王冠にかける恋【完結】

毬谷

文字の大きさ
上 下
29 / 42
第七章

静けさ

しおりを挟む
景の取り仕切りのおかげか、文化祭の準備はつつがなく進んでいた。
真加の役割は教室の装飾と当日のホールが割り当てられている。
「真加、今日五鳳院くん残って準備してくれるらしいんだけど、真加も来るよな?」
放課後、理人に問いかけられる。これで断るととんでもない極悪人に仕立て上げられるのでうんと頷く。
少し中華風の雰囲気にするとのことで、窓に格子の装飾をつけるらしい。
「これに色塗ればいいの?」
「そう!よろしくね」
デザインを担当した女子に絵の具を渡される。こんなところは外注せずにちゃんとやりましょう、というのが文化祭のモットーだ。
薄いアクリルの板に色を載せていく。
景の方を見るとメニュー表のデザインを女子と見ているようだ。こんな風に景はしょっちゅう人に頼られているので実際ずっと一緒に準備が出来ているわけでない。
ただ、景と同じ目的に沿って行動が出来ているという点は真加も悪くないと感じていた。
なんとなくむらにならないように塗り進める。机を除けて作った隅のスペースで真加は数人のクラスメイトと作業をしていた。
「そういえば、1Aの聞いた?映画撮るやつ」
「超本格的らしいね」
「あそこ、この前賞撮った映画監督の息子がいるしね」
文化祭がだいぶ目前に迫ってきて、他のクラスが何をやるかといった情報がだいぶんと出回っているようだ。
「主役が新さんと椿さんらしいわよ」
「えー贅沢」
何やら1年に有名人がいるらしい。真加はわざわざ会話に入って聞くほどの興味でも無かったのでただ耳を傾け続ける。椿さんと新さんはどっかの芸能人の子供か何かだろうか。
「上映はホール貸し切るみたいよ」
「へー楽しみ。…新さんってやっぱり少し五鳳院くんに似てるしね」
あれ?もしかして景と繋がりがある王族なのか?自分のアンテナの低さに我ながら引く。
もうすっかり耳はそちらの会話に夢中になっている。ただ手はひたすら動かしていると、背後から人が来た。
「真加」
振り返ると景だった。先ほどの話をしていた生徒たちはきゃ、と少し頬を赤らめて静かに作業をしはじめる。
「進んでる?」
景がかがんで隣に来る。
「なんか、ムラになるんだよ」
景は「そうか」と真加の手元を見る。そして「汚れるよ」と真加のネクタイを胸ポケットに突っ込んでくれた。
「照れるな。やめてよ」
わざとらしく胸をおさえる。景は真加に対して割と躊躇のないところがあった。
「ごめんね。ーーーあっ待って」
筆を持った手を止められる。
「もうちょっと絵の具をすくった方がいいんじゃないかな」
「え?少ない?」
「多めに取って伸ばしてみなよ」
景の助言通りに筆を広げると先ほどよりは悪くない出来になった。
「おお。さすが」
出来る人間というのは何事にも要領がいいのだ。
「てか景、メニューの方はいいの?」
「うん。決まったよ」
景はどこからか筆を調達してきてアクリル板をそそくさと塗り始める。
真加も塗りながら少し周りをちらちらと見渡した。みんな楽しく準備するのに夢中で、あまり景に関心を払っていないことを確認して(気にしているだろうが会話は聞こえないだろう距離にいるのでいいことにした)、小声で景に問いかける。
「景、新さんと椿さんって知ってる?」
「ん?1年の新と椿なら従兄妹だよ。二卵性の双子なんだ」
「えっでも1年にSクラスとか無いじゃん」
「ああ。母上の方の親族だからね。それがどうしたの?」
最近わかったが、景は蘭女王を「陛下」、美怜王妃のことを「母上」と呼んでいる。
「なんか映画撮るんだってさっき話聞いたから」
さすがに女王の方の親戚、つまり王族だったら自分の無知さに打ちひしがれたかもしれないので、少しほっとした。彼らは王族ではないので、Sクラスが無いのは納得である。
「ああ。そうなんだ」
「知らないの?」
「最近あまり会わないからね」
「従兄妹ってことは、王妃さまには兄弟がいるの?」
こんなことは天風の生徒なら知っていて当然かもしれないが、景は真加を馬鹿にしたりはしないので重ねて聞いた。
「母上の兄の子供だよ。母上の実家は輸入が中心の商社なんだけど、今そこの社長なのが母上の兄なんだ」
「はあ。すげえエリート」
あまり実に入っていない感想をこぼす。
アクリル板はだいぶ赤に染まっていた。これを切り抜いて窓側を装飾するらしい。
真加はどちらかというと色塗りよりそういった加工の方が向いているような気がした。
意外と手先の細かい作業が好きなのだ。
「新さんと景って似てるらしいよ。わかる?」
「さあ…。母上と伯父さんが似ているからね。自分ではわからないけど似ているかもしれない」
景は女王の優美な雰囲気も割と混ざっているので、そんなにそっくりではないような気がした。
どうしてもテレビで見た美怜様の少し苛烈な空気感にひっぱられて、その双子の兄妹はキツめの美人を想像してしまっている。
「興味がある?」
景が聞いた。いつもより少し声色が固くムッとしている。もしかして、嫉妬?
「そんな、景が想像している感じじゃないと思う。あの子たちが話していたから気になっただけ」
作業を終えて遠くの方できゃっきゃ盛り上がっている集団に目線を寄越す。
「そう?それならいいけど」
王子様に好かれて、そんなよそ見する人間もいないと思う。





その夜、夏理に聞いてみるとやはり有名な双子のようだった。
「策末商事の社長さんの子供ですよね。二人ともAクラスの秀才で美男美女なのでSクラスでも名前を聞きますよ」
「へえ。やっぱそうなんだ。じゃあ美怜様はすごいところのご令嬢だったんだな」
もちろん、超富裕層の出身だとは思っていたが、真加の中でその輪郭がはっきりとしてくる。
「ええ。輸入業がメインですが、超一流企業ですよ。まあ、それでもご結婚されたときは大変だったらしいですが」
「そうなの?」
「女性同士のカップルが王室ではあまり例がありませんでしたし…そもそも、女性のオメガが王位継承順の一番になることがかなりレアケースですよね」
オメガ自体、人口のわずか数パーセントという中で、そんな人が王室の直系長子として生まれてくるのは確かにかなり低い確率に思えた。
「ふうん。でも、逆はあるよな?男同士」
「そうですね。戦争時なんかは特に、王とその夫が揃って戦場に立てるわけですから、兵士たちの士気もあがるというので男のオメガを好むアルファの王がいたといいます。あ、銃が出来る前の、一兵卒の士気で戦局が左右されたような時代の話ですがね」
ベータが人口の多くを占める社会の中で、依然として異性愛が世の中の主流な訳だが、オメガとアルファは違う。同性愛が忌み嫌われる世の中ではないが、だからといってマジョリティーではなかった。
確かに、夏理の言う通り王とその夫が戦場の先頭に立って指揮をすれば、兵士たちも獅子奮迅の勢いで戦うだろう。深い話を聞いていたので考え込んでいると、沈んでいると勘違いした夏理が慌てて口を開く。
「あ、今は確かに戦争なんかありませんが、こんな時代ですし王子が誰を選ぼうが批判なんかありませんよ!」
フォローになっているかなっていないかよくわからない。
「いや…気にしてないから!ちょっと想像つかないし」
「そうですか?僕は真加くんが公務をこなす姿、想像しちゃってますよ」
「気が早くない?じゃなくて、そんなのわかんないだろ」
「あっそうですね。すみません。真加くんが策末の双子のことを聞いてくるなんて、前じゃ考えられなかったので…王室関連に興味が出てきたのかと」
さすがにそこは夏理が言う通りなので否定はしない。
「その双子、有名なんだろ?今日王子に聞いてみたけどあまり会わないとか言ってたな」
「そりゃあ、言っちゃえば外戚ですからね。策末の方は王室と強固な繋がりが欲しいでしょうが、王室は特定の者たちとそんなに親密になるのもよくないでしょうし…」
「確かに」
「王室は政治に関与しませんが、影響力はありますから」
忖度的な力が働くのなら、あまり良くないというのは疎い真加でも何となくわかる。
「まあ、距離を測りかねてるんでしょうね。双子の方はともかく」
「えっそうなの?てっきり仲良しなのかと思ってた」
「索末さんたちはたまにSクラスにいらしてましたよ。カードがないと教室に入れないはずなんですが誰かが入れちゃうみたいで」
S組の生徒たちが喜んで迎え入れてしまうのなら、相当一目置かれている2人だということが窺い知れた。
同時に、景の周りにはそういう上等な人間しかいないだろうとも思った。
景がこんなに自分の方を向いていてくれるのは、ただ半分庶民みたいな真加が物珍しいのだけかもしれない。柄にもなく少し不安を覚えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

勝ち組ブスオメガの奇妙な運命

かかし
BL
※暴力的な表現があります ※オメガバースネタですが、自己解釈とオリジナル設定の追加があります 原稿の合間に息抜きしたくて書き始めたら思ったよりも筆が乗ってしまい、息抜きを通り越してしまいました。 いつも不憫なオメガバースネタばかり書いてるから、たまには恵まれてる(当社比)なオメガバース書きたくなったんです。 運が良いとは言っていない。 4/14 蛇足以下のEXを追加しました。 9/11 大幅な加筆修正の為、一話以外を全て削除しました。 一話も修正しております。 しおりを挟んでくださった方やエールをくださった方にはご迷惑をおかけ致します! 9/21 まだ思い付かないので一旦完結としますが、思い付いたらあげるかもしれません! ありがとうございました!

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...