王冠にかける恋【完結】

毬谷

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第二章

この国の頂点について

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20時前になると、真加は夏理に声をかけた。
「談話室行ってくる」
夏理は手を止めて真加の方に顔を向ける。
「いってらっしゃい」
20時からサッカーのW杯予選の中継があるため、サッカー部の部員たちと見る約束をしていた。
寮は学年ごとに居住スペースが分かれていた。談話室も同学年のものしか集まらないので気安い。
談話室には大きなテレビと革張りのソファーと低めのテーブルが並んでおり、20人くらいは入れるようになっていた。
「おー真加!」
「うっす」
談話室に入ると声をかけられ空いているソファーに腰掛けた。
今日の古典が眠かっただの担任の言い間違えが面白かっただのサッカーに関係のない話をしていると試合が始まった。
天風学園サッカー部は強豪でも弱小でも無い「まあまあ」の強さだった。部員の士気もほどほど、強い相手に当たれば一回戦敗退だし、上手くいけば三回戦、四回戦まで行く。
Sクラスの生徒はおらず、Aクラス以下の生徒たちがいた。
言わずもがな、Sクラスの生徒がいるような部活が全国強豪であることが多かった。
部活動は強制ではないので、入っていない生徒もいる。現に夏理は勉学を優先させて部活はしていなかった。
画面の中では攻防が繰り返しされ、互いに点が入らないまま前半を終え、CMに入った。
「さっきのキーパー、スーパーセーブだろ」
「なんか今日微妙だな」
「後半に浅山出てきたら変わるだろ」
「向こうの5番やばくね?」
そんな話をしていると画面が突然ニュースに切り替わった。
『ここで速報です』
「え?何?」
思わず全員がニュースに齧り付く。
画面の中のスーツを着た男性アナウンサーが喋り始めた。
『皇后美怜(みれい)様が、妊娠を発表されました』
「えええマジで!」
数人が驚きの声を上げる。
『先ほど王室より、発表がありました。皇后美怜様は、この度は体外受精により妊娠をされたとのことです。……』
ニュースは続いていたが、興奮した面々が喋り始めてニュースの声が遮られる。
「おいおいマジかよ。美怜様はアルファじゃねえの?」
「だから体外受精なんだろ?」
「それアリなの?」
この国の女王はオメガだった。名前は五鳳院 蘭(ごほういん らん)。直系長子が王位を継ぐのが基本のこの国では、オメガだからとか女性だからとかは関係なく、パートナーの性別に同性を選ぶ王も今の女王がはじめてな訳ではない。
しかし皇后がアルファ、女王がオメガであり、子供3人は今まで女王が産んでいた。
スマホを素早くスクロールしていた1人が言う。
「妊娠・出産は体が弱い女王の負担となっており、そこで、皇后様より希望があり体外受精をして妊娠に至った…。だってさ」
皆がスマホを取り出してそれぞれ調べ始める。
「美怜様って今何歳だっけ?」
「37くらいじゃね?」
「え!?!まだそんな若いの!?」
真加は驚いて大きく声をあげた。
「いや、ほら確か20歳くらいの時に王子が生まれたんだろ?」
「あ、ああ…そうか…なんか同級生に兄弟出来るっていたたまれないわ…」
にわかに騒ぎになった談話室が急に静かに落ち着く。
女同士のアルファとオメガのカップルということで、男子学生たちは下世話な妄想もよぎったが、とたんに王子のことを思い出して萎え始めた。
しかし、ニュースは手短に終わり、試合の後半戦が始まったのでその話題はすぐに真加の脳内から流れていった。


「真加くんおかえり。ニュース見ました?」
試合中継から戻ってくるなり夏理が顔を上げて言う。興奮しているのかいつもより心なしか顔が赤い。
「見た。速報流れたからマジでびっくりした」
「驚きですよねー。…美怜様の方が産むなんて」
背中合わせになっている勉強机の椅子に座る。2人が喋る場所はここか二段ベッドの上下しかない。
「王女はあまり体が強くないですし、理に適っていると言えるかもしれません」
「うーん、アルファとオメガのカップルでアルファが産むってなんかもうわけわからん」
「まあ、元々体外受精自体はありますから。相手に負担をかけたくないと言う理由で選ばれるケースはまれでしょうが…」
「そう考えると、俺らは男相手だと自分が産むしかないんだな」
元々、この国では子供を産むことができる組み合わせーーつまり、アルファとオメガであれば同性同士の結婚が認められていた。
それが、バース性に関係なく同性婚ができるように法改正されたのは女王が即位してからだ。
政治に王室は関与しないとされているものの、女王の後押しがあったことは否めないというのが夏理が教えてくれたことだった。
たまに、ただ生きていることを謳歌出来ていればそれでいいのに、将来に対して不安を覚えるのに心当たりがあった。 今日のニュースで、その不安がまた広がったような気がする。普段考えないようにしていることを無理やり開かされたような。
3ヶ月に一度、身体の生理現象として受け止めているはずの発情期がどうしようもなく不本意に感じ、抗いたくなる時がある。
オメガとしての役目を果たせなかった時、自分は社会からどのような評価を受けるのか。
誰も真加のことを責めたりなどしないし、誰かの生き方を評価する権利など無いはずなのに、底知れない不安に襲われた。
もっと自由に生きられればいいだけの話なのだ。それこそ、オメガであってもオメガやベータと結婚することが可能になって実際そうしている人もいる。
アルファとオメガで結びつけばそりゃいいのだろうが、そもそもの数が少ないので中々出会えない。
現代は男女・アルファ、ベータ、オメガという性と社会的なそれぞれの役割が複雑に絡み合いながら結びつき、一言では説明し難い様相となっている。
「ま、別にいいけど」
真加は体をそらして頭の後ろで手を組んだ。あまり考えすぎると眠れなくなりそうだ。
「サッカーはどうだったんですか?」
そういえば、と夏理が呟いた。
「引き分けだった」
「残念ですね」
「相手強かったから」
自由度のが比較的高いこの学園の寮でも、23時に一旦消灯となる。
夏理はそれでもこっそり勉強していたりするが、今日は2人大人しくそそくさとベッドに入った。
一年前にじゃんけんで決めて、二段ベッドの上が夏理、下が真加だった。
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