いたずらはため息と共に

常森 楽

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8.閑話

52.永那 中2 秋《野々村風美編》

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「いやいや、そんなはずな…い…」
友人が私を見ているのを感じる。
でも、私は彼女を見れない。
彼女に、永那とキスしたことを打ち明けていないから。
寒くないのに、全身が冷たくなっていく。
寒くないはずなのに、寒い。
体がブルブルと震え始める。
「風美?」
肩が揺さぶられる。
「風美?大丈夫?風美!」
声が、遠くなっていく。

目が覚めたら、ベッドに横たわっていた。
「風美」
ドックンと心臓が音を鳴らす。
「ごめんね」
すごく傷ついてるみたいな、でも、優しい笑みを浮かべる永那が座っていた。
「噂、少しずつ消えてくと思うから」
「え…?」
「大丈夫だから」
「なん、で…?」
彼女は優しく笑って、頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ」
言葉の意味がわからなくて、でもこれ以上何も聞いちゃいけない気がして、彼女を見つめた。
「これで、最後ね」
優しいキス。
彼女が離れていく。
胸が、痛い。
“最後”ってなに?
嫌…。嫌…。嫌…!
永那はため息をついて、保健室から出て行った。
掴めなかった。
彼女の手を、掴めなかった。

放課後まで、保健室で過ごした。
友達が鞄を持ってきてくれたけど、布団を被って寝たフリをした。
ベッドから出られる気がしなかった。
保健室の先生が、保護者を呼ぶか聞いてきたけど、断固拒否した。
…のに、お母さんが迎えに来た。
お母さんの車に揺られながら、窓の外を見る。
「その…先生から、事情は聞いたよ」
唾を飲む。
「風美、もう中学生なんだし、恋愛のいざこざなんて、これからもよくあることだよ?…そんなに落ち込まないで?ね?」
お母さんはわざと遠回りしているみたいだった。
「お母さんもあったな~、懐かしい。罰ゲームでね、好きな人に告白するの。みんなが見てたから恥ずかしかった~」
こんな時だけ、どうして優しくするの?
ずっと羽美ばっかりだったのに。

家について、私はすぐにベッドに潜った。
夕飯に呼ばれても、返事もしなかった。
泣いた。
枕に顔をうずめて、泣き続けた。

「お姉ちゃん」
ドアが開き、閉まる音がする。
「お姉ちゃん…ごめんなさい…」
必死に泣き声を堪える。
「わ、私の…せい、かも…」
「は?」
自分の声が震えている。
「公園で、お姉ちゃんと永那先輩がキスしてるの、見ちゃったの」
手を握りしめた。
爪が、皮膚に食い込むほどに。
「どういうことかわかんなくって、パニくっちゃって、友達に…話した」
血が、頭に上っていく。
「元々、永那先輩がかっこいいって話は、友達に、してて…写真も見せちゃってて…。気づいたら、めっちゃ広がってた」
「っざけんな…。ふっざけんな!!」
ベッドから這い出るように、妹の胸ぐらを掴む。
私、汗と涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだ。
「いっつも私のこと馬鹿にして、見下して、なんなの?これで満足?私のこと貶めて、満足?」
「ち、ちが…そんな、つもり、なくて…」
「“つもり”?」
涙が溢れて、止まらない。
妹の胸ぐらを放し、重力に逆らわないまま、私は上半身を床に投げ出した。
ベッドの高さが低く、頭をゴンとぶつける。
「お、お姉ちゃん…?大丈夫?」
「…大丈夫なわけないでしょ」
「ごめん…」
「出てけ」
「ごめんって!」
「出てけよ!出てけ!出てけ!出てけ!出てけ…!」
妹が出て行く。
「どうしたの…?」
ドアが開いた瞬間、お母さんが言う。
私はなんとか片手でドアを閉めた。
「あ゛ーーーーー!あ゛ーーーーーー!!!」
汗も涙も鼻水も涎も、全部床に落ちていく。

1週間、引きこもった。
友達が家に来てくれたけど、居留守した。
2週間、引きこもった。
友達から電話が何度もかかってきたし、芽衣からもメッセージがきていたけど、全部無視した。
3週間目に入ったところで、妹が私の部屋に来た。
「永那先輩、“私が無理矢理キスしたんだ”って言いふらしてる。冗談みたいに笑って、いろんな女の子に“キスするぞ”って言って、キャーキャー言われてる」
「永那…」
「永那先輩、元々女子からモテてたみたいで、ファンみたいな子達が喜んでた」
“大丈夫”って…そういうことなの…?
「もう、たぶん、お姉ちゃんと永那先輩が付き合ってるって思ってる人、ほとんどいないと思う。…だから、学校、行きなよ。受験だって近いんだしさ」
「あんたのせいで…あんたのせいで、こうなってんのに?」
「それは…だから…謝ってんじゃん」
…?
「あ゛~…あ゛~…!」
どこまでも上から目線…!
どこまでも私のことを見下して…!
「永那先輩に、言った。私のせいだって。隣にいた、の美人の先輩に“最低”って言われた。“アウティング”って言うんだって。人の、秘密、勝手に他人に言ったりするの。それでお姉ちゃんが死んだらどうするんだって、叱られた」
妹の声が、震えている。
「お姉ちゃん…死なないよね?」
顔を上げると、羽美が泣いていた。
死にたいとは、考えたことすらなかった。
“自分が嫌”だとは思ったけど、死にたいとは、不思議と思わなかった。
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