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第十八話 龍背にて(2)
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「真血公、本当にあの子が英龍なのですね?」
「毒蠱は父子で受け継ぐ。正確には父親を食うことができた息子だけが毒蠱を受け継ぐのだ。三対六脚のあれを見よや。伝承通りだ、毒蠱に間違いない。あれが、英龍が、そなたらの甥よ。
ウリャルと龍玉の息子だ」
朱昂が告げた途端、うわああああと声を放ちながら龍女は龍の首に突っ伏して慟哭した
理解がついていかない。魁英の六本の脚は沈黙していた。
子ども?魁英が、龍玉の……だってあの子は親を人間だと言っていたのに――。
しもべの沈黙に朱昂が口を開いた。
「逆は無理でも、魔族が人間に成りすます話は案外ある。……龍玉と毒蠱が行方不明になってから数年後、彼女のもとに一通の手紙が届いた。差出人は不明。だが確かに龍玉の手蹟で書かれてあったそうだ。『一子が生まれた。英龍と名づく。』妹君からのそれが、最初で最後の手紙だったそうだ」
多くの犠牲を出しながら死地から逃げおおせた二人が残した子どもが、再び龍を殺す。堪らんな、と月鳴は瞑目する。その時、目の裏が明るくなった。日の出にはまだ時間があるのに、この光は何だ、と眩しさに細く目を開けると、地上から空いっぱいにまで翠の光が輝いている。月鳴は、毒蠱の脚を拘束した光の糸を思い出した。
「これは――」
「馬鹿な」
動揺した声に、月鳴は驚いて傍らの主を見る。紅い目いっぱいに翠の光が映り、不思議な色を成していた。大きな目を見開いて、光の中心、魁英を見つめる。気づけば脚が消失し、地表へと緩やかに落下しながら魁英は光を強くする。
「これは、龍玉光であろう!どういうことだ、龍女!!」
声を荒げる朱昂に、顔を上げた龍女も涙を忘れて眼下を見つめる。
「嘘だ」と血の気の失せた唇が呟いた。「そんな、龍玉が何故ここに……」
「龍玉は遺伝しないはずでは」
「致しません。龍玉は真血と異なり一代限りという定め。母から子に遺伝するなど、聞いたことが……でも、確かだわ。龍玉です。龍玉が戻ってきた……」
恍惚とした表情で翠の光を見つめていた龍女が、魁英に近寄る人影を見て急激に顔を曇らせた。龍王だ。「まさか」険のこもった声音に、銀の龍が小さく胴震いする。
「兄上、まさかあの子が龍玉だと知っていて」
歯を食いしばったままの龍女からカタカタと音がする。心配になって近寄ろうとするが、朱昂に肩を掴まれた。主が黙って首を横に振る。
「何ということを!」龍女が眦を吊り上げて叫び、銀龍に降下を指示する。
「あなたはわざと毒蠱を解放させて、龍を殺させたのですか!ただ強力な龍玉が欲しいというそれだけで!!わざと、龍玉に龍を殺させた、わざとっ、何という罪深いことを……!!」
声は涙に引き絞られて高くなっていく。朱昂が龍女に飛びついて、急激な降下を押し留めた。内蔵が浮き上がる感覚に耐えていた月鳴の目に、地上の魁英の様子がまざまざと映し出される。
様々な躯の上で、抱きあう二つの龍。龍王の腕が魁英の腰に回っている。しばらくもがいていた魁英の耳に龍王が唇を寄せると、やがて魁英が目を伏せて全身の力を抜く。まるで甘えてもたれかかっているように。くん、と愛らしく鼻を鳴らす音が、聞こえた気がした。目の前の光景に月鳴の全身の血が燃え上がる。
「魁英!!」
突き上げる怒りのままに吼えるとびくりと体を震わせた魁英がこちらに目を向ける。目が合った瞬間、一挙に魁英の顔が紅潮し、眉を下げ、唇を歪ませた。涼しい目元、高い鼻、と普通ならば精悍なように見える顔が一気に情けない泣き顔に変わる。
きゅっと顔が歪んでぽろぽろ涙がこぼれる。泣き顔から目が離せない月鳴の目の前で、魁英は龍王の背に腕を回した。深く、深く。まるで絞め殺すかのように。
「なるほどな」
朱昂が龍の背に立ち上がり、魁英がきつく龍王を抱きしめるのを見て感情の抜けた呟きを漏らした。
冷えた声音に、月鳴の背をぞっとしたものが走る。
「伯陽、知っているか、龍玉は本性として龍を傷つけられないんだ。もちろん龍族も。どんなにどんなに恨んでいても、できぬ」
難儀な生き物だよな。くつくつと朱昂は笑っていた。でも目の奥は笑っていない。
冷え切った紅い目で龍王を見下ろしながら、朱昂は月鳴の口の中に指を入れた、人差し指が前歯を撫でる。吸血鬼でありながら、牙をもたないしもべの歯を撫でる主に、月鳴は朱昂の恨みの深さを知る。百年以上前、月鳴の牙を奪った龍王を、「伯陽」を奪い「月鳴」に堕とした龍王を、朱昂は片時も許したことがなかったのだ、と。
「さて、宿願叶ったり、か」
言いながら朱昂は龍の背から身を躍らせた。魁英が拘束する龍王の上目がけて、銀の鱗を蹴った。
「毒蠱は父子で受け継ぐ。正確には父親を食うことができた息子だけが毒蠱を受け継ぐのだ。三対六脚のあれを見よや。伝承通りだ、毒蠱に間違いない。あれが、英龍が、そなたらの甥よ。
ウリャルと龍玉の息子だ」
朱昂が告げた途端、うわああああと声を放ちながら龍女は龍の首に突っ伏して慟哭した
理解がついていかない。魁英の六本の脚は沈黙していた。
子ども?魁英が、龍玉の……だってあの子は親を人間だと言っていたのに――。
しもべの沈黙に朱昂が口を開いた。
「逆は無理でも、魔族が人間に成りすます話は案外ある。……龍玉と毒蠱が行方不明になってから数年後、彼女のもとに一通の手紙が届いた。差出人は不明。だが確かに龍玉の手蹟で書かれてあったそうだ。『一子が生まれた。英龍と名づく。』妹君からのそれが、最初で最後の手紙だったそうだ」
多くの犠牲を出しながら死地から逃げおおせた二人が残した子どもが、再び龍を殺す。堪らんな、と月鳴は瞑目する。その時、目の裏が明るくなった。日の出にはまだ時間があるのに、この光は何だ、と眩しさに細く目を開けると、地上から空いっぱいにまで翠の光が輝いている。月鳴は、毒蠱の脚を拘束した光の糸を思い出した。
「これは――」
「馬鹿な」
動揺した声に、月鳴は驚いて傍らの主を見る。紅い目いっぱいに翠の光が映り、不思議な色を成していた。大きな目を見開いて、光の中心、魁英を見つめる。気づけば脚が消失し、地表へと緩やかに落下しながら魁英は光を強くする。
「これは、龍玉光であろう!どういうことだ、龍女!!」
声を荒げる朱昂に、顔を上げた龍女も涙を忘れて眼下を見つめる。
「嘘だ」と血の気の失せた唇が呟いた。「そんな、龍玉が何故ここに……」
「龍玉は遺伝しないはずでは」
「致しません。龍玉は真血と異なり一代限りという定め。母から子に遺伝するなど、聞いたことが……でも、確かだわ。龍玉です。龍玉が戻ってきた……」
恍惚とした表情で翠の光を見つめていた龍女が、魁英に近寄る人影を見て急激に顔を曇らせた。龍王だ。「まさか」険のこもった声音に、銀の龍が小さく胴震いする。
「兄上、まさかあの子が龍玉だと知っていて」
歯を食いしばったままの龍女からカタカタと音がする。心配になって近寄ろうとするが、朱昂に肩を掴まれた。主が黙って首を横に振る。
「何ということを!」龍女が眦を吊り上げて叫び、銀龍に降下を指示する。
「あなたはわざと毒蠱を解放させて、龍を殺させたのですか!ただ強力な龍玉が欲しいというそれだけで!!わざと、龍玉に龍を殺させた、わざとっ、何という罪深いことを……!!」
声は涙に引き絞られて高くなっていく。朱昂が龍女に飛びついて、急激な降下を押し留めた。内蔵が浮き上がる感覚に耐えていた月鳴の目に、地上の魁英の様子がまざまざと映し出される。
様々な躯の上で、抱きあう二つの龍。龍王の腕が魁英の腰に回っている。しばらくもがいていた魁英の耳に龍王が唇を寄せると、やがて魁英が目を伏せて全身の力を抜く。まるで甘えてもたれかかっているように。くん、と愛らしく鼻を鳴らす音が、聞こえた気がした。目の前の光景に月鳴の全身の血が燃え上がる。
「魁英!!」
突き上げる怒りのままに吼えるとびくりと体を震わせた魁英がこちらに目を向ける。目が合った瞬間、一挙に魁英の顔が紅潮し、眉を下げ、唇を歪ませた。涼しい目元、高い鼻、と普通ならば精悍なように見える顔が一気に情けない泣き顔に変わる。
きゅっと顔が歪んでぽろぽろ涙がこぼれる。泣き顔から目が離せない月鳴の目の前で、魁英は龍王の背に腕を回した。深く、深く。まるで絞め殺すかのように。
「なるほどな」
朱昂が龍の背に立ち上がり、魁英がきつく龍王を抱きしめるのを見て感情の抜けた呟きを漏らした。
冷えた声音に、月鳴の背をぞっとしたものが走る。
「伯陽、知っているか、龍玉は本性として龍を傷つけられないんだ。もちろん龍族も。どんなにどんなに恨んでいても、できぬ」
難儀な生き物だよな。くつくつと朱昂は笑っていた。でも目の奥は笑っていない。
冷え切った紅い目で龍王を見下ろしながら、朱昂は月鳴の口の中に指を入れた、人差し指が前歯を撫でる。吸血鬼でありながら、牙をもたないしもべの歯を撫でる主に、月鳴は朱昂の恨みの深さを知る。百年以上前、月鳴の牙を奪った龍王を、「伯陽」を奪い「月鳴」に堕とした龍王を、朱昂は片時も許したことがなかったのだ、と。
「さて、宿願叶ったり、か」
言いながら朱昂は龍の背から身を躍らせた。魁英が拘束する龍王の上目がけて、銀の鱗を蹴った。
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