いたずらはため息と共に

常森 楽

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2.変化

69.王子様

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「穂に言うなよ」
永那に睨まれる。
「どうしよっかな」
「おい」
乱暴な言い方だけど、怖くない。
「ねえ、永那」
「ん?」
少し不機嫌そうな声。
あたしは彼女の唇に視線をやってから、目を見る。
永那が怪訝そうな顔をする。
あたしは第二ボタンを外す。
片膝をついて、永那を壁に押しやった。
あたしは両手を壁につけて、永那が逃げられないようにする。
「えっ?千陽?」
珍しく、あたしが永那よりも上にいる。
永那に見上げられるのも悪くないな。

あたしが顔を近づけると、身動きできない永那は顔だけそらした。
あたしはその姿に少し笑って、彼女の頬にキスする。
「あたしがもっと早くこうしてたら、永那はあたしに惚れたかな?」
目をギュッとつぶっていた永那は、息を止めていたのか、「ハァ」と二酸化炭素を吐き出す。
「おい、お前」
少し顔を赤らめて、あたしを睨むように見る。
「私、穂と」
唇を人差し指で押さえる。
「知らない。…知りたくもない」
永那の目が見開かれる。
ずっとあたしに隠してたくせに。
今更言うなんて卑怯だ。
人差し指を永那の唇から離して、開けた胸元のシャツを広げる。
永那の視線があたしの胸に落ちる。
…あぁ。ゾクゾクする。
もっと早く、こうしておけばよかったんだ。
永那が唾を飲む。
「永那、エロい?」
永那は何度も瞬きをして、ゆっくりあたしを見た。

「エロいけど」
素直すぎて思わず笑っちゃう。
あたしが永那の顎に手を添える。
唇を近づけると、永那があたしの肩を押さえた。
「やめろって」
「なんで?」
永那は眉間にシワを寄せて、考えるように俯く。
「私は、穂が好きなんだよ」
きっとあたしが言った“知りたくもない”を尊重してくれたんだ。
永那、そういうところが甘いんだから。
ハッキリ言えばいいのに。
“穂と付き合ってるからやめろ”って。
そしたらあたし、きっと諦められるのに。
あたし、空井さんと永那が付き合ってること、まだ知らないことになっちゃった。
そしたら、まだ諦める必要なんて、ないよね?
「わかった」
そう言うと、永那が戸惑う。
あたしが泣くとでも思った?悲しむとでも。
痛かったよ。悲しかったよ。たくさん泣いたよ。
もう、永那の知らないところで、たくさん、たくさん泣いた。

「永那?」
「なに?」
あたしはボタンを戻して、しれっと隣に座り直す。
「あたしね、今の、初めてのキスだったんだよ?」
「は?」
あたしは余裕の笑みで、永那を見た。
「え?でも千陽、セックスしたこと」
「あるわけないじゃん」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔って、きっとこういう顔のことを言うんだ。
可笑しくて、声を出して笑う。
「え、え?マジで言ってる?」
「てかさ、なんでわかんないの?」
「え?だって散々話してきたじゃん」
「永那に合わせてただけ」
「はあ?ホントに?」
あたしはフフッと笑って、永那の髪を梳く。
永那がビックリして、肩を上げていた。
「そもそもさ、手を繋ぐのも気持ち悪いって言わなかった?」
「…あー」
永那が宙を見る。
「バカすぎるだろ、自分」
そして、俯く。
「てか、じゃあ、なんであんなに話題豊富だったの?」
「…ネットで調べたり」
永那が両眉を上げて、額をさすっている。

「こわー」
「なにが?」
「いや、お前の演技力と、自分のバカさ加減が」
いつの間にか、さっきまでの涙はどこかに消えて、あたしはずっと笑ってる。
「…でも、よかった」
「え?」
「なんとなく、千陽には手出したくないなって思ってたんだ」
急に本音を言われて、胸がズキリと痛む。
「なんで?」
「んー…理由はよくわからなかったんだけど…傷つけたくなかったんだと思う。適当に接して、傷つけたくなかった」
それでも…そんなに大事に思ってくれていても、あたしと本気で付き合おうとは思わなかった…ってことだよね。
厳しいなあ、現実は。
「だからって他の人を傷つけてもいいわけじゃないとは思うけど…」
知ってる。
永那とセックスした人の大半が、永那に振られて泣いていた。
キツいことするな~って、他人事みたいに思ってた。
だってあたしは、永那に大事にされてるから。
「まあ、だから…千陽が、今のが初めてだったって言うなら、なおのこと、私が適当に手出さなくてよかったって思うよ」
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