王冠にかける恋【完結】

毬谷

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第10章

季節が一巡する前に

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「そういえば、お願いしていたスーツが届いたの。試着してくれない?」
タルトにフォークで切り込みを入れると、母親が言った。切る、というよりは割れるといった具合のタルトを真加は口に運ぶ。
「サイズは大丈夫でしょ」
「サイズなんてもちろんバッチリなのはわかってるわ。着たところが見たいのよ。…もう。夏理くんは着てくれるわよね?」
「えっ、!、ああ…はい。僕のも?」
「前に採寸したでしょう?2月のパーティーには二人とも着ていけるように作ったのよ。ほら、王子が主催の。行くわよね?」
当然、と母が口にした。
「ああ、うん」
真加はあくまで平然と返したつもりである。
景が主催の参加費もかからないパーティーだから、断るというのはよっぽどの用事がない限りありえない。
大抵の生徒は当然出席だったし、真加も毎年参加していた。
「じゃあ夏理くん。スーツ取ってくるわ」
「あ、すみません」
夏理はすっかり母の勢いに圧倒されている。母が部屋から消えると、朝陽が「スーツ?」と聞いた。夏理にかなり懐いて、今日もべったりである。
すると、母と入れ替わりで父が部屋に入ってきた。
「お邪魔してます…!」
「ゆっくりしていってね。朝陽、あんまり夏理くんを困らせるなよ」
父は休みの日でも何かと考え事をしているので、顔を出すなんて珍しい。
「僕は一人っ子なので本当に朝陽くんは弟みたいでかわいいですよ」
「そう?それならよかった。……真加、ちょっといいか?」
「えっ?うん」
父は真加を自分の仕事部屋に連れて行った。
「何か話?」
「そんなところかな。麦茶飲む?」
「うん」
父が部屋に置いた小さな冷蔵庫から麦茶を取り出したのでコップに注いでもらう。
何故かその動きがぎこちなく、真加は不審に思った。
ソファに腰掛けても少し父は緊張しているようで、悪い話ではなさそうだが大事な話らしい。
指ももぞもぞさせていて、言い出しづらそうにしている。
「なにごと?」
思わず急かすと、おずおずと父が口を開いた。
「真加……高校卒業したらどうするの?」
「えっ?…天風の大学に行こうと思ってたけど…もしかしてだめなやつ?」
てっきり大学までいかせてもらえると思っていたが、もしかするとおじさん経営者アルファと婚約でも決まってるのか?
突然の進路の話に真加は驚き目を丸くしたので、父は慌てて弁明した。
「い、いや!そうじゃないよ!大丈夫だよ。あの、その……」
非常に言いにくそう。顔も赤い。
「真加は…皇太子と付き合ってるの?」
「……………は?」
たっぷり5秒。気の抜けた声が出た。
「吉乃さ……、母さんが文化祭で真加と皇太子が仲が良さそうなのを見かけて、あれは絶対なんかあるって言うものだから、てっきり付き合ってるんだと…」
自分の知らないところで話が飛躍しすぎていて、もはや驚き以外にない。
「付き合うわけないでしょ!」
吹き飛ばすように叫んだ。
「本当か?」
「本当」
嘘はついてない。
「そ、そうか…」
父が安心しきったように肩を下げた。
母の話を信じやすいのか、本気で息子が皇太子と釣り合う人間だと思っている親バカなのか判別し難い。
母の場合、これ以上の追及は免れないので、こういったことに疎い父でよかったと思う。
「本当に付き合ってたらどうしてたの?」
「ううん…。いや、そもそもだな、父さんは中高一貫、全寮制の天風に真加が行くのは正直反対だったんだ」
「そうだったの?」
あの頃、そんな素振りは一度も見せず、真加の模試の結果に一緒に一喜一憂してくれていた。
「ただ…母さんは期待してたし真加も勉強を頑張っていたからね。それに、将来僕の会社継いでもらうなら、天風で勉強して、人脈を作ってもらうのはいいことだと思ったんだ」
「そっか…」
「まあでも、大学は家から通うだろうと思っていたら、皇太子と付き合ってるかもって母さんが言い出すから驚いたよ。それで結婚なんて話にでもなったらどうする?僕は大事な息子は王室に入っちゃって、子供はいつか巣立つとはいえ中学から一緒にいられてないのに、早すぎないかって思ったんだ」
「け、結婚なんかありえないよ。話飛びすぎ」
父はそうだよね、と失笑した。
「ちょっと勘違いしてたよ。ごめん。大学はもちろん天風で大丈夫だから。家から通うだろ?」
「あ、そうだね」
あんまり考えていなかったとは言い出しづらかった。
「この家も、通いやすいように近いところに引っ越したんだ。もちろん、朝陽通学事情との兼ね合いもあったけどね」
「そうだったの?全然知らなかった」
馴染みがないと思っていた家だが、自分のことも考えて引っ越した家だったとは。
こんなにも愛情をもらっていたのに、気付かずに不貞腐れていたのだと思うと、途端に恥ずかしくなった。
父はアルファだけど貧乏で苦労した分、オメガだからとかアルファだからとかそういった視点にはこだわっていないはずなのに、真加が一人で気にしていた。
真加はもう親と離れて「寂しい」と思う年頃を過ぎつつあるが、それでも嬉しい。
ちゃんと真加は父の中で変わらず「大事な息子」として扱ってもらえていたのだ。
照れ臭さを隠したくて麦茶を口に含む。
週末帰る回数を増やそうとここで密かに思った。





「電気消すぞー」
「はい」
真加は自分のベッド、夏理は客用布団に寝転がった。
父と話をしたことが、真加の中をぐるぐると駆け巡っていた。
今まで気にしていたことはただの思い過ごしだった。寮生活と多忙な親とですれ違いをしていたが、思いがけず自分はオメガであっても、アルファの弟と変わらず大切に思われていることを知った。
少し斜に構えていたのが恥ずかしいと思えるくらいだった。
そして一つの結論が出た。
景は悩みを抱える真加に「居場所を作る」と言った。しかし、居場所は既にずっとあって、真加が気付いていないだけだった。
それに気付いても、ただただ景のことが好きだという感情は残った。
居場所なんて作ってくれなくても、景のことがどうしようもないくらい好きだと思った。
父はあまり反応も芳しくなかったし、景とどうにかなってもあまり喜ばないかもしれない。だから余計に、もう景のことはいいじゃないかと頭の冷静な部分では思う。そもそも、真加がどうにか出来る相手ではない。あの双子が言う通りだった。
それでも。
「あのさ、夏理…」
暗がりの中でぽつりこぼす。
布団の衣擦れの音がした。
「どうしました?」
少し声が溶けていて、眠りに落ちそうなのを起こしてしまったことがわかった。
「俺…景にどうしても言いたいことがあるんだ」
意を決して言うと、夏理がわずかに狼狽えるように唾を飲んだ気がした。
あれから、ずっと景の話題は避けてきた。夏理が気にしていることもよくわかっていたが、触れられずにいた。
「もう無理かもしれないけど伝えたいことがあって…」
「…ええ」
「俺一人じゃ無理だろうから、助けてほしいんだ。だめかな?」
完全に住む世界を違えてしまった景と、今更話す機会は真加に与えられない。
どうにかしてチャンスがほしい。真加一人の頭じゃ方法が思いつかなかった。
「だめじゃないです。僕に出来ることなら。……必ず伝えてくださいね」
「うん。ごめん」
「いいえ。ここ何週間の方がよっぽど胃がキリキリしましたよ。僕が言えることじゃないけど、このまま君たちが終わってしまうなら、僕は悔いしかありません」
暗闇の中でも、夏理がふふ、と笑ってくれたような気がした。
「真加くんが、少し元気になってくれたようで本当に良かった」
「…確かに少し吹っ切れたかも」
この思いさえ伝えられれば、それだけでも十分な気がした。
もう一度だけ、話がしたい。今までの気持ち全てを彼へ。
無謀だとは思うが、頭が興奮しているのか。これは諦められないと、強く思った。
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