吸血鬼のしもべ

時生

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最終話 真血の主従(4) 完結

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 唇を噛みしめ、ふーっと息を吐き、顔を上げる。すると、扉をくぐろうとしていた双子が急に身を翻して駆けてきた。

魁英かいえい!!」

 泣きそうな声を上げて、二人とも腕を広げて駆け寄ってくる。反射的に腰を屈めると、正面から二人を抱きしめた。

「寂しいよう」
「ぎゅーってして魁英!」

 温かい小さな体をぎゅうっと抱きしめる。言われた通りにしたというのに、子どもたちはもじもじと身じろぎをし始めた。

「違うよ!」
「馬鹿、俺たちじゃねえよ!」
「は?」

 少し腕を緩めて、二人の顔を見る。ぽろぽろ涙を零しながら子どもたちは口々に文句を言い始めた。

「魁英の鈍感!」
「教えてやったのに忘れたのかよ!」
「……やっぱ違うのかな?子躍しやく
「えぇ……そうでなきゃ俺様がこんな奴にぎゅうして欲しいなんて思うわけないだろ」

 最後はぶつぶつと二人で言い争いを始める。だが、魁英にぴったりとくっついているのは変わらない。
 このやり取り、前にもしたはず。

 ――僕たちがくっつきたいのは、月鳴げつめい様が魁英にくっつきたいからだよ。

 魁英の目が見開かれる。まさか。まさか。でも……。

 脳裏を一瞬鮮やかに走った予想に、魁英の体は震えた。顔を上げると、月鳴がまだそこにいた。表情を見せずに立ち尽くす姿に胸が痺れる。扉の前で背を向けたまま動かない月鳴に駆け寄り、腕を引いて振り向かせた。

「来るなよ、馬鹿……」

 覗き込んだ黒い目が濡れていて、魁英は堪らず月鳴を腕の中に閉じ込めた。少しだけ背の低い月鳴は震えながらしばらく棒立ちになっていたが、甘い香りを追うように耳の辺りに鼻を寄せた魁英の吐息に、ひゅっと息を吸うと、魁英の背に腕を回す。

 どくどくどく。逞しい拍動に胸が高鳴る。牙が疼く。

 ――俺だけのものにしたい。

 腹の底から突きあがる衝動に、朱昂も、葵穣も忘れて浅く日焼けした首筋に牙を当て、そのまま牙を挿入した。

 真血しんけつの主と正式に契りを交わした魁英の牙は、獣のようなものから細く鋭いものに変化していた。牙にまつわる独特の体液が月鳴を襲う。

「ん……っ」

 遥か昔に喪失した牙が疼いた。魁英の肩ごしに朱昂しゅこうの細められた紅い目が睨んでくる。「魁英の肩を噛んでみろ、ただではおかぬ」と嫉妬にまみれた視線までも快感に変わるが、最後に残った理性をかき集めて、手で口を覆う。

 魁英の牙が抜かれた。吸血鬼同士が血を吸ってはならないという禁忌はしもべ同士でも変わらず、葵穣きじょうのしもべとして体が完成した魁英は月鳴の血を受け付けられなくなっていた。

 吐き出そうとする体に必死に抵抗する。ぶし、と唇の間から赤い血が流れ出す。
 何とか飲み下そうと苦しんでいると、唇を吸われた。割り開かれ、血が漏れだし、侵入してきた舌に伝わっていく。目を開くと、紅い目があった。
 驚いて身を引くと、襟首を引かれ一発平手打ちをくらう。

「この無礼者」

 低い声に叱られ、襟を掴む手が離れた。どたりと尻餅をつく。腰が抜けて立ち上がれない。

「言葉が話せないのか、お前は。言いたいことがあれば口で言え」

 魁英を見下ろす朱昂の隣で、月鳴が襟を正しながら浅い息を吐いている。同じように息を切らしている魁英も言葉が出ない。

 朱昂は後ろ手でしもべの手を探ると、自らの腹の前で手を組ませる。月鳴も咳払いをしながら後ろから朱昂を抱きしめる。まるで、というより明らかに見せつける二人の様子に魁英は項垂れて、しかしすぐに顔を上げた。
 薄墨色の瞳に力が入ったのを見て、朱昂が片眉を上げる。

「俺もお屋敷に連れて帰ってください」

 ぐっと朱昂の眉が寄った。睨み合いになる。恐怖を押し殺して朱昂と目を合わせる魁英の愛らしさに堪えきれなくなった月鳴が、主を抱いたままくすくすと笑いはじめると、魁英と睨み合ったまま朱昂の肘がしもべの腹をえぐった。月鳴が咳き込む。

「役立たずのお前を屋敷に連れ帰るだと?」
「やっ!そ。掃除はできるようになりました。薪割りも、できます。お茶の淹れ方もちょっとだけ……」

 ふうん、と朱昂が気のない返事をする。怖い目と睨み合いをする魁英の額に汗が浮く。怖すぎるのだが、後に引けない。

「朱昂様のお好きなお茶、一番に覚えます。他も、言われたことはちゃんとやります」
「葵穣はどうするのだ。お前が覚えるべきは俺ではなく、葵穣に関することだろう」

 ぐっと声が出なくなる。その通りだ。やはり駄目なのだろうか。怯んだ魁英に朱昂がにやりと笑う。しかし、ひたひたと裸足で近づいてきた葵穣が魁英の脇に腕を差し込むと、引き上げた。主に抱き起され、口元を拭われる。朱昂に続いて葵穣に目を覗き込まれた。

英龍えいりゅう」真剣な目だ。ごくりと喉が鳴る。
「はい、葵穣様」

 葵穣が微笑む。

「英龍、良い返事ですね。その返事の仕方を教えたのはどなたですか?」
「朱昂様、です」

 なるほど。葵穣は父親に向き直ると、完璧な笑みを見せた。

「父上、賭けは私の勝ちです」
「葵穣!!」
「父上が言い出したのではないですか。英龍が別宅に帰りたがることなど有り得ない。賭けてもいいと。私は言ったはずです。有り得るかもしれませんよ、とね。何を賭けるかを決めていませんでしたが、父上のお屋敷の一部屋、私に頂けますか?」
「お前はそれでいいのか。石に閉じこもってまでこれに会うことに固執したくせに。お前が消えたと聞いて俺がどれだけ心配したと思う」
「父上、その件は謝ります。しかし、これは私のしもべです。私は父上とは違う。真血で繋がっているのです、寝食を共にする必要などどこにもない」

 元気でいてくれるだけで十分です。葵穣の愛情のこもった視線に、魁英は目を細めた。くすぐったい。

「大体、私の名前を出す他に反撃の方法が無くなった時点で父上の負けですよ。それに、返事の仕方を教えるなんて、短い間に随分と可愛がっていらっしゃったんですね」

 ありがとうございます。美貌が花開く。

 血を分けた息子のあまりの美しさに茫然とした朱昂は、気を取り直すようにまだ抱きついたままの月鳴の顎を掴んだ。しばらく見つめ合う。やがて、パン、と腹の前で繋がれた手を叩くと、月鳴が主から離れた。

「まあ、龍女からも龍族が落ち着くまで吸血族で預かれと言われていたしな」

 しょうがない。呟いた朱昂が魁英を見た。

「早く用意しなさい」
「ありがとうございます、朱昂様!」

 初めて向けられた魁英の笑みに、朱昂は目を丸くすると、くすぐったげに笑い出した。ゆったりと裾を翻して歩きはじめる。

 ご機嫌な主に月鳴も嬉しそうに目を細め、魁英を見た。しばし別れの抱擁を葵穣と交わした魁英が月鳴を見つめ返す。

「帰るぞ」

 再び帰る家ができたことに、魁英の胸がいっぱいになる。そこには月鳴がいる。無二の主とは別に、一等大事なこの人が。

「――はい!」


 *****

 双子に手を引かれて外に出た時、ひんやりとした風が魁英の頬を撫でた。東の方角を見る。

 鈍いはずの鼻に、水の香りがした。手のひらを見ると、指先が淡く光っている。翠色の光はやがて紅の光と混じり金に輝く。何気なく指先に息を吹きかけると、翠に光る吐息が金の光を散らした。光の粒が東の方角へと飛んでいく。風に負けず進んでいく様子は、まるで金の龍のようだった。

 月鳴に呼ばれるまで、魁英は毒蠱どくこに屠られた者全てに、想いを馳せていた。



【吸血鬼のしもべ第一部 完】

物語は「王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第二部」へと続く


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最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ページ下にマシュマロのURLも貼っておりますので、「良かった」や「○○(キャラ名)好きです」など一言頂ければ、励みになります!
第二部は朱昂と月鳴の物語です。少年期から魁英と出会う寸前までの約二百年を語って参ります。
再びお目にかかる日を楽しみにしております!

時生(とき)
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