのは少し無理な体勢だったろうか。
「ふふ。それとも、まだ触ってたいですか?」
 からかうように言いながらも、上腕部で横から押さえるコツを掴んだのか、義手の側からも意外と簡単そうに乳房を挟み込んだ。
 さっきはやはり、わざと私が手を伸ばすよう誘われていたのか……? しつこくそんな考えがよぎりかけたが、今はもうどうでもよかった。身も心も、男の理想と言って差し支えないこの双乳に捕食される悦びがいま目の前にあるのだ。
 さあ、はやく続きを。思いきり、両腕で挟んだそれで擦り上げてほしい。
 彼女が体勢を整えるわずかな時間が、永遠にも感じられた。
 降って湧いたような焦れったさを誤魔化そうと、意味もなくあちこちに視線をやる。その間も、期待に高鳴る自分の心音ばかりがやかましく聞こえた。
 興奮した意識にまかせ流れる視界の端、下方にドアポストが映る。
 ……ああ、これが件のドアポストなのだな。そういえば、もともとは怪異の現場を見に来たのだった。
 しかしどれほど強い好奇心や興味を持っていようとも、生物としての根源的な欲求に勝てるはずはないのである。いまはUさんの乳房に押し包まれ、とめどない快楽に溺れたい。
 艶めいて揺れる、桜色の乳頭をペニスでえぐりたい。
 蓋のない、シンプルなドアポスト。暗がりに、広く窪んだトレー部分がぼんやり見える。 
 腕が。
 狂おしいほどに張り詰めた私の部分を、その狭間で踊らせてほしい。
 肘から先の。
 柔肉のなかで、煮えたぎる白い熱情を爆発させたい。
 手首に光った、鈍い銀色。
 濁った水底から浮かぶように。奉仕を待ち焦がれ、興奮の頂点でたゆたう意識にのぼった異様。
 ドアポストの底で、呆けたように力なく開いた手のひらが、こちらを向いていた。
「ひいっ」
 短く鳴ったのは、自分の悲鳴らしかった。
 体重を預けていたドアの冷たさが、急に衣服や火照りを通り抜けて心臓に突き立った。
「そんなに驚かなくてもいいのに。お話ししたじゃないですか……ずっと届くようになって、どこに捨てても、焼いても意味がなかったって」
 むしろ私を笑うかのような声音が、混乱の中で反響する。
「別に気にしないでいいですよ、そんなの。今は……オチンチンが気持ちよくなる方が大事でしょう? それでいいじゃないですか。たくさん私のおっぱい、味わってくださいね……」
 固まる私にも構わず、汗と粘液で濡れ光る谷間を熱いペニスにあてがう。
「そ、そんな……」
 そんなこと、簡単にできるわけがない。
 あるはずのない、あってはいけない、もの。
 それが今、そこに転がっていたのではないか。ずっと、ここに。
 ブレスレットが届くというのはもちろん聞いた。だがそれは、手術をする前の話で……。それに、焼いてもと言わなかったか。喫茶店ではそんなこと聞いた覚えはない。まさかこの、見るもおぞましいものを自分で焼却したとでも――。
「ほ~ら。オチンチン、まだこんなにバキバキなんですから。早く出させてあげないと、かわいそう」
 Uさんは端正な顔で微笑んでいる。
 私がどれだけ慄き思案を巡らせようが、彼女の様子は一分も変わっていない。私からすればあの光景を目の当たりにして、まるで禁忌に触れた信者の心地だったのだが……。依然ペニスを潤んだ瞳で見つめるUさんに対し、なぜだか命拾いしたような安堵を覚えた。
 彼女が言うように、肉棒もまた萎えることなく雄々しい熱気をまとっていた。自分でも驚いたが、私の意識のほぼ全てを占領していた柔乳奉仕への期待は、恐怖と衝撃をもってしても拭い去れるものではなかったのだ。
 そうだ。彼女の言うとおり、今は。
 ふたたび、オスを愉しませるためにあるような乳肉の底なし沼が、ペニスを飲み込まんと迫る。先端が触れる。
「うう……っ」
 ――しかし。
 冷たく湧いた恐怖はいまも言いしれぬ不安に形を変え、彼女の変わらない笑顔にもどこか影が差して見える。
 心臓が止まるような思いをしたので気は進まない。だがもう一度、なるべく冷静にドアポストにあるものを確認する必要を感じた。おずおずとトレー部分を覗き込む。
「……」
 冷静に状況を把握するための行動はある意味、混乱をより深めるだけに終わった。いま私が見ているのは現実のものなのだろうか。
 ひと目でそうと分かるほど、手首よりも小さなサイズの腕輪が嵌っている光景はそれだけで異様だ。バングルの端と端は今にもくっつきそうな距離にあり、それらを繋ぐ小さなチェーンはあざ笑うかのようにその長さを持て余していた。
 だらりと開いた白い手のひらは、さっき見たままそこにある。
 そう。白いのだ。
 その右手は、血に塗れたりはおろか、うっ血さえしているようには見えない。
 目の前でひざまずくUさんと同じ。白く、むしろ美しい肌に一段と現実感が遠のく。
 指先の反対側、肘に近い辺りはいっそう暗く影になっており、よく見えない。
 だが、もしこれがUさんの右腕だと考えるならば、そこには――惨たらしい切断面が鎮座しているのだろうか。
「っあう……!」
 突如として甘い感覚が下腹部を襲った。
「あ~あ、全部おっぱいに食べられちゃいましたよ。オチンチン嬉しいですか?」
 ひときわ近づいた彼女の美貌、そして密着した胸。巨大でやわらかな魅惑が腹の下でぐにゃりと歪み、汗の匂いと色香を立ち昇らせながらペニスをまさに捕食したところだった。
 快電流が股間で渦巻いたのち、全身へと拡散する。
 それは私の恐怖や懊悩をスパークさせ、快楽の桃色に塗り替えていった。
「ビキビキになっちゃったオチンチン突き出して、ただバカみたいにヨガってれば良いですからね……」
 言いざま、さりげない動作で彼女がゆっくりと上下動を始める。
 両腕でぎゅうと音がしそうなほどに押さえつけられた乳房は、その弾力、張り、巨大さをこれでもかと強調しながら男根を責め立てた。
「ぜんぶ包まれて、こすられちゃって……。んっ……どうですか? イイんですか?」
「あは、あ、おお……っ」
 問いかけへの肯定と、Uさんのバストを見た男なら誰もが最上の夢として描く行為を体験している感動。しかも絶え間なく押し寄せる快楽で恍惚の境地にあっては、間抜けな声しか出ない。
 彼女が言うような、肌で擦られている感じはしなかった。
 息を呑むような大きさでありながらも、その乳肉全体が自在に形状を変えていくのだ。擦っているのか捏ねているのか見た目に判然としないのはもちろん、ペニスに伝わる感覚からも、その支配的な膨らみが生み出す乳圧というエネルギーそのものに扱き立てられているとしか思えない。
「あ、またヨダレ垂らしてピクついてますね。ふふ」
 上下動に合わせ規則的に顔を出す亀頭。顔を出すといっても乳肉の海から鈴口だけを覗かせ、やっとの思いで息継ぎをするような有様だが。
 頬を上気させたUさんは愛おしそうにそれを眺めつつ、ときおり私の表情を確認しては、また満足そうな微笑みでペニスを弄んでいく。
 彼女を見ていると、なにか男性器への強い執着のようなものを感じる。
 それはどうやら、単に男性器を自らの秘部に挿入し味わう事を指すのではない。性器で愉しむ快楽を欲しているなら、これほど熱心に肉棒奉仕にばかり励むこともないだろう。彼女の昂ぶりからしても、とうに入れていても良い頃だ。
 だからその執着はむしろペニスそのものを愛撫する、悦ばせることにあるように思えた。
 男性器を口唇で味わい、震わせる。自慢の武器である巨乳房で感涙させる。
 セックスそのものよりも、そういった奉仕への欲求が彼女を衝き動かしているのはなぜか……。彼女自身は日常的にブレスレットの「魔法の気持ちよさ」で大いに満足していたからだろうか?
 しかし、もし本当に想像を絶するような快感を得られていたとして。また、男性器に自らが奉仕したいという欲求も強まっていたとして……。
 手術をして数ヶ月が経つ現在もまだその頃の満足感を覚えているからといって、自分の快楽を度外視して男性器に奉仕したいという欲望が優先されるものだろうか。
 むしろ、当たり前に享受していたそれほどの夢心地がある日を境に絶たれてしまったのだ。もうそれ無しではいられないと、再び希求するようになる方が自然ではないか? 文字どおり目の前にペニスをぶら下げられれば、きっと奉仕どころではない。
 そう。
 その方が理にかなっている。
「あんっ……乳首にも当たって気持ちいい。……んん、プリプリの乳首がオチンチンに擦れるのも、イイんでしょう?」
 豊乳を水飴のような粘液にまみれさせ楽しそうにペニスをもてあそぶ様子からは、彼女にそんな切迫感やストレスは微塵も感じられなかった。
「……」
 本当に、彼女がブレスレットに振り回されたその苦悶と愉悦の日々は、腕を切り落とす事で終わりを迎えたのか。
 ――いまもなお、満足できているということはないだろうか。
 自分が想像したことのおぞましさに気づいた瞬間、尽きることのない快感の奔流に混じってどす黒い怖気が身体をめぐるのが分かった。
「はあっ、ほら……気持ちいいことに、集中して……? はっ、はあ……」
 赤黒く屹立したペニスを両胸で熱心に擦る姿は、客にかしづく靴磨きのようだ。
 美しい女が自分を悦ばせようと首筋に汗で髪を張り付かせ、男根を擦り上げる為にあるかのような乳房で上目遣いに奉仕する光景はそれだけで獣欲を掻き立てる。
 往復のスピードを上げてより激しく踊る胸の先では、その量感から生まれる慣性によって、硬くしこりたった乳首がまるで鞭のように上下にしなった。
 ペニスを包み込む乳肌はみずみずしくも細かい肌目で、まるで目に見えないほど小さな吸盤が根本から亀頭の先まで軽やかにキスを繰り返すようだった。それが何ストロークも繰り返されるのである。
「ううっ、いっ、良い……」
「……やっぱり。もうオチンチンがヨくてヨくてしょうがないんですよねえ……?」
 心なしか彼女の息も荒くなり、語気は強まっていた。
 期待の眼差しが、快感に耐えている私の顔と性器との間をしきりに行っては帰る。
 長い睫毛と爆乳と言うに相応しい双球を揺らしては、私の精子を――というよりも私そのものを――搾り取ろうと誘う。
 しかも先程とは違い私が自分では動かなくなった分、その止めどない快楽にいっそう集中できてしまうため、欲望が爆発するまでの猶予も縮まっていく。
「どんどん我慢汁あふれてくる……」
 音がしそうなほど激しく揺れ踊る美乳はとらえどころのないくせに、雷撃のような鋭い性感を刻みつける。
 小気味よいリズムで私を追い詰めてゆくその快楽は、既にとろけた身体の中心を反響しながら脳天にまで渦巻いていた。
「はっ……あんっ。んもう……オチンチンのピクピクも、っあん……すっごい激しくなってますよっ」
「……ぐう」
 少しでも力を抜けば暴発してしまいそうで、いまやUさんに触れる余裕も無い。残された忍耐力は、燃え盛る欲望に溶かされゆく氷塊も同然だった。
 低い金属音。うめいた拍子に後ずさり、さっき反射的に離れたままだった玄関ドアに再びもたれかかっていた。
 恐怖はまだ解消されたわけではなかったが、今はその原因の真上であろうと関係ない。体を預け、少しでも射精を遅らせることに集中したかった。
「……まだ、イキたくないんですか? すごく辛そうなのに……。はあ、あんっ。……もっともっと気持ちいいのして欲しいから、頑張っちゃってるんですね」
 いまも背後の足元に目を向ければ、あるはずのないものがあるのだろう。おそらくは彼女をこれほどまで大胆に、艶めかしく変えたものが。
 凍てつくようなおぞましさがドアを伝って這い上がり、私を絡め取ろうとする。
 だがそれも、私を隔てたすぐ反対側で汗の匂いと色香を立ちのぼらせ、性技を披露する彼女の淫熱にかなうものではなかった。
「ああ、気持ちよさそうな顔……。おっぱいでぐにゅぐにゅされて、もうぜんぶ溶けちゃいそうなんでしょう……?」
「……っ! う、あっ……」
 不意に限界が訪れる。それに合わせ自動的に、彼女の乳肉の感触をその間際まで味わい尽くそうと腰が忙しなく加速する。
「ふふっ、出ちゃうんですか? ……ああ……んっ、良いんですかっ? ……はあっ、このままイッても……っ!」
 Uさんの動きも速まり、あとは最後まで追い立てられるだけとばかり思っていたのだが、そう素直に終わらせてはくれなかった。
 いったんは激しさを増した乳房の往復は突然ぴたりと止み、息を整えながらも甘く試すような目つきで、困惑と安堵に揺れる私を見据えた。
「ふ……はあっ……。もう……っ、このままイッちゃう気だったんですか?」
 彼女の目の前では爆発寸前のペニスが、悔しそうな様子で引きつけを起こしたように跳ねる。欲するまま一度限界に向かいかけた射精感はそんな状態に抑えるのが精一杯で、私は彼女の言葉に反応もできない。
 しかし、Uさんは私に小休止を与えるために動きを止めたのではないようだった。
「でも、もうあんまり保ちそうにないみたいだし……最後にもっともっと、溶けちゃうくらい気持ちよくしてあげますね。……あ、お……む」
 暗く、こんこんと湧く唾液を湛えた洞窟が、ふたたびペニスを咥え込んだ。欲望のままに大口を開け、歪む美貌。濡れた瞳は細められる。
「んぼ、じゅぼっ。ぐじゅ……んれぁ、んべぇぁ……」
 依然として、肉棒に奉仕するのが最大の歓びであるかのように――いや、この期に及んでは本当にそうなのかもしれない――舌で唇で、丁寧にしかし激しく責めしごく。
「ぐっ……」
 魔窟で舌は縦横無尽にうねり、男性の最も敏感な粘膜を全方位から蹂躙する。限界が近いぶん、亀頭だけでなく肉竿全体がさっきよりひとまわりもふたまわりも大きく、そして硬くなっているはずだ。
 もはや彼女の口腔がペニスを無事なまま解放することはない。終わりの時を先延ばそうと足掻いたところで、長続きもしないだろう。
 私を見据える瞳にそう悟った。さっきまでに比べ、より鈍くきらめいている。
 ちょうど安物のブレスレットのように。
「んぶっ……ちゅっ、ぷは。まだですよ? まだまだ……気持ちよくなっちゃいますからね?」
 唾液と先走り汁にまみれた唇をゆがめてそう告げると、私を見上げたまま両腕を伸ばす。
 彼女が何をしようとしているのか分からないままその手を目で追い、私の胸のあたりで細く上品な指が動いた瞬間、またも甘い電流が身体を貫いた。
「! ん、うぐ……っ」
 白い指先が、私の乳首をねぶりはじめたのだった。
 当然ながら、左手は自在に絡みつくような愛撫をしてゆく一方、さすがに義手ではそれはかなわない。
 だが直線的でぎこちなくも樹脂の指先で健気に奉仕するその姿は、つたなさを補って余りある充足感で私を満たす。
「あは。よかった……。乳首もビンビンに感じちゃう人で」
 前戯の段階でされるのとはわけが違った。元より芯を存分に硬くしている胸部の快楽器官は、感度もこれ以上ないほどに高まっている。それを両手で――それも不規則なリズムで――撫でこすられるのだ。
 親指や人差し指の腹で真上から優しく押さえ、そのまま円を描くようにしこりたった乳頭を転がす。すると乳首の先端は勿論のこと、ひしゃげて指にやんわりと潰される側面外周の部分から、こね回している限り絶えることなく甘美な切なさが波紋のように広がりゆく。
 そうかと思えば、ときおり乳首自体からは距離のある乳輪の外側付近に人差し指の第二関節を寝かせ、そこから指先までを車のワイパーのように激しく往復させて上半身の勃起をいたぶった。
 こうも徹底的に責められると、義手に弄られている方の乳首でさえ同様の快感を得られるのが不思議だった。
「……あぐっ。すごい……」緩急の効いた責めは、声をこらえるのも不可能なほどである。
「じゅ、じゅぼ……んっ、……れろ。でもチクビも気持ちいいと快感が倍増して、ガマンするの大変になっちゃうんじゃないですか……? んじゅ、んろあ……れろ。じゅぶ……」
 倍増ならまだ良かった。乳首責めの間も遠慮のないフェラチオ奉仕が続くのだ。すでに彼女の濡れ光る唇の奥では、口内粘膜に包まれたペニスが軽い痙攣を止められなくなっている。鈴口からは絶えず先走り汁も漏れ出ていることだろう。
 口腔に棲む硬軟自在の魔物はその微細な凹凸すべてを刻みつけるように、震える肉棒の胴体や切っ先を舌粘膜で執拗に擦り上げる。
「やばい……もう……っ」
 もはや彼女の舌と肉棒、口内粘膜と亀頭粘膜のセックスと言っていい。乳房で全方位からこね回される悪魔的な快感とはまた違った、濃密で、灼けるような熱さを伴ったストローク。淫技に乱れた髪と美顔がいっそう激しく揺れる。
「! まだ、こんなに大きく……しかも、もっと硬くなってる……」
 驚きと喜色が声に交じる。それに伴い責めも苛烈さを増す。
 乳首を撫でこする義手の指先。つい、背後にある異様の冷たさを意識しそうになる。
 だが少なくともこの無機質の手指は、間違いなくUさんの淫熱を宿していた。たしかな意思で、私を最高の終わりへと導こうとしている。
 それで、十分ではないか。背後に何があろうと関係ない。ただ、今は彼女の想いに応えればよい。応えたい。
 これほど激しく求めてくれるUさんに報いたい。その為に何をするべきか? この快楽を余さず味わい、堪能することだ。
「ぐじゅっ……ちゅぽ。んはあ、……亀頭パンパンのオチンチン、裏スジ舐められるの好きなんですよね。ビクビク跳ねてよろこんじゃってますよ? んむっ、じゅぐ、ぶじゅう……」
 カリ周りが集中的に苛められていた。その中でも一番の弱点である部分にさえ、遠慮のない舌がずろずろと這い回る。
「っあう……」
 あまりに敏感な箇所である為つい後ろに、あるいはさらなる快感を求めて前にと、勝手に腰が震えるのを止められない。
「……っ。さすがに、もう……」
「ちゅぶ……ぷはっ、とうとう出ちゃうんですか? いっぱい我慢したオス汁ザーメンっ。……そうですよね、たくさんたくさん我慢してドロッドロになっちゃってる汚いの、私にいっぱい下さいねっ?」
 自らへ向けられた劣情の証をこれほど望む彼女に、私のでき得るかぎり、最大限に応えなければ。すでにある種の愛おしさすら覚えていた。
「お顔もとろけちゃって……気持ちよさそう。……あむっ……ぶじゅろろっ……んぶ、じゅぱっ。れろ」
 いままさに目の前で熱烈な愛撫を続けるUさんは、きっと元々はこうも乱れる人ではなかった。自分でも話していたように。
 それもおそらくは、彼女の体験した怪異のせいなのである。
 そもそも、ドアポストを覗いた時の凍りつくような恐怖……あの感覚は、あるはずのないものに対する純粋な恐れだったろうか?
 むしろ限りない快楽と愛欲を希求し溺れる彼女と同じ、その境地に手が届くかもしれない。私も――
 ――私も、そちら側へ行きたい。
 そのおぞましくも倒錯的な悦びへの期待と高揚が、私を震えさせていたのではないか。
 ひとたび自らの内に潜む危うい渇望に気づくと、怖気と快楽は交互に快感中枢を揺さぶり、性感はより深いものとなって体の中を反響していった。
 私が堪えがたい快感に震えるたび、彼女が唇と舌で肉棒を舐めしごくたび、背後のドアは振動する。時々それにあわせ下方で何かが動いて鳴った。だがどうだっていい。
「どれだけらひても、ぶじゅっ……満足するまでお掃除してあげますからねっ?」
 単純に性感帯を刺激して至るオーガズムとは比べ物にならない、幸福感すら伴う深い悦楽。それを彼女は与えてくれるという不思議な確信があった。
「っもう……、出そうだ……っ」
「んっ……いいですよ? いっぱい気持ちよかったぶん、どろっどろに溜まっちゃったオチンチンミルク、んん、れんぶ……くださいねっ?」
 ペニスの根本から先端まで深い往復を繰り返す口唇奉仕も、胸部の両勃起を甘く擦りまわす手もさらに激しさを増し、三ヶ所から流し込まれる多量の快感はもはや体のどこにも行き場をなくしていた。
 不可逆的なエネルギーの膨張が、下腹部を痺れさせる。
「んはっ……んむう……ちゅぽ、ぶじゅ……。らひてっ。来て……っ!?」
 そちら側に行けば、もう戻れないかもしれない。
 いざなわれる悦び。
 私を見つめる瞳。
 淫欲と恐怖の狭間で、灰色のくすんだ輝きがいやに美しいと感じた。
「うあ……っ、いっ、くう……っ!」
 びゅっ、びゅくうっ!。どぷ、びゅくっ……びゅ、どぶびゅうううっ! ぶばっびゅくう! ぶぴ、びゅっ、ぶびゅるるるううううーーーーー!
 視界が、感覚が、白く弾けた。
 からだ中の体液が噴出しているかのような衝撃。それが、一定のリズムで身体を跳ねさせる。
「っ……あう……あ……」
 頂点に達し、解放された桃色の波動は荒々しいうねりとなって体内を駆けめぐる。その激流に今にも呑まれそうな意識の端を握り締めながら、自分の身体が、喜悦に満ちた精液を吹き出すためだけに機能している瞬間をおぼろげに感じた。
「っ! んんん……!」
 ついに訪れた待望のひと時にUさんは、かすかに潤んだ瞳を瞬かせながら射精の衝撃に負けじと肉棒をよりいっそう強く咥え込む。
 さすがの彼女にもストロークを続ける余裕は無かった。だが口内に撃ち込まれる精液に面食らったようにも、必死にその感触を楽しんでいるようにも見えるその顔には恍惚の色彩が滲む。
 ペニスが絶頂液を吹き出すたび、プログラムされた機械のようにガクガクと震え続ける腰を制御できない。ぎりぎりまで抵抗しただけに最初の数瞬は仕方なく漏れ出るという様子だった精液も、ひとたび噴出が始まってしまえば関係ない。またたく間に肉棒はしゃくり上げながら激しく口内を跳ねまわり、腰の突き込みも深さを増していくのである。
 まさに今も彼女の口腔の奥、もっとも狭隘な部分を犯してしまっているに違いないのだった。放出の快感に抗えないままに幾度も、爆ぜるような勢いで突き出す亀頭に感覚が伝わる。
 だが、今はそれも止めように止められない。
「おぐっ……あお……んんんんっ。えぐっ……ああん。ぐぉえっ」
 射精を伴った容赦ない咽喉への突き込みに、苦悶の表情でついその身を引きかける。それでも彼女の口唇はまるでペニスとくっついているかのようにカリ首に引っかかっており、意地でも離すまいと食らいつくような格好だ。
「ぐふっ……えぐっ、んぼ……」
 いまだ上気した顔に、えづきながらも愉悦の表情が浮かぶ。それは凄絶な艶やかさだった。
「うう、くっ……。はあっ……はあ……」
 彼女の口の中を散々に暴れ汚したペニスも、次第に脈動を弱めていく。時間にすれば一分にも満たないはずだが、自分ではどれほどのあいだ射精を続けていたのか判然としなかった。それほどの、感覚を浮遊させるような絶頂なのだった。
 精液の噴出が落ちつくとすぐさま、Uさんは時折じゅぼぼと音を立てながら頬をへこませ始めた。
「……ぬ、ぐっ」
 硬さを失いつつあるものの未だ敏感な肉幹が、遠慮のかけらも感じられない勢いで吸われる。尿道のわずかな残滓すら逃がすつもりはないようだ。
 真空状態の独特な快感が伝わるたびそれは反射的にピクピクと力み、震える。その甲斐もあり、これ以上はないという所まで絞り出された精液が彼女の口の中を満たしていった。
「あ、んふ、はあ……」
 わざとらしく大口を開け、恍惚の表情で私を見やる。そうして見せることすら快楽行為の一つであるかのようだ。激しくも甘い快感を生み出した口腔はいまや白濁の水中洞窟と化し、あれほど凶暴にペニスを弄んだ怪物は精液の湖を上機嫌で泳いでいた。
 そこに指を浸しては糸引く様子を見つめる瞳は細められ、彼女が抱えていた渇きの充足を物語って見える。
「ふごい……たくさん……おひんひんみるふ……」
 か細い首の中程がなまめかしくうねる。静寂と余韻に満ちた部屋に音がただ一つ、ごきゅ、と響いた。
 自分でも驚くような量の射精だったはずだ。それを全て口内に受け止めたばかりか、ひと息に飲み込んでしまう様子には目を見張るばかりだった。
「……っ。くはあ。ん、ふう……。いっぱい出してほしいとは言いましたけど……あんなにビュルビュルされちゃうなんて、私もびっくり……。ふふ。よっぽど気持ちよかったんですね、私のおっぱいと、お口……」
 そう言いながらも、依然として手や口の周りを隅々まで観察しては、わずかに付着した精液すら残らず舐め取っている。
 満足したのか飽き足らないのか定かでない彼女を眺めながら、私は久しぶりに味わう強烈な脱力感のただ中から抜け出せずにいた。
 夢心地も未だ冷めやらず、気づけば日もほとんど落ちて暗くなった部屋に視線を彷徨わせ、呆けたように体力が戻るのを待つ。
「……」
 しかし……いや、やはりというべきか。私の視線は磁石ようにそこでぴたりと止まり、それ以上あてどもなく流れる事はなかった。
 鈍色の光を湛えた、彼女の瞳。
 安っぽいブレスレットのように品のない、不明瞭な煌めき。
 そうか。
 同じなのだ。
 相反するものではなかった。はじめから。
「……あれ?」
 濁った輝きを放つ眼差しと、鈍く光るブレスレットのあいだで。
 私はその同質の煌めきに、すっかり包囲されていたのだろう。
「どうして、オチンチンまたこんなになっちゃってるんですか?」
 すぐに拒絶すればあるいは助かったのかもしれない。だが、逃げ出さなかった。逃げ出そうとしなかった。美貌の中でそこにだけ宿った、男の獣欲を掻き立てる汚らわしさから。
 彼女に捕らわれる、悦び。
「……まだまだ、いっぱい気持ちよくなれそうですね」
 初々しい少女のようにはにかんだ笑みの奥から、捕食者の視線が絡みついてくる。脱力感に代わって、もう逃げられないという確信が身体を満たす。
 いま感じているものが歓喜なのか、絶望なのかは分からなかった。
 今はただ、彼女にすべてゆだねればいい。
「さあ。向こうで、続きをしましょう?」
 足元のスキニーパンツを抜き取り、落ち着き払った笑みで立ち上がる。濡れ光ったむき出しの巨乳房が震え、粘液がひとすじ滴り落ちた。
 私の手を取り、奥のリビングへと歩き出す。
「……ああ、行こう」
 彼女の右手に引かれている気がした。
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