王冠にかける恋【完結】

毬谷

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第四章

コップのひとしずく

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その日はどうやって午後を過ごしたかあまりわからない。
ただ、部屋には帰りたくなくて、適当に時間を潰していた気がする。
あまりに遅いので夏理から心配する連絡が届いて、ようやく部屋に戻った。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
「遅かったですね」
夏理がチクリと言った。
「ちょっと寄り道してた」
校舎と寮の間に寄り道できるところなんて無い。
「…どこに行ってたんですか?心配しましたよ」
「親じゃないんだからやめてよ」
1日に2度も告白された混乱と熱い外で過ごしたせいか、頭が痛い。思考があまり回らない。
ただ、普段はここまでうるさくない夏理がよほど心配したということはわかっていた。
「同室なんだから心配したっていいでしょう。ご飯は先に食べちゃいましたよ」
「いいよ。腹減ってないし」
投げやりに答えて鞄をベッドに投げ散らした。
「…真加くん、体調が悪いんですか?」
「うん、まあそんな感じかも」
「大丈夫ですか?」
「ちょっと頭が痛いだけだから大丈夫」
「今日は早く寝た方がいいですよ…」
こんな態度を取られているのに、真加の体調を心配する夏理に心が痛んだ。
「うん。そうする」
シャワーへ向かう真加の背中に夏理が声をかける。
「食堂で軽食でももらってきましょうか?」
「…そうだな」
もはや相槌でしかない肯定とも否定とも取れない返事をして真加はシャワールームへ逃げ込んだ。


温水のおかげか少し和らいだ体になり部屋に戻ると、真加の机に少し小さめのお椀に入ったうどんが置かれていた。夏理がもらってきてくれたものだ。
「夏理ありがとう」
「いいえ。頭痛は少しマシになりましたか?」
血行の関連かはよくわからないが、締め付けられるような痛みは和らぎ、軽いだるさは残っている。
「うん。なんか熱中症だったのかも」
「今日暑かったですもんね」
まだ湯気がたったうどんは出汁の香りがして真加の食欲をそそった。
一口食べると予想通りの味だが優しい風味があり、今の真加にはちょうどいい食事だった。
そのままゆっくりうどんをすすっていると、背中から夏理が声を投げかけた。
机は背を向け合うように置いてあり、お互いの表情は見えない。
「さすがに一年ちょっと一緒にしてるんですから、様子がおかしい時くらいわかりますし心配にもなります。僕には言いたくないことですか?」
家族よりも長い時間を共に過ごしているのだ。聡い夏理なら勘付いて当然のことだった。
真加は喉がぐっと詰まったように声が出ない。
「…言えない。ごめん。自分でもどうしたらいいかよくわからなくて……言いたくないんじゃない、夏理のことそんな風に思ったことない。でも多分いつか…言えると思う」
白川さんのことだけでも言ってしまおうか迷ったが、それだけでこんな様子がおかしいことにはならないだろうと夏理にはすぐバレるだろうから、中途半端には言えなかった。
王子の件は、自分でも処理しきれなくてとにかく誰にも言えない。
「わかりました。いつでもいいので待ってます」
多分、あんまり納得してない感じで夏理が言った。
2人は背を向けたままだった。そして無言になった。夏理が一呼吸おいて立ち上がる。真加は振り返って夏理を見上げた。
「僕、自販機でポカリ買ってきます。熱中症気味なら水分取らなきゃ」
「ごめん。何から何まで」
「気にしなくていいんですよ。だいたい、去年僕が風邪をひいたとき、同じようにしてくれたじゃないですか」
「それは、同室なんだし当たり前だろ」
「ええ、まあ、そうなんですが…僕は……」
「……夏理?」
「いえ、何でもありません。…じゃ、ちょっと行ってきますね」
何かを言おうとした夏理が口をつぐみ、ドアを開けて出て行った。





戻ってきた夏理は、ペットボトルを3本ほど抱えていた。
「どうぞ。残りは冷やしておきますよ」
「ありがとう」
1本をもらい、残りの2本は夏理が冷蔵庫に入れてくれた。
うどんは量も少なめですぐに食べ終えた。
こういう時、助けてくれる誰かがいるというのはいいなと思う。
「食堂に返してくる」
「僕行きますよ」
「これくらいは大丈夫だから」
色々と片付けを済ませると、寝るのには早い時間だが体調を考えるともう寝てもいい時間になっていた。
いつもならここから机のライトをつけて勉強している夏理が「寝る」と言い出したので、真加も寝ることにした。
すっかり明かりを消して部屋が真っ暗になる。
瞼を閉じると今日の光景を脳が勝手に再生する。
右手首にくっきりとあざが残ってしまっていた。指の形がくっきりと出ていたから、夏理が気付いていたら本当に何事かと思っているだろう。
少なくとも悪く思ってはいなかった相手に、あんなふうに熱情をぶつけられて、頭は大混乱でしかない。
……でもだめだろ、俺と王子は。記念にお情けでもかけて貰えばよかったのか?
ぐわんぐわんと瞼の中であの時のハルの表情が揺れる。
あの時どんな顔をしていたか。下から見上げていたはずなのにうまく思い出せない。
ハルと景がまだ真加の中で完全に重ならない。夢かと思う反面、手首の痕を見てすぐに現実に引き戻される。今日はずっとそれの繰り返しだった。
勝手に脳がする今日の振り返りに耐えられず目を開けると、二段ベットの木の裏がただ真っ暗に広がっているだけだった。
ボーッとしているとだんだんと瞼が重くなってくるので、また目を閉じる。また頭の中がうるさくなって目を開く。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか真加は眠りについていた。






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