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233.先輩
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夜に寝るとお母さんが泣き叫ぶから、私は、夜に寝なくなった。
「大丈夫、大丈夫」
お母さんの背中を擦る日々。
半年もしないうちに、私は音を上げた。
学校を休んで、お姉ちゃんに連絡した。
お姉ちゃんは会ってくれたけど、ぶっきらぼうだった。
「私がお母さんに離婚届を書かせたんだから、お金を稼ぐ責任があるんでしょう?…だったらあんたが、お母さんの面倒を見るのは当たり前でしょ。お母さんの世話、あんたの世話、それに加えて私に稼げって言うの?ふざけんな」
「高校入ったら、私もバイトするから」
「あんたは働くな。またあんなことされたら、たまったもんじゃない」
あんなこと…先輩のこと。
「しないよ。普通にバイトするよ」
「信用できない。とにかく私が働いて稼ぐから、あんたはお母さんの面倒見てて」
お姉ちゃんはそう言って、勝手に歩き出した。
追いかけようとすると「もうこれで話は終わり。この程度のことで連絡してこないで」と言って、去っていった。
それから私は心を殺して、ただ死んだように生きた。
去年、文化祭に参加したくて、1年ぶりにお姉ちゃんに連絡した。
『1週間だけで良いから、帰ってこれない?』
『無理』
たった、それだけのやり取り。
それだけのやり取りで、私の心は折れた。
“もういいや”って。
“どうでもいいや”って。
なんとなく過ごせば、時は過ぎていく。
誰かに告白されても、中学のときみたいにヤる気も起きなかった。
でも、誰かに“好き”と言われることは、私の心を保つ唯一の支えだったかもしれない。
例え、相手が私の表面しか見ていなかったのだとしても。
“起きないと、いたずらしちゃいますよ”は、久しぶりに、私の心を擽った。
私、頭おかしいんだ。
たったそれだけで、ヤりたくなった。
気持ちが、昂った。
ただ“気になるな~”、“これって恋なのかな?”なんて軽く思っていただけの気持ちが、一気に昂った。
「お母さん、明日、穂来るって」
「え~!?嬉しい嬉しい!久しぶり!…お母さん、嫌われちゃったのかと思った」
「そんなわけないでしょ。学校あるんだし、穂は生徒会もやってるんだから、忙しいんだよ」
「…そっか。そうだよね」
へへへとお母さんが笑う。
「他の友達も連れて来ていい?」
お母さんの目が輝く。
…私が心を殺してから、お母さんは随分明るくなった。
私の心を殺せば、お母さんが笑えるんだと思った。
「もちろん!…じゃあ、部屋掃除しなきゃ」
そう言って、壁に掛かってる小さな箒を手に持つ。
…でも、心を殺さない方法も…あるのかもしれない。
それでも、お姉ちゃんに連絡しようとすると、手が冷たくなる。
なんて言えばいいか、わからない。
穂が一緒に来てくれたとして、お姉ちゃんが「誰?関係ない人連れてくんな」とか言うところが想像できる。
「私、穂ちゃん好き」
お母さんはしゃがみながら、畳を箒で掃く。
「なんだか、お母さんを思い出すの」
初めて聞く話。
お母さんが、こんなにも穏やかなのは、いつぶりだろう。
「なんでかなあ?…優しい、よね。お母さん、お花も好きだったな…。だからこの前、穂ちゃんがプレゼントしてくれて、嬉しかったの。それで、お母さんがお花好きだったの、思い出した」
穂が買ってくれたビニールの花瓶。
ずっと座卓に置いてある。
穂から貰ったお花が枯れてしまって、お母さんは泣いていた。
だからこの前、一輪のダリアを買ってきて、挿してあげたら、お母さんが喜んだ。
「そうなんだ」
「よく、お父さんと…病院に、お見舞いに行ったな」
お母さんの目から涙が落ちる。
「お母さん、病気になる前は、庭でガーデニングをしていてね、私もよく手伝ったの」
私は、お母さんの家…じいちゃんの家に、一度も行ったことがない。
なんとなく、千陽の家をイメージする。
いや、千陽の家というより、その周りの家。
千陽の家は冷たい感じがするけど、周りの家の中には、たくさん花が咲いている家もあった。
私は興味もなかったけど…良いもの、なのかな。
フゥッと息を吐いて、俯くお母さんを見る。
「ガーデニング、したい?」
「…どうかな?私にはできないかも」
「なんでも、やってみたらいいよ。我慢しないでさ」
お母さんが私を見た。
目をパチパチと瞬かせて、瞳に溜まっていた涙を落とす。
ニコッと笑って、私に飛びついてくる。
「そうだね!」
「穂の家のベランダにお花咲いてたから、教えてもらったら?」
「え~!そうなんだ~!…うん!じゃあ、明日聞いてみる」
「うん」
お母さんが私の生物の教科書を読み始める。
私も隣で勉強して、1日過ごした。
千陽の家のインターホンを鳴らす。
「永那~、おはよ~、ちょっと待ってね~!」
馴れ馴れしくて苦手な、千陽の母親。
抱きしめられるから、苦笑いする。
千陽が出てきて「行こ」と言う。
「行ってらっしゃ~い」
そう言いながら、千陽の母親はもうスマホを見ていた。
昨日の帰りも、今朝も、千陽との間に会話はない。
電車の手すりに、お互い向かい合って立つだけ。
私は窓の外を見て、千陽はスマホを見ている。
穂と付き合う前は、母親みたいに、千陽はベタベタくっついてきていたけど、最近はそれも少なくなった。
「大丈夫、大丈夫」
お母さんの背中を擦る日々。
半年もしないうちに、私は音を上げた。
学校を休んで、お姉ちゃんに連絡した。
お姉ちゃんは会ってくれたけど、ぶっきらぼうだった。
「私がお母さんに離婚届を書かせたんだから、お金を稼ぐ責任があるんでしょう?…だったらあんたが、お母さんの面倒を見るのは当たり前でしょ。お母さんの世話、あんたの世話、それに加えて私に稼げって言うの?ふざけんな」
「高校入ったら、私もバイトするから」
「あんたは働くな。またあんなことされたら、たまったもんじゃない」
あんなこと…先輩のこと。
「しないよ。普通にバイトするよ」
「信用できない。とにかく私が働いて稼ぐから、あんたはお母さんの面倒見てて」
お姉ちゃんはそう言って、勝手に歩き出した。
追いかけようとすると「もうこれで話は終わり。この程度のことで連絡してこないで」と言って、去っていった。
それから私は心を殺して、ただ死んだように生きた。
去年、文化祭に参加したくて、1年ぶりにお姉ちゃんに連絡した。
『1週間だけで良いから、帰ってこれない?』
『無理』
たった、それだけのやり取り。
それだけのやり取りで、私の心は折れた。
“もういいや”って。
“どうでもいいや”って。
なんとなく過ごせば、時は過ぎていく。
誰かに告白されても、中学のときみたいにヤる気も起きなかった。
でも、誰かに“好き”と言われることは、私の心を保つ唯一の支えだったかもしれない。
例え、相手が私の表面しか見ていなかったのだとしても。
“起きないと、いたずらしちゃいますよ”は、久しぶりに、私の心を擽った。
私、頭おかしいんだ。
たったそれだけで、ヤりたくなった。
気持ちが、昂った。
ただ“気になるな~”、“これって恋なのかな?”なんて軽く思っていただけの気持ちが、一気に昂った。
「お母さん、明日、穂来るって」
「え~!?嬉しい嬉しい!久しぶり!…お母さん、嫌われちゃったのかと思った」
「そんなわけないでしょ。学校あるんだし、穂は生徒会もやってるんだから、忙しいんだよ」
「…そっか。そうだよね」
へへへとお母さんが笑う。
「他の友達も連れて来ていい?」
お母さんの目が輝く。
…私が心を殺してから、お母さんは随分明るくなった。
私の心を殺せば、お母さんが笑えるんだと思った。
「もちろん!…じゃあ、部屋掃除しなきゃ」
そう言って、壁に掛かってる小さな箒を手に持つ。
…でも、心を殺さない方法も…あるのかもしれない。
それでも、お姉ちゃんに連絡しようとすると、手が冷たくなる。
なんて言えばいいか、わからない。
穂が一緒に来てくれたとして、お姉ちゃんが「誰?関係ない人連れてくんな」とか言うところが想像できる。
「私、穂ちゃん好き」
お母さんはしゃがみながら、畳を箒で掃く。
「なんだか、お母さんを思い出すの」
初めて聞く話。
お母さんが、こんなにも穏やかなのは、いつぶりだろう。
「なんでかなあ?…優しい、よね。お母さん、お花も好きだったな…。だからこの前、穂ちゃんがプレゼントしてくれて、嬉しかったの。それで、お母さんがお花好きだったの、思い出した」
穂が買ってくれたビニールの花瓶。
ずっと座卓に置いてある。
穂から貰ったお花が枯れてしまって、お母さんは泣いていた。
だからこの前、一輪のダリアを買ってきて、挿してあげたら、お母さんが喜んだ。
「そうなんだ」
「よく、お父さんと…病院に、お見舞いに行ったな」
お母さんの目から涙が落ちる。
「お母さん、病気になる前は、庭でガーデニングをしていてね、私もよく手伝ったの」
私は、お母さんの家…じいちゃんの家に、一度も行ったことがない。
なんとなく、千陽の家をイメージする。
いや、千陽の家というより、その周りの家。
千陽の家は冷たい感じがするけど、周りの家の中には、たくさん花が咲いている家もあった。
私は興味もなかったけど…良いもの、なのかな。
フゥッと息を吐いて、俯くお母さんを見る。
「ガーデニング、したい?」
「…どうかな?私にはできないかも」
「なんでも、やってみたらいいよ。我慢しないでさ」
お母さんが私を見た。
目をパチパチと瞬かせて、瞳に溜まっていた涙を落とす。
ニコッと笑って、私に飛びついてくる。
「そうだね!」
「穂の家のベランダにお花咲いてたから、教えてもらったら?」
「え~!そうなんだ~!…うん!じゃあ、明日聞いてみる」
「うん」
お母さんが私の生物の教科書を読み始める。
私も隣で勉強して、1日過ごした。
千陽の家のインターホンを鳴らす。
「永那~、おはよ~、ちょっと待ってね~!」
馴れ馴れしくて苦手な、千陽の母親。
抱きしめられるから、苦笑いする。
千陽が出てきて「行こ」と言う。
「行ってらっしゃ~い」
そう言いながら、千陽の母親はもうスマホを見ていた。
昨日の帰りも、今朝も、千陽との間に会話はない。
電車の手すりに、お互い向かい合って立つだけ。
私は窓の外を見て、千陽はスマホを見ている。
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