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止まった時間

ブランコ

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 医学が発達し、どんなに手術が難しいところに出来たガンも、数年前に発見されたガンだけを食べる寄生虫により、取り除くことが可能になった現在、

 「俺は二年前に解凍されて、その虫による治療を始めた。みるみるガンはなくなって、本当に健康そのものになったんだ」

  問題は止まった成長と知識だったという。

  成長促進剤なるものも開発されていて、それで体は急速に同年代の子供に追い付いてきたけれど、

「知識は、脳も高速に発達していく段階に勉強を沢山したから、それなりに追い付いてるけど、心と記憶だけはまだ止まったまんまで……」

  冷凍保存されていた間の記憶だけは作ることも出来ずに、心はまだ小学生みたいで、恋愛をしたいなんて思えないんだって。

「俺はまだまだ玉蹴りや砂遊び、ゲームキャラ探しをする方が楽しいんだ」

  顔は見とれるほど美しい男子高校生なのに、言ってることが可愛くて、思わず笑ってしまった。


「だから、俺は美海とは幼稚な遊びもしたい」

「幼稚なって……?」

「さすがに砂遊びは見てる方が心配するからモンスター探しとかさ」

「あはは、いいね、そのアプリ今もあるのかな?」

「あーもう、ないかなぁ。似たような奴でもいいんだけど」

「3Dの ″ モンスターの森 ″で我慢する?」

「する」

 こうやって謎が解明された途端、

「……今度は美海の番」

「え?」

「美海の悩みを聞かせてよ」

  颯斗くんが、私のことを優しく見つめた。

 その目はけして成長の止まった小学生なんかじゃない。

  颯斗くんの心は確実に成長している。

  ……もしかしたら、私なんかよりも、ずっと。



 学校そばの公園で、ブランコに腰掛けて話をした。

 両親の不仲が中学の時から続いていること。

 離婚するのではないか……そしたら愛されてない私は一体どうなるのか?

  そんな不安がいつも付きまとって……。

 二階にまで聞こえる喧嘩の声や、帰ってこないお父さんを思えば、気持ちが高ぶって眠れなくなること。

  それがずっと続いていて、今朝、とうとう恐れていた離婚決定の話が出たこと。

 両親が優秀な琢磨の親権だけは手放したくないと揉めていること。

  頭が悪く見た目も冴えなくて、暗い性格の私のことはどうでもいいと思っていること、


  ……全部、颯斗くんに話した。

  ギィー……、ギィー……と、ブランコを揺らしながら、颯斗くんは黙って聞いてくれていた。

  そして。
  涙ぐんでいた私にポケットティッシュを差し出して、

「今は目先のことしか頭にないご両親も、いつか美海が居てくれて良かったって、生んで良かったと思ってくれるよ。美海はこんなに良い子なんだから」

  誰からもそうされたことのなかった頭を、優しく撫でるように触れてきた。

 ドキッ……として颯斗くんの顔を見ると、まるで赤ちゃんを宥めるかのような優しい目をして……。
  それが吸い込まれそうなくらいキレイで、吸収されるように、涙は急激に止まった。

「良い子なんて……私に良いところなんて何も……」

  慰めの言葉だとしても嬉しい。
  でも、私には本当に何もない。

  だから他人や親に好かれなくても当然だと思っていた。

  しきりに首を横に振る私に、

「美海の良いところは俺しか知らないんだろうね!」

  颯斗くんはニヤリと笑いかけると、

「ほら! ブランコ本来の遊び方しようぜっ!」

  ガシャン!と、いきなり私のブランコに背後から立ち上がってきた。

「え、何、二人のり?」

「うん、そう、二人漕ぎ?」

「あー、壊れるって!」

  ビビる私をよそに、颯斗くんは片足で助走をつけ、ブランコ揺らし始めた。

「ほら、美海も腕つかって!」

  揺れる度に、颯斗くんの体温が私の頭と肩を包み込む。
  加速に伴い、揺れ幅を大きくしていくブランコは、 
 まるでオレンジ色に染まった空を飛んでるみたい。

「美海は覚えてないかもしれないけど、こんな遊びにも美海は付き合ってくれたよ!」


  気持ちいい。

  楽しい。

  なんでこんな事を忘れてしまっていたんだろう?


 「本当に私なの? 私が颯斗くんとこんな風に遊んでたの?」

 「うん! 女の子では美海しかいない!」


  なんで、大事な事は、忘れてしまうんだろう?


「これからも遊んでね!」


  風にかき消されそうな颯斗くんの声は、空と私の中に心地よく響いた。

  私も、聞こえるか聞こえないかくらいかの声で、彼にこたえた。


 ″ ずっと友達でいてね ″





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