執筆徒然日記

常森 楽

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幸福の時間

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君と一緒に行きたかった場所に、他の人と行ったよ。
ご飯を食べる時、おやつを食べる時、誰かが何かを食べているのを見た時、君が思い浮かんだ。

きっと、君が隣にいたら「半分こにしよ!」って言うんだろうな。
きっと君が隣にいたら「これがいい!」って言って、また半分こにするんだろうな。
きっと君が隣にいたら「すごい!…でもいらない」って言うんだろうな。
そして、ご飯もおやつも半分こずつにしたから、2人ともほどよくお腹がすいていて、最後にちゃんとしたところでそれぞれにご飯を注文するんだろうな。
きっと君はご飯をこぼすから、私は慌ててティッシュやらゴミ袋やらを取り出すんだろう。

「月が綺麗だよ」って、私が気づく前に君が気づくんだ。
私が「あれをしよう」って言ったら、君は「え~」って言いながらも、一緒にやるんだ。
楽しそうに、やってくれるんだ。
君が「寒い」って言ったら、私のコートのポケットの中に手を突っ込んで、温めてあげるんだ。
「今度はこっち」って、しばらくしたら君が反対の手を差し伸べてくるんだ。
それでも「寒い」と言ったら、私のマフラーを貸してあげて、それでも「寒い」と言ったら抱きしめてあげる。

君は「ちょっと動画撮るから」って言って、私を黙らせる。
君が動画を撮り終えたら、やっと話しかけられるんだ。
「ほら、あそこも綺麗だよ」って教えると、君がカメラを構える。
私がプレゼントしたチェキをせっせと取り出して、フラッシュたいて大事そうに写真をしまう。
別れる前の君は、あまり私の写真を撮らなかった。
それを指摘したら少し撮るようになったけど。
…だから、きっと、私の写真は、また少ないんだろう。
データフォルダの中は、君の写真ばかりになって。
君の思い出ばかりが増えていく。

おふざけが過ぎた子供が目の前にいたら、2人でボソッと文句を言うんだろうな。
あまりに下品なカップルを見たら、2人で目を逸らすんだろうな。
愉快な音楽が鳴ってたら、2人で小さく踊るんだろうな。
最後はちゃんと、買うにしろ買わないにしろ、お土産屋さんを覗いてから出口に向かうんだろうな。

そして2人は疲れ果てて、電車の中で肩を貸し合って眠るんだ。
正確には、君が私の肩に頭を乗せて寝て、私が君の頭の上に頭を乗せて寝るんだ。
電車をおりたら、「今日もいろいろタイミング良かったね~!」とか言いながら、重たい足を引きずって家に帰る。
私はソファに転がり、君はせっせと片付けをする。
君の片付けが終わると、「お風呂入っちゃお~!」って言われて、なんとか体を起こして2人でシャワーを浴びるんだ。
君がドライヤーをし終えたら、歯磨きして、おりんを鳴らして、ベッドに潜る。
その前に、除湿機の水が溜まっていたら2人でガッカリして水を捨てに行く。
君は半分眠りながらハンドクリームを塗り、濡れマスクをつけて、やっと横になる。
君はほんの1秒で眠りについて、そのすぐ後に私も意識を手放すんだ。

朝起きたら、君は疲れた身体をなんとか起こして、仕事に行く準備をする。
出て行く前に、寝ている私の元に来て、「好き好き」って言って、働きに行く。
「昨日楽しかったね」なんて話は、もう出てこない。
でも、いつの間にやら、壁に飾ってある写真が新しく入れ替わっている。
私はその写真を見て、「楽しかったな」ってひとりで思うんだ。
「可愛かったな。やっぱり大好きだな」って。

そんな、ありありと想像できる君との日常を、頭の中で思い描いたよ。

現実は、各々好きなものを頼み、それでお腹いっぱいになり、しばらくプラプラ歩いて、おやつも各々好きなものを頼み、またお腹いっぱいになり、夜ご飯は食べられないねという話になった。
「あれやらない?」と聞くと「やらない」と答えられ、「そっか…」と、我慢して通り過ぎた。
「ねえ、月が綺麗だよ!」って言ったら「そうだね」で終わった。
「いろいろタイミング良かったね」って言ったら「そうだね」で終わった。
「あれを注意しない親ってどうなんだろうね」って言ったら、頷かれただけだった。
帰りの電車で肩を貸して眠ることはなく、私がくだらない話を披露するだけの帰り道になった。
「楽しかったね」とか「綺麗だったね」とか、感情を共有することもなく、終わった。

君と一緒に行きたかった場所。
君とだったら絶対に楽しかったとわかる場所。

なぜ君じゃない?
なぜ、私は他人と一緒に過ごしている?
なぜ、友達でも恋人でもない人と、過ごしている?
なぜ……。
なぜ、君はいない?

きっと君は、私じゃない誰かと、別の場所に行き、私じゃなくても君は楽しめて、もしかしたら、私と一緒にいる時よりも楽しんでいて……幸せに暮らしているんだろう。
私のように、死にたいなど、思ってもいないんだろう。

なぜ、君に愛されなかった?
なぜ、君に見放された?
なぜ、君に傷つけられた?
なぜ、私は、許せなかった?
なぜ……なぜ、君はいない?
なぜ、君は…隣に、いない?
なぜ?
なぜ、一緒に寝ない?
なぜ、朝起きてもいない?
なぜ、帰ってこない?

君と一緒にいて、あんなに傷ついた。悲しかった。寂しかった。
君が私を見ていないと思ったから。
見て、いなかったから。
だから、解放してあげなきゃと思ったんだ。
泣きながら……思ったんだ。
見てほしかった。
大事にしてほしかった。
愛されたかった。
ずっと一緒にいたかった。
頑張ったのに。
頑張ったのに。
なんで、なんで、なんで、君は、いない?
頑張ったのに、ダメだったから、君と一緒にいられなくなるくらいなら、死のうと決めて、別れを告げた。
なぜ、死んでない?
なぜ、まだ生きてる?

殺したっていいじゃないか、君が嫌うあたしなんて

殺したっていいじゃないか、私も嫌いな私だから

私は君じゃなきゃ嫌なのに
君は私じゃなくてもいいんだよ。
君は、とても可愛いから。
君は、とても綺麗だから。
君は、とても愛おしい人だから。
君は、きっと、愛される人だから。

君は、自分のことを綺麗じゃないと言ったけど、やっぱり今でも、私は、君のことを綺麗だと思っている。
心の透き通った人だと、思っている。
君の嫌なとこ知ってるよ。
君の幼いとこも知ってるよ。
君の悪いとこも知ってるよ。
それでも、綺麗だと思ってる。
君の瞳が透き通って輝くように、君の心も輝いて美しい。

でも…きっと…私は…もう、君のことを、信じてあげられない。
誰のことも、信じられなくなってしまった。
人が怖くて。傷つくのが怖くて。
だから、一緒にいられないことも、知ってるよ。
知ってるよ。
知ってるよ。
ちゃんと、知ってるよ。
知ってるんだ。
知っている。


あの時が幸せの絶頂で、そこから下り坂になるなんてさ、そんなことは知らなかったんだ。
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