いたずらはため息と共に

常森 楽

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8.閑話

8.永那 中2 春《古賀日和編》

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「日和」
「ハァ、ハァ…は、い…」
「他に、私の好きなところは?」
「…やさ、しくて…綺麗、で…」
息をすることに精一杯だ。
「そっか。…また・・、それだけか」
嫌な予感がした。
「そ、それだけじゃない!…です」
「じゃあ、他には?」
「え、えーっと…その、エッチが…上手で…えっと…みんなから、好かれていて…」
何も、出てこない。
優しくて…とにかく、先輩は優しくて…。
必死に考えるのに、私は…考えてみれば、先輩のことを、よく知らない。
何も、知らない。
「声も、好きで…一緒にいると、楽しくて…」
彼女の指が、私のなかから出ていく。
「なんで、1度も“会いたい”って言ってくれなかったの?」
「え…?」
「日和は、私のこと、好き?」
「…好きです」
「どこが1番好き?」
「…優しい、ところ」
「そっか。ありがと」

壁を見つめる。
真っ白な壁を。
「じゃあね、日和。楽しかったよ。どんどん可愛くなっていく日和を見てるの、すごく楽しかった」
彼女が離れていく気配がして、慌てて振り向いた。
もう彼女はドアに向かって歩きだしていた。
「永那先輩!」
「日和にはきっと、もっと良い人が見つかるよ。これが、最後のセックスね。…私、優しくなんかないよ?…優しくなんか、ないでしょ?」
酷く傷ついた笑みを浮かべて、先輩は言う。
「…バイバイ」
ドアがパタンと閉まって、お皿が割れるみたいに、頭の中で何かが割れた。
私は…私は…先輩が、本当に好きで…笑顔が、好きで…。
呼吸がどんどん荒くなって、床に倒れ込む。
視界がボヤケて、涙が溢れた。
シャツははだけたままだし、ショーツもまだ穿いていない。
なのに…そんなこと、どうでもいいくらい…悲しくて…。
悲しい以上に、先輩から“他は?”と聞かれたときに、何も答えられない自分が不甲斐なくて…。
私、本当に、先輩の何を見て“好き”って思ってたんだろう?

でも…でも…本当なんです。
本当に、先輩が好きなんです…。
伝わって、欲しかった…。
伝えられなかった…。
悔しい。
自分が、嫌になる。
菫ちゃんに“何も知らないくせに”って思ったのが、そのまま返ってきたみたいな。

声を出して、泣いた。
涙も鼻水も涎も垂れ流したまま、泣いた。

スマホが振動して、先輩かと思って慌てて画面を見た。
“菫ちゃん”
嗚咽を漏らす。
スマホを握りしめたまま、私は蹲った。
スマホの振動がなくなって、数秒して、また振動する。
また振動しなくなって、もう一度振動するから…仕方なく、電話に出た。
「日和!どこにいるの!?大丈夫!?」
「な…んで…?」
「なんでって!授業サボって何してるの!?また両角先輩?授業サボるほどの相手なの?日和が…両角先輩を好きなのは、わかったけど…日和のお母さんも…私も、心配してるんだよ?」
止まったはずの涙が、また溢れ出してくる。
「あああぁぁっ、あぁっ」
「日和!?日和!どこいるの?ねえ!!」

ドアが勢い良く開いて、体が強張った。
でもすぐに「日和!」と安心する声が聞こえて、ホッとする。
「ひ、日和…どう、したの…?大丈夫?」
えへへと、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった顔で笑ってみせると、菫ちゃんの顔が苦しそうに歪んだ。
菫ちゃんは眉間にシワを寄せながら、シャツのボタンを留めてくれる。
「あ、ブラ…つけるから…待って…」
「ハァ」と菫ちゃんがため息をつく。
「振られちゃった…」
「え…」
「先輩の好きなところ、ちゃんと答えられなくて…振られちゃった」
菫ちゃんがギュッと抱きしめてくれる。
「そっか」
「先輩とエッチするようになってから、胸も大きくなったんだよ、私」
菫ちゃんは咳払いして「なんて言えばいいんだよ、私は」とため息をつくから、私はへへへと笑う。

「幸せだったの、すごく。楽しくて、嬉しくて。…先輩は、菫ちゃんが思ってるような悪い人じゃないよ?」
「…みんなが好きになるくらいなんだし…悪い人じゃないんだろうけど…こんな、平気で、付き合ってもないのに…え、えっち…するなんて…私からすれば、信じられないよ。しかも、学校でって…」
菫ちゃんの言っていることは真っ当で、ただ、私は頷いた。

それから、たまに学校で先輩を見かけるたびに、胸が痛んだ。
きっと先輩は、また・・誰かに優しくする。
誰かに好かれて、エッチして、振るんだ。
菫ちゃんのお姉さんが、永那先輩と同じ高校に進学したと聞いて、私も同じ高校に行こうか迷った。
でも、やめた。
いつか先輩に再会できたら“あのとき、なんで振っちゃったんだろう?”って思わせたくて、本格的に自分磨きを始めた。
先輩に“可愛い”って言ってほしくて頑張った日々は、私にとっての宝物。
頑張ったとき、“可愛いね”って言ってもらえた喜びは、きっと、ずっと忘れない。

高校生になっても、まだ、先輩以上に好きになれる人は見つからない。
私はずっとクラスの隅にいたはずなのに、気づけば高校では真ん中にいた。
いろんな人から告白されるようにもなった。

あるとき、先輩が私の家の近所を歩いているのを見かけた。
隣には佐藤先輩と、知らない人。
先輩が幸せそうに笑っていた。
あの知らない人が…今の相手なのかな?
羨ましくないと言えば嘘になる。
でも…先輩が幸せなら、それで良いとも思えた。
(私って大人かも)なんて、自画自賛。
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