王冠にかける恋【完結】

毬谷

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第四章

夢にも思わない

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 始業式が終わり数日経ったある日の昼休み、真加は中庭へ向かった。
 夏休みに入る前のハルとのやりとりに思うことがあったものの、日数が経つとだんだんとあまり気にならなくなり、気が付けば足が向かっていた。
 9月になってもまだまだ夏真っ盛りといった暑さで、来週の週末に控えた納涼会もあながち季節を違えたものではなかった。
 校舎をひたすらまっすぐ進み、人気がまったくなくなったところの外に出る鉄の固い扉を押す。
 中庭に通じる屋根だけの壁がない道に出た。
「…あ、あの……!」
 背後から急に話しかけられて真加は軽く体をビクつかせた。
 驚いて振り向くと女子生徒がいた。
「えっと…?」
 手を前にしてやたらもじもじとしている。栗色の長い髪はカールされており、外国の人形のようだった。ネクタイの色からするとAクラスだろうか。
 喋ったことはないが確か同じ学年の子だったような気がする。
「今、いいですか?」
「いいよ」
 彼女は耳まで赤くなっており、こんなところで呼び止めるとは何やら重要な話に違いない。
「わ、私…!A組の白川麗ですっ」
「ああ、白川さん」
 そういえばそんな名前だった気がする。確か日本画だか茶道の有名なお家で、いかにも深層のご令嬢ちっくな見た目はDクラスにまで噂が届いてきていた。
 背は真加よりも頭ひとつ分小さい。
 もじもじしてこちらに頭頂部を見せていた白川が急に顔を上げたかと思うと、真加の目をまっすぐ見つめて声を張り上げた。
「あの……、笠間くん!ずっと好きでした……付き合いしていただけませんかっ…!」
「そ、それは……」
 今時なかなかないかなり熱烈な告白だった。咄嗟に浮かんだのは「俺オメガだし無理だよ」だった。彼女がオメガなら尚更だ。
 そもそも、Aクラスのご令嬢に婚約者がいないわけがないのだが、そのあたりは寛容なご両親なのだろうか。言われてみると優しい両親とばあやに育てられましたと言われても納得するような仕草や話し方である。
 白川はまた俯いてぎゅっとスカートを握りしめている。
 お互い、瞬間が永遠に感じたに違いない。
「白川さん。ごめん」
 真加は大きく頭を下げた。
「いまは彼女とか考えてないし、白川さんのことよく知らないしのにそれで付き合うっていうのは無責任だと思う。だからごめん」
「そっか…そうですよね……」
 白川が目に見えてしゅんと肩を下げる。真加は慌てて否定するように手を振った。
「いや、白川さんがどうこうとかじゃなくて!気持ち自体はとても、めちゃくちゃ嬉しかったよ、ありがとう」
 きっと碌に話したこともない人に告白なんて、相当の勇気がいったに違いない。それも、こんなスマホがある時代に直接言いに来ると思うと、真加はその気持ちだけでも綺麗に包み込めたらと感じた。
 にしてもどこで真加を好きになったのか、色々聞いてみたくなったけどさすがに野暮だとわかっていたのでやめた。
 真加もこれ以上何も言うことが出来ず突っ立っていると白川嬢は「すみません」とか「失礼します」とか言って去っていった。
 真加はしばらくその場から動けなくなった。あんな風に熱情をぶつけられて、少し動揺した。
 心臓をギュッと握り締められたような心地がして、今でも鼓動が忙しなく身体中に響いている。

 なんとか当初の目的を思い出して東屋の方に向かうと、ハルはいなかった。
「いつもいるのにな」
 真加が中庭へ行くと必ずと言っていいほどハルが座っていたが、今日はいなかった。
 まあそういう日もあるかと東屋のベンチに座り込む。
 日差しがきつくふりそそぎ、屋根があり東屋の中は多少はマシでも風ひとつなく蝉が鳴いている。
 すぐに脳が暑さに支配されて、ハルが来ないなら教室に戻った方がいいと判断して真加は立ち上がった。
「真加」
「うおっ」
 立ち上がって振り返るとすぐそこにハルが立っていた。普段は座って話をしているのであまり気に留めていなかったが、かなり背が高い。
「なんだ、いたのか。びっくりさせないでよ。元気だった?」
「……」
「ん?ハル?」
 ハルはぶすっと押し黙ったまま喋らない。前髪の間から瞳がほんの僅かだけ覗くが、そこからは何の感情も窺い知ることが出来ない。
 とにかく、普段と違う様子に真加は違和感を覚えた。
「……」
「どうした?」
「……真加は…」
「え?」
 薄く唇を開いてわずかにハルが言葉を発したかと思うと、そのまま真加の腕を掴んだ。
「えっマジでどうしたの?」
「……」
「って!」
 すると、引きずられるように東屋のベンチに押し倒された。硬い木の感触に体が不快感を訴える。
「…痛った!」
「真加、さっきの人誰?」
「……は?」
 思いもよらぬ言葉を投げかけられて真加は頭が真っ白になった。
 さっきの人…白川さんのことか?
 手はハルによって抑えられており起き上がることもできない。とにかく話さないとどうにもならないような気がして口を開く。
「見てたの?……A組の白川さんだけど」
「何話してた?」
「なんで?」
「何話してたか聞いてる」
 普段のハルとは違う高圧的な態度に少し怯む。
「そんなことなんでハルに言わなきゃいけないの?」
 負けじと改めて言い直すと、ハルは黙り込んだ。
「……」
「何言われたかなんかなんとなくわかってるよね?俺そんなベラベラ喋りたくないんだけど」
 ハルも見ていたなら、こんな人気のない場所で、顔を真っ赤にした女の子が何を言ったかなんて詮索しない方がいいということくらいすぐにわかるだろう。
 真加は彼女の気持ちを茶化すつもりもなかったし、誰にも言うつもりはなかった。
 ハルの方を睨み返すと、相変わらずよくわからない表情だったが、真加の手首を握りしめる力がグッと強くなった。
「ハル、痛い!離せって!」
「……教えてくれないのか」
「…本当にどうしたんだよ」
 ハルはまた黙り込んだ。
「……」
「……」
 真加はハルがどうしてこんな状態なのか、全くもってわからなかった。
 跡がつきそうなくらいきつく握り締められた手首に鈍い痛みが走る。ハルの手は夏のせいか、熱いくらいだった。
「…どうかしてる」
 長い逡巡を経て、ハルはポツリと漏らした。
「あの子が、真加に駆け寄った時、あの顔で………」
 ハルはもしかしてここに先に着いていたのか。そこに白川さんが来たから、咄嗟に隠れたのかもしれない。
「あの子は顔を真っ赤にして、真加のことが好きで好きでたまらないって瞳が…それで、あれは自分と同じだと、僕も真加のことが好きだとわかった」
「……」
 もう真加は驚きのあまり声も出せずに、ただひたすら混乱していた。
 ハルが?俺のことを?
 こんな状況だから、さすがに「友人として」の次元じゃないことはわかる。
 ただ昼休みに会えるだけの男のどこが良かったのか、どうして、彼がこんなに自分に気持ちが傾いてしまっているのか、真加には全くわからなかった。
 もしかしたらハルは、自分の気持ちの答え合わせがしたかったのかもしれない。
 だからこんなことに今なっているのか。
「真加、好きだ…好き」
 それは真加に伝えようとして紡がれたものではなく、自分でも自覚したばかりの感情を制御できずにこぼしたというのに近かった。
 その声にはとても熱がこもり、心の底からの気持ちだと素直に思った。
 それがどれだけ本気なのかを脳が知覚すると同時に、真加の溶けかけていた思考に急ブレーキがかかった。
 気持ち自体は白川さんと同じものなのに、心臓が比べ物にならないくらいドクドクと鳴っているし、脳がとにかく危険信号を発していた。
「ーーー無理だよ。俺には受け入れられない」
 自分の口から出た一言は、真加もびっくりするほど冷たい声だった。
 ハルの腕の拘束が緩んでいたので、左手を持ち上げてハルの胸元に伸ばした。
「ハル知ってる?このシャツのボタン」
 ハルは何も喋らない。
「これさ、S組だけボタンに彫りが入ってるんだよ。まあ、夏理がいるから知ってるんだけど」
 ハルの胸元に留まるボタンを爪で軽くひっかいた。
「夏休み前、ハルに会った時に気付いたけど、お前のだけボタンが違うよ」
 ハルは軽く唇を横に伸ばして口を閉ざした。
 ハルの着ているシャツのボタンは、ボタンこそ真加と同じものだったが、よく見ると桜と鳳凰の意匠が彫られている。それは、王である五鳳院家の紋章だった。S組とはまた異なるボタン。
 それに気付いたのは偶然だった。
 夏休み前最後に会った時、いつも肌を見せないハルが珍しくボタンを外していたのでついそこに目がいった。
 何かの見間違いかと思ったが、ハルに指摘されるほど凝視してそれが国王家の紋章だと気付いた。至る所で見るので、それがそうだと自分でもすぐにわかった。
 ありえないとは思ったが、ハルが王子だとすれば全てのことに納得がいった。
 そりゃ名前も言えないし個人情報を隠したがるだろうと。ハルは適当に思いついたあだ名だろう。
 声はどうだったかあまり自信がないが、口調は変えられてたから声色も若干変えていたかもしれない。
 顔はいつも隠れていて見えなかったが、髪はウィッグだろう。よくよく考えれば2人とも綺麗すぎるくらいの手をしていた。
「…隠しててごめん」
 その声は低くて威厳のある、王子の声だった。
 割とクールで静かなハルと、誰にでも人当たりがよく社交的な王子。多分、どちらも五鳳院景という人間の素なのだろう。
「いいよ別に。色々あるんだろうし」
王子だから、と声には出さずに答えたけど、ニュアンス自体は聡い人だから伝わったのかもしれない。
国民に対して王が謝ることは無い。それが真加の引いた線だった。
「そんな風に…私を遠ざけないで」
ハルの見た目で雰囲気が王子なのは少しちぐはぐに感じた。でも、本当に王子だったのだと改めて思った。
「でも、俺と景がどうにかなるなんて、ありえないだろ」
真加はゆっくりと起き上がった。ずっと握られっぱなしだった右の手首には痕がついていた。アルファという生き物は力までこんなに強いのか。
呆然とする王子を置いて真加は立ち上がる。
「ーーー真加」
王子が手を真加に伸ばそうとして、手首の痕を見てバツが悪そうに引っ込めた。
「改めて言う。私じゃだめか」
請うような声で言われて、真加も思わず胸が苦しくなる。
王子のことは、好きとか嫌いとか以前に、もはや次元が違う。それに、それにーーーーーー。
真加は喉を詰まらせながら声を紡いだ。
「無理だよ。とにかく…無理だ」
「どうして?」
なおも王子は引き下がらない。真加は困った。
「…言いたくない」
いつもハルが言っていたことだ。王子が怯んだ隙に真加は小走りでその場を立ち去る。
王子は追って来なかった。追って来れないだろうと真加もわかっていた。誰も知らない場所だから気兼ねなく2人で会えていた。
あの日、部屋に招かれたことはお付きの棗以外誰にも知られていないことがとてもラッキーなことに違いない。
彼の身の不自由さを思うと、訳もわからずたまらなく切なくなった。




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