手紙

常森 楽

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私と君の出会いは、よく恋愛話にあるものだったね。
飲んで騒いでる人たちの輪に入れず、ひとり 浮いてる私に、君が話しかけてくれた。
少し酔っていたけれど、柔らかい笑顔で話す君は、とても可愛かった。
軽いノリで「LINE教えて」と言われたのには少し驚いたけど、つい教えてしまうような甘い雰囲気だった。
それから、私たちの距離が縮まるのは早かったね。
君が毎日のようにLINEをしてきて、私は、少し鬱陶しく感じながらも、すごく嬉しかったんだよ。

はるかは本当に可愛いよね」
照れることもなく、君は口癖のように言っていたね。
私の親友は、スタイルが良くて 綺麗で 素直だった。
その親友とずっと一緒にいたせいか、私は気づかないうちに、童顔な自分にコンプレックスを抱くようになってたんだよ。
おまけに、君も知ってるように、当時の私はすごく頑固で 意地っ張りだった。
私のことを「可愛い」と言ってくれるのは、君だけだったんだよ。
君は信じてなかったけどね。

君は、普段は明るく振る舞っていたけど、たくさんの傷を背負っていたね。
夏でも、長袖と長ズボンを着て、体の傷を隠そうとしていた。
「冷房に少し当たっただけで、すぐお腹痛くなっちゃうからさ」なんてみんなには言っていたけど、私は、その笑顔を見るたびに胸が苦しくなった。

君の部屋に行ったとき、君が私の肩を押して、ベッドに倒されたのを今でも思い出すよ。
君が私を好きだって知っていたから、私はすごく緊張してた。
君の顔が近づいてきて、キスするんだって思って、目をぎゅっとつぶった。
なのに、君はキスしないで、私の耳元に口を近づけた。
「好きだよ。付き合ってくれる?遥は、私のこと、好き?」
優しく、けれど 自信なさげに、君は目も合わせずに聞いたね。
「好き?」と聞かれて、素直じゃない私は「好きじゃない」と答えた。
心臓が飛び出してしまうんじゃないかってくらい、ドクドクと鳴っていた。
本当は好きだった。なのに、口からは反対の言葉が出た。
でも、私は訂正しなかった。
だって、君なら許してくれる、わかってくれるって思っていたから。
バカだよね。
きっと君は、あの時すごく傷ついたよね。
ごめんね。
いまさら謝ったって、仕方ないんだけど。
あの時、本当は私、君のこと 大好きだったよ。

「じゃあ、付き合ってはくれないか」
君の顔を見た瞬間に後悔したのに、それでも私は訂正しなかった。
「残念」
人は、こんなに悲しくて苦しそうな笑顔をすることがあるのだと、初めて知ったよ。
考えてみれば、君の笑顔はいつも苦しそうだったかもしれない。
あの時は気づけなかったけど、久しぶりに君の笑顔を見て、思い出したよ。

私は、慌てて君の髪を撫でたの。覚えてるかな?
そしたら、いつもの君の笑顔に戻ったから、少し安心した。
黙って、君の瞳を見つめていたら、君はそっと口づけしたね。
一瞬迷った感じがしたけど、あの時の君は、どんなことを考えていたんだろう?
私が応えるように、君の頭に手を回して、唇を強く押し付けると、君の舌が私のに絡んだ。
……なんて、こんなの今思い出しても恥ずかしい。
君は知ってたかわからないけど、あれが私の初キスだったんだよ。大胆でしょ?

それから、君は慣れた手つきで、私の気持ちいいところに触れた。
実は、あれも初めてだったの。
自分で自分が嫌になるくらい、声が出てしまったのを、今でも覚えてる。
悔しくなって、私は強引に君の服を脱がそうとしたね。
君は少し抵抗したけど、「付き合ってないのにこんなことしたんだから」と責めた私に無抵抗になった。
そして私は、君が背負っていたきずを知った。

腕には、丸くて白い痕がたくさんあった。体にもいくつかあったけど、皮膚が無理にくっついたような痕もあった。
「気持ち悪いでしょ?」と言いながら笑う君にかける言葉が見つからなくて、君を抱きしめた。
君は優しく私の頭を撫でてくれたね。

それから何度も、私は、君に一方的に愛されたね。
私はただ、君の頭を撫でることしかできなくて、自分が情けなかったよ。
「こんな自分でごめんね」と君は、たくさん謝っていた。
君はいつも我慢ばかりして、人のことばかり優先していたね。
私は必死に君の良いところを話したつもりだったけど、きっと、君の心にはあまり届いてなかったね。
いや、届いてたのかな?
私が、気づけなかっただけなんだろうな。

私は、自分の無力感に押し潰されそうになって、思わず親友に愚痴をこぼした。
その近くに君がいたなんて知らなかったんだよ。
すぐに私が謝ればよかったのに、君はただ「ごめんね」と繰り返すだけだった。
なぜか、そのことにイライラしてしまって、感情のまま 君に全部ぶつけたね。
君はまた苦しそうに笑って「ごめんね」って言った。
私はまたイライラした。

あの時の最後は、電話だったね。
決して涙を見せたことのなかった君の、声が、震えてた。
私の心はぐちゃぐちゃで、君のことを大切にしたいのに、大切にできない自分にイライラした。
こんなにも私が君のことを大切に想ってるのに、君が前を向けないことにもイライラしてた。
彼女になったわけでもないのに、なんて私は偉そうだったんだろう。

「もう、しばらく連絡しない」と、私は冷たく言ったね。
少し間があいて、「そっか、わかった。今まで迷惑かけて本当にごめんなさい。ありがとう」と君は言ったね。
ありがとうと言われた瞬間、私のなかの何かが壊れてしまいそうになって、思わず電話を切った。
君の気持ちなんて少しも考えられず、私は声を出して泣いたんだよ。
最初から最後まで、君のことを傷つけ続けたね。

私は意地っ張りだったから、本当に君に連絡しなかった。
君からも、一切連絡はなかったね。
たまに、友人から君の近況を聞いて、会いたくなったりもしたんだよ。
声が聞きたいな、君の笑顔が見たいな、また君のあたたかさに包まれたいな。
そう思っても、私は首を横に振った。

君のことを忘れさせてくれるんじゃないかって思う相手もできた。
でも、背の低い私よりも ずいぶん高い身長、ゴツゴツと骨ばった体型、むわっとする汗のにおい……そのどれもが私には合わなかった。
君と再会するまでに、2人の男性と付き合ってみたけど、私の心は ずっと君の方を向いていたよ。

友人から、君に新しい彼女ができたと聞いて、なんとなく「もういいかな」って思ったんだ。
勇気を出して、LINEしてみた。
返事は来ないかも……なんて思ったけど、杞憂だった。
30分後には返事がきて、君と3年ぶりに会うことになったね。
私も君も、すっかり社会人として大人になっていたのに、君の雰囲気はあまり変わっていなかった。
私は、どこかホッとしたんだ。
でも、話してみると 私と一緒にいた時よりも前向きになれてるようだった。
私は、すごく嬉しかったんだよ。

「遥のおかげだよ、ありがとう」と、懐かしい 優しい笑顔で言われて、胸がきゅうっと締め付けられた。
カラオケに行くことになり、個室に入ると、君は私のすぐそばに座ったね。
君の香りがふわっと漂って、下腹部がきゅっと絞まったのに、私は焦ってた。
髪が短くなって、耳にあるピアスの穴の数が多いことに初めて気づいた。
話題づくりに、「いつの間に?」と聞いてみたら、ピアスの数は昔と変わってないことを教えてくれたね。
私は、君の そんなことにも気づけてなかったんだなあ……と、実感したよ。

何曲か入れて、お互いに歌ったね。
君の歌う姿は、なんだか凛々しくて、かっこよかったよ。
話すつもりなんてなかったけど、急に気になって、私は「新しい恋人できたの?」と聞いていた。
君は驚いて、歌うのをやめたね。
「まあ……」と、少し気まずそうに答える君を見て、良かったって、心から思ったんだよ。
君が幸せになってくれてたら嬉しいなって、ずっと思ってるから。

だけど君は、私から目をそらして「でも、別れたよ」と告げたね。
「私、まだ遥が好きだから」
私が連絡したことで、君は別れを即決したらしかった。
私はなんて答えればいいかわからなくなって、君のことをじっと見つめた。
あの時、私は2人目の男性とまだ付き合ってた。
君が知ってたのかはわからない。
でも、きっとそんなの関係なしに、君は決断してたんだろうなってわかるよ。

昔と少し違う、意思の強い瞳と目が合ったと思ったら、君とキスしてた。
少し乱暴に、息ができないほどの、長いキスをした。
私も、やっぱり、君が好きなんだってわかったよ。
でも、君は「ごめん」と一言告げて、そそくさと帰る準備をしたね。
それから一度も目を合わせず、私たちは別れたね。

そのあと、私はすぐに 付き合っていた男性を振った。
なのに、君に連絡することもしなかった。
君がもう、私と付き合う気がないことを、悟ってしまったから。
私が連絡して 会ってくれたのも、最後だと覚悟を決めてのことだったのかもしれないって思ったよ。
あの時、ごめんの後に「こんなことするつもりじゃなかったんだ」という君の声が聞こえた気がしたんだ。
きっとこれは、当たってるよね。

また3年経って、ふと見た 君のLINEのアイコンに驚いたんだ。
そこに写ってる君の笑顔は、私が見たことないものだった。
苦しさも悲しさも感じられず、ただただ優しい。
幸せがたくさん詰まってるような笑顔だった。
そして、思わずLINEした。

「ひさしぶり、元気?」
私の連絡に、君はすぐに返してくれた。
「元気だよ、遥は?」
「元気だよ」
「良かった」
そんな普通のやり取りから始まった。
「ひさしぶりに、会いたいなって思って連絡してみた」
いつもなら話題を広げてくれるはずの君に違和感を抱きつつ、勇気を出して言ったんだよ。
私もけっこう、柔軟になったんだよ。
「そっか、そんな風に思ってくれてすごく嬉しいよ。ありがとう」
そんな一文にホッとしたのもつかの間、「でも、今回は難しい」と言われて、鼓動がはやくなった。
「今、同棲してる彼女がいて、その子のことがすごく大切なんだ。不安にさせたり、傷つけたりしたくないから、会えない。ごめんね」

君の覚悟が、ここに繋がっていたんだと理解したよ。
再会した時、今の彼女とすでに出会っていたのか いなかったのかはわからない。
でもきっと、君は気づいていたんだね。
一緒にいて自分らしくあれる相手に、いずれ出会えるということに。
私じゃなくて、他の違う誰かに出会えるということに。

「そうなんだ。私、君のそういうところ、好きだよ。どうか、彼女さんを大切にしてあげてね」
気づいたら、頬に涙が流れていた。
悲しいからなのか、嬉し涙なのか、私にはわからない。
でも、君が幸せなんだってことが伝わってきて、良かったって 本当に思ってるよ。
「ありがとう。私が変われたのは遥のおかげだよ。本当にありがとう」
「私も、君がいたから変われたよ。ありがとう」
きっと君との最後の会話。
良かった、最後は素直になれて。
君に好きだってやっと伝えられた。

私も、自分らしくあれる相手と出会えるといいな。
そんな気持ちで、この手紙を書いています。
君には届かない、手紙を。
私のための、手紙を。
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