いたずらはため息と共に

常森 楽

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2.変化

89.友達

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機械の画面にランキングが表示される。
「なんか歌えそうなやつある?」
永那ちゃんが画面のページを捲ってくれるけど、知らない曲名ばかりで戸惑う。
私は苦笑して、永那ちゃんの耳に口を近づける。
永那ちゃんが肩を寄せてくれる。
「私、みんなの聞いてるだけでいいよ」
永那ちゃんの左眉が上がる。
ジッと見つめられてから、「そうだ」と何かを入力し始めた。
「これは?」
そこには、音楽の授業で歌ったことのある曲名が表示されていた。
私が頷くと、永那ちゃんはそれを選択して、予約されたことが画面に表示される。
永那ちゃんは自分の曲を入力し終えると、優里ちゃんに機械を渡す。

数曲流れた後、永那ちゃんが入れてくれた曲が流れる。
数人が「なんでこの曲?」と笑う。
流行りの曲がわからないことが、どことなく恥ずかしく思える。
…そうだ。私がみんなの誘いを断るようになったのも、みんなのノリについていけない自分を嫌でも感じてしまうから、というのも理由の1つだった。
ノリについていけない上に、こうしてみんなを興醒めさせてしまっている。
だからクラスの打ち上げとかには参加しない。
長らく断ってきたから、そのことをすっかり忘れていた。
「はい、みなさんパートごとにどうぞー!」
永那ちゃんが言うと、みんながソプラノ、アルト、テノールで分かれて歌い始める。
マイクを渡されて緊張しつつも、私はソプラノだったので普通に歌う。
マイクを通した自分の声にビックリして、つい声が小さくなる。
永那ちゃんは自分で言っておきながら、机に頬杖をついて私を眺めているだけで、歌っていない。
画面に表示されている歌詞を見つつも、気になってチラチラと永那ちゃんを見た。

なんとか歌い終えると、永那ちゃんが手を出す。
「次私だからちょうだい」
ニマニマ笑いながらそう言うから、ちょっとおかしくてつられて笑う。
マイクを手渡す。
「なんか意外と楽しかったなー」
誰かがそう言って、「他の曲も入れよーぜー」と続く。
予約曲に学校で歌った曲が入れられて、ホッとする。
永那ちゃんの凄さを見せつけられた気がした。
前奏が流れて、みんなが一気に盛り上がる。
ジャカジャカと流れて、永那ちゃんが立ち上がる。
みんな知っている曲なのか、合いの手を入れてノリノリだ。
「永那ー!かっこいー!」
優里ちゃんが叫ぶ。
それに続いて他の子達も思い思いに叫んでいる。
永那ちゃんはそれに応えるように笑みを浮かべる。
永那ちゃんが歌い始めると、ゾワリと鳥肌が立った。
その歌声があまりに綺麗で、かっこよくて、見つめてしまう。
たまに目が合って、流し目で見下ろされるたびに胸がギュゥッと締め付けられる。

ソファの端では数人が曲に合わせて踊っている。
音楽が体に振動して、自然と高揚感に包まれる。
曲が終わると、永那ちゃんは座って、優里ちゃんにマイクを渡した。
優里ちゃんもテンポの良い曲を入れていて、みんながノリノリだった。
(みんな歌上手いなあ)
この空間に自分が存在していることに驚く間もないほど、あっという間に時間が過ぎていく。
永那ちゃんが「最後の曲かもしれないから、好きな曲入れたら?」と言ってくれた。
好きな曲…。
なんとなく、前にお母さんが聞いていた曲を入力してみる。
みんなが知っているかどうかはわからないけれど、テンポの良い曲なら大丈夫な気がした。
私の手元をジッと見つめている永那ちゃんを横目で見ると、それに気づいて微笑んでくれる。

私の曲が流れる。
「この曲知らない」という声も聞こえれば「有名なやつじゃん」という声も聞こえる。
ゴクリと唾を飲んで、歌い始める。
1人で歌うのは初めてだから、緊張して上手く声がでない。
それでも合いの手を入れてくれたり、踊っている人もいたりして、少しずつ緊張は和らいでいく。
ふいに膝に置いていた手にぬくもりを感じる。
そのぬくもりの先を見ると、蕩けそうな笑顔を浮かべている永那ちゃんがいた。
指を絡まれて、みんなの前で遠慮なく触れてくれるのがたまらなく嬉しく感じる。
歌い終えると、自然とフゥッと息が溢れた。
マイクを永那ちゃんに渡そうとしたら、ゴンッという鈍い音と共に、永那ちゃんが机に突っ伏してしまった。
机に乗っていた食器同士がガチャッとぶつかる音がする。
「永那ちゃん!?…大丈夫?どうしたの?」
みんな驚きながらも笑ってる。
「テスト最終日で永那の頭おかしくなった?」「曲始まるよー!」「早くマイク持てー」とか、それぞれ言っている。

「あーーー!」
永那ちゃんは叫びながら私の手からマイクを奪い取る。
みんなから笑いが起きる。
今まで、学校で習った曲以外はテンポの速い曲ばかりだったけれど、ここにきてバラードが流れる。
伴奏が静かだから、永那ちゃんの声がよく響く。
サビに向けて少しずつテンポが早くなっていく。
歌詞に出てくる「好き」という言葉にいちいち反応してしまう自分が恥ずかしい。
今回は立たずに座っているから、高音と低音が混じった彼女の声が脳にダイレクトに伝ってくる。
握った手はそのままで、彼女の歌に聞き入る。
曲が終わると、ギュッと強く手を握られて、肩に頭を乗せられた。
びっくりして体が固まる。
彼女の口が耳元に近づいて「好きだよ、穂」と囁かれた。
顔が火照って、思わず俯く。
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