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夜間歩行

大人に

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「美海、ア ハッピー ニュウ イヤー!電話も出来なくてゴメンな」

  皆から解放された颯斗くんが、私の元にやって来たのは、もうHR直前だった。

「ううん。大丈夫。それより検査はどうだったの?」

  日本では分からない彼の身体のこと。
  いない間、ずっと不安だったけれど、颯斗くんは、

「身体に合う薬を貰ってきたから」と、

  ホッとする柔らかい表情で笑って見せた。
  あー……もっと、見ていたい。

「おーい、新年早々、だらしないぞー」

  それなのに、担任の先生が教室に入ってきて話は中断。

「あとでな」

  私達はそれぞれの席に着いた。

 
「このクラスでの最後の学級レクレーションとなる夜間歩行の期日が決まったぞ」

 先生が最前列の生徒からプリントを配っていく。

 それを読んだ皆が顔をしかめて、

「えー、こんなに歩くのかよ?」「死ぬ」

  遠足のような、けして楽しいだけの行事じゃないのだと分かった。

 ーーーーーーーー
 
 【歩行地】

本校からI展望台まで ( 距離50キロ 目標片道4時間半)

途中休憩 K公園(ここで全生徒を待機)

【集合】

   本校の校庭に 18時

( 夕食は済ませてくること。ゴールの学校で朝食の豚汁まで食事の時間はありません)

【持ってくるもの、服装】

重たくない水筒、軽食、おやつ。懐中電灯。タオル。絆創膏。

本校のジャージプラス防寒着。

歩くと体温が上がるので調節可能なもの。

 ーーーーーー

 五十キロ。
  一晩で歩くには、これが長いのか短いのかイマイチ分からない。

「このコースは県の歩行レースにも使われるから、それなりに歩道確保してあるが油断は禁物。自分勝手な行動をすると事故に繋がるからな」

  このレクレーションを提案した担任は、どうやら歩行レースマニアらしい。

 プリントを見ながら、颯斗くんは行けるのだろうかと心配になった。



「行くに決まってんじゃん」

 昼休み。
 裏庭。
 颯斗くんと二人で初ランチ。

  心配する私をよそに、颯斗くんは夜間歩行には行く気満々だった。

「じゃあ、薬のおかげで、手が震えてたりするのは無くなったんだね?」

 手だけじゃない。

  脳震盪起こした時も、足元から崩れるように倒れたし、あちこちに異常が現れてきているのは確か。
  視力だって下がってるのに。
  無理してほしくない。

「うん。もうない。夜だって歩けるよ。それに、医師から許可貰って、俺、明日からサッカー部に入るようにしたんだ。だから心配すんなよ」

「本当に?」

「うん」

 颯斗くんはお弁当を平らげると、きれいに刈られた芝生の上にゴロッと横になった。

「牛になるよ」

「なったら面白いけどな」

「え、そしたら、私も牛になる」

「美海が牛……乳牛で昼寝ばっかしてそう」

「ひどっ」

  くくっと笑った颯斗くんは、やっぱり目尻に大人の証拠を見せている。

  そして、そのまま、穏やかだけど少し疲れた表情で、流れる雲を見ていた。
  弁当箱を片付けながら、その端正な颯斗くんの横顔に見とれる私。

このまま時間が止まればいいのに。

  周りに人がいないのを確認すると、私もゴロンと横になった。

「本気で牛になる気だな?」

「うん」

  サラサラと風になびく颯斗くんの茶色い髪。
  柔らかそう……。

「さわっていい?」

「うん」

  手を伸ばし、おでこにかかった髪を触ると、キラッと何か光った。

「……」

  颯斗くんの白髪を見つけてしまった。


  
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