あなたのすてきなアレの色

時生

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少年期編

少年期編(1)

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 白亜の大豪邸という表現がふさわしいトゥルマール公スーターナ家の邸宅。その中にいくつかあるバスルームで、トーマス・リッターは髭を剃っていた。薄い髭しか生えぬ体質だが、仕える少年のために、トーマスは毎日髭をあたるようにしている。薄い一重の、無愛想な印象を与えることの多い切れ長の眼で、剃り残しがないかを確かめたトーマスは着替えを始めた。トランクスを開きながら、「今日は紺か」などと確認してしまう自分に頭を悩ましつつ、トーマスはシャツのボタンをしめる。
 バスルームとベッドルームを繋ぐ扉を開くと、椅子の上に、ちょこんと座る人影があった。

「おはよう、トーマス」
「……おはよう、フラロア」

 細い足がぷらぷらと揺れる。
 大陸有数の高山地帯を領地に持つトゥルマール公の嗣子・フラロア・スーターナが、太い尾を揺らめかせて、教育係に挨拶をした。

 スーターナ家はユキヒョウの一族である。日を浴びて銀色に輝く白髪、側頭部よりやや上にある耳は丸く、尾と同じように白地に黒の斑が入っている。獣人の中でもユキヒョウは人口が少なく、かつ非常に美しい容姿を持っていることで知られている。だが、今年十歳になるフラロアの美しさは、群を抜いていた。

 淡い光に霞んだような白い肌、薔薇色の唇に、小さい鼻。大きく勝ち気そうな形の目に嵌まっているのは、アイスブルーにすみれ色の雫を一滴たらしたかのような、澄んだヴァイオレットの瞳だった。七三に美しく整えられた髪も、シャツの上からサスペンダーで黒いハーフパンツを吊り、白のソックスを履くというクラシカルな出で立ちも、フラロアであれば全く鼻につかない。

 三月の高山地帯は日がまだ短い。昇ったばかりの瑞々しい朝の光を浴びながら微笑むフラロアはまさしく天使であった。

 フラロアは四年前に事故死した大親友の遺児であり、五ヶ月前から毎日顔を合わせている仲だ。それでありながら、トーマスは朝の挨拶の度にフラロアの美に心奪われ、同時にたじろいでしまう自分を発見する。

「ねえ、トーマス」

 フラロアは、甘く悪戯めいた声の持ち主だ。わずかに開いてしまっていた口を、トーマスは慌てて閉じる。トーマスは毎朝感動していた。たとえ、その感動が一分と保たないことを知っていても。

「今日のパンツの色は何色?」

 ほら来た。
 目を細め、首を傾げるフラロアにほんのわずか我を忘れていたトーマスは、周りから「表情が分からない」といわれる顔に戻った。軽く咳払いをする。

「紺です」

 なんで俺正直に答えているんだろう。そう思わなくもないが、ここで言いよどむや否や、『生娘をからかう中年男性』のような目付きでフラロアに観察されるのである。世にも稀なる美少年を生まれた頃から知っている自分には、精神的ダメージが大きすぎる。

 ――もうそろそろ、これを聞くの、飽きてくんないかな。

 トーマスがこっそりため息をついていると、フラロアが「ふうん」と、やや素っ気ない反応をした。飽きてくれたか! 期待を込めて顔をあげたトーマスは、唖然とした。

「ふうん……♡」

 フラロアはにやにやしていた。四十の坂が近い男のパンツの色を聞いて、十歳の少年が小鼻を膨らませている。よしてくれ。せめて逆だろと、トーマスは言いたくなる。もちろん、亡き親友の忘れ形見を、汚らわしい目で見たりしない。ただ、悲しいかなトーマスは、住むところは違えども、愛情を傾けてきた少年に汚らわしい目で見られていた。理由が分からないので、余計に心が痛む。

「フラロア」

 朝食にしようと、トーマスは少し右足をひきずるような歩き方で少年に近寄った。トーマスはもともと登山家であったが、トゥルマール公領に位置する連峰に五度目のチャレンジをした結果、滑落し、右足に後遺症が残ってしまったのだ。

「トーマス、僕は何をはいていると思う?」
「まだパンツの話をするのか?」
「当たったら僕のゆで卵をあげる」
「いらない」
「早く答えてぇ」

 早くしてよぉ、と甘ったれた声で催促されたトーマスは記憶を探る。フラロアは寝る前に明日の衣服を用意するのだ。何だかひどい下ネタ話を聞かされながら、それを見た気がする。ソックスの下に置かれていたのは――。

「あー、ピンクのキリンさん柄のパンツかな?」
「えーと……あ、当たりだ! どうして分かったの!?」

 自分で聞いておきながら、フラロアは己のパンツの色を把握してなかったらしい。ハーフパンツをめくって確認してから、大きな声で叫ぶ。激しく尾が上下に振られている。心なしか膨張していた。

 いや、昨日見たしと答えようとしたトーマスは、顔を赤くしたフラロアに上目で睨まれた。怒らせてしまった、正直に答えたのはまずかったな、と内心焦るトーマスの前で、フラロアはふっと目を伏せた。頬の薔薇色がいよいよ濃くなる。ヴァイオレットの瞳が、ちらっとトーマスを見た。桃色の唇がうっすら開く。

「トーマスの、えっち」
「えっ……ち……」

 ここに百人の大人がいたとしたら、五十人は間違いなく妙な性癖を植え付けられるだろう表情と言葉で罵られたトーマスは、衝撃で返す言葉もない。

 ――こんなこと言う子じゃなかったのに! 君に何があったんだフラァ!!

 凍りつく空気の中でフラロアはにやっと笑った。

「トーマス、降参?」
「大人をからかうんじゃない!!」

 叫ぶトーマスにギャハハハと笑いながら、フラロアはトーマスの部屋を飛びだし、ダイニングに向かったのだった。
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