いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
上 下
537 / 595
8.閑話

52.永那 中2 秋《野々村風美編》

しおりを挟む
「いやいや、そんなはずな…い…」
友人が私を見ているのを感じる。
でも、私は彼女を見れない。
彼女に、永那とキスしたことを打ち明けていないから。
寒くないのに、全身が冷たくなっていく。
寒くないはずなのに、寒い。
体がブルブルと震え始める。
「風美?」
肩が揺さぶられる。
「風美?大丈夫?風美!」
声が、遠くなっていく。

目が覚めたら、ベッドに横たわっていた。
「風美」
ドックンと心臓が音を鳴らす。
「ごめんね」
すごく傷ついてるみたいな、でも、優しい笑みを浮かべる永那が座っていた。
「噂、少しずつ消えてくと思うから」
「え…?」
「大丈夫だから」
「なん、で…?」
彼女は優しく笑って、頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ」
言葉の意味がわからなくて、でもこれ以上何も聞いちゃいけない気がして、彼女を見つめた。
「これで、最後ね」
優しいキス。
彼女が離れていく。
胸が、痛い。
“最後”ってなに?
嫌…。嫌…。嫌…!
永那はため息をついて、保健室から出て行った。
掴めなかった。
彼女の手を、掴めなかった。

放課後まで、保健室で過ごした。
友達が鞄を持ってきてくれたけど、布団を被って寝たフリをした。
ベッドから出られる気がしなかった。
保健室の先生が、保護者を呼ぶか聞いてきたけど、断固拒否した。
…のに、お母さんが迎えに来た。
お母さんの車に揺られながら、窓の外を見る。
「その…先生から、事情は聞いたよ」
唾を飲む。
「風美、もう中学生なんだし、恋愛のいざこざなんて、これからもよくあることだよ?…そんなに落ち込まないで?ね?」
お母さんはわざと遠回りしているみたいだった。
「お母さんもあったな~、懐かしい。罰ゲームでね、好きな人に告白するの。みんなが見てたから恥ずかしかった~」
こんな時だけ、どうして優しくするの?
ずっと羽美ばっかりだったのに。

家について、私はすぐにベッドに潜った。
夕飯に呼ばれても、返事もしなかった。
泣いた。
枕に顔をうずめて、泣き続けた。

「お姉ちゃん」
ドアが開き、閉まる音がする。
「お姉ちゃん…ごめんなさい…」
必死に泣き声を堪える。
「わ、私の…せい、かも…」
「は?」
自分の声が震えている。
「公園で、お姉ちゃんと永那先輩がキスしてるの、見ちゃったの」
手を握りしめた。
爪が、皮膚に食い込むほどに。
「どういうことかわかんなくって、パニくっちゃって、友達に…話した」
血が、頭に上っていく。
「元々、永那先輩がかっこいいって話は、友達に、してて…写真も見せちゃってて…。気づいたら、めっちゃ広がってた」
「っざけんな…。ふっざけんな!!」
ベッドから這い出るように、妹の胸ぐらを掴む。
私、汗と涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだ。
「いっつも私のこと馬鹿にして、見下して、なんなの?これで満足?私のこと貶めて、満足?」
「ち、ちが…そんな、つもり、なくて…」
「“つもり”?」
涙が溢れて、止まらない。
妹の胸ぐらを放し、重力に逆らわないまま、私は上半身を床に投げ出した。
ベッドの高さが低く、頭をゴンとぶつける。
「お、お姉ちゃん…?大丈夫?」
「…大丈夫なわけないでしょ」
「ごめん…」
「出てけ」
「ごめんって!」
「出てけよ!出てけ!出てけ!出てけ!出てけ…!」
妹が出て行く。
「どうしたの…?」
ドアが開いた瞬間、お母さんが言う。
私はなんとか片手でドアを閉めた。
「あ゛ーーーーー!あ゛ーーーーーー!!!」
汗も涙も鼻水も涎も、全部床に落ちていく。

1週間、引きこもった。
友達が家に来てくれたけど、居留守した。
2週間、引きこもった。
友達から電話が何度もかかってきたし、芽衣からもメッセージがきていたけど、全部無視した。
3週間目に入ったところで、妹が私の部屋に来た。
「永那先輩、“私が無理矢理キスしたんだ”って言いふらしてる。冗談みたいに笑って、いろんな女の子に“キスするぞ”って言って、キャーキャー言われてる」
「永那…」
「永那先輩、元々女子からモテてたみたいで、ファンみたいな子達が喜んでた」
“大丈夫”って…そういうことなの…?
「もう、たぶん、お姉ちゃんと永那先輩が付き合ってるって思ってる人、ほとんどいないと思う。…だから、学校、行きなよ。受験だって近いんだしさ」
「あんたのせいで…あんたのせいで、こうなってんのに?」
「それは…だから…謝ってんじゃん」
…?
「あ゛~…あ゛~…!」
どこまでも上から目線…!
どこまでも私のことを見下して…!
「永那先輩に、言った。私のせいだって。隣にいた、の美人の先輩に“最低”って言われた。“アウティング”って言うんだって。人の、秘密、勝手に他人に言ったりするの。それでお姉ちゃんが死んだらどうするんだって、叱られた」
妹の声が、震えている。
「お姉ちゃん…死なないよね?」
顔を上げると、羽美が泣いていた。
死にたいとは、考えたことすらなかった。
“自分が嫌”だとは思ったけど、死にたいとは、不思議と思わなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...