上 下
24 / 43
第1章 『最初の街』編

10

しおりを挟む

「───昨晩、私にが下りました。
 ……『教会には行かず、直ちに《魔王》討伐に出るように』とのことです」
「そう、か……」

 部屋に入って早々に私がそう言うと、ギルドマスターは少しホッとしたようだった。ま、自分で決めるよりは楽だもんね。
 ……余談だけど、昨日のアレを神託って言うのは間違いじゃないはず。なんせイリオスはここじゃ神様なんだし。嘘じゃない……よね?

「出来れば、今日中にはここアトラスヴィルを出たいと思ってるのですが……」
「何か問題が……?
 ───あぁ、報酬でs……いや、報酬か。了解した」

 またも敬語を使おうとしたギルドマスターを、私は無言の睨みで牽制する。……慣れてもらっちゃ、困るんだよ。


 さてさて~、報酬はーっと……あ、金貨一枚と大銀貨と銀貨五枚──日本で言うところの、十五万五千円──だ!ん?よく見たら、霊薬も一つある!

 わー、思ったより稼げたなぁ♪
 さすが、ギルドマスター預かりの依頼なだけあったね!これで、しばらくはお金に困らないかな。

「だが、変質したスライムの欠片は、俺じゃ価値が判断しきれないから本部に送ってしまってな……。
 その結果が出るまでは、報酬は保留にしてくれないか?」

 ほへ?なんぞやそれ??
 ……そんなん、依頼書にはなかったよ。だって、成功報酬はお金、追加報酬は霊薬でしょ?
 その他には、なーんも書いてなかったはず。

「お嬢、ギルド報酬のことは知らないか。
 ……無理もない。ベテランでも、滅多なことじゃ貰えないからな」


 ───ギルドマスター曰く……ってこのフレーズ前にも使ったな。


 まぁ、いっか。
 とにかく、ギルド報酬とは、特殊なアイテムの入手時や追加報酬以上の手柄を立てた冒険者に対して、ギルドから渡される報酬のことを指す、らしい。
 ちなみに通常の依頼は、依頼者から支払われる。だから、全く別物なんだって。

 で、今回の私のパターンは前者──特殊なアイテムの入手に該当する。
 何だかんだ言ってるけど、要は買い取りだ。素材によっては下手なところに買い取られると、後で問題になるからね。犯罪に使われたりとか。

 そして、私の作った──作ってしまった、とも言う──変質したスライムの欠片は、査定に時間がかかっているようだ。アイテムは質によって価値が変わるらしく、特殊なアイテムほど鑑定基準が厳しい。変質したスライムの欠片はそこまででもないんだけど、今回は数が多かったのも関係してるそうな。
 ……渡したのは、半分だけなんだけどね。

「分かりました。ギルド報酬は後日で構いませんよ。
 ……ただ、保証書ぐらいは欲しいです」
「おぅ、そりゃ勿論だ。ここに用意してあるぞ、既に」

 そう言って、ギルドマスターは一枚の紙を手渡してきた。羊皮紙より分厚くて、少し堅い。大きさも……折り紙ぐらいだ。
 どうやら、魔力で加工してあるっぽい。

「それに、お嬢の血と魔力を流してくれ。そうすれば、お嬢以外には使えん。
 これがあれば、どこのギルドでもギルド報酬が受け取れるぞ」

 あー、話が早くて助かる。
 貰える物なら貰いたいし、かといって拘束され続けるのも困るからね!

 さっそくギルドマスターから針を貰って、人差し指に小さく傷をつける。それから、紙の真ん中に、血とそこに込めた魔力を刷り込むように押し付ける。と、紙は淡く発光して、魔法陣が完成した。
 後は針に着いた血と、指の傷を【水】魔法でぱぱっと処置して……完了っ!


 報酬の件も終わったし、これで《アトラスヴィル》でやり残したことはもうないな!
 じゃ、さっさと《魔王》討伐──の、前に。

「ギルドマスター、一つお願いがあります。
 ……私のことは、公表しないでください」
「なぜだ?『勇者』、『聖女』の《使命職ロールジョブ》持ちと言っておけば、どこに行っても優遇されるのに」

 やっぱりかぁ。一応、確認しておいて正解だった。
 一般的にはそうかもだけど、こっちにも事情があるんだよね。主に……教会に目をつけられたりとかさ。邪魔されるの、嫌だし。

「───訳ありか。そう言えば、教会に行くのも拒否してたしな……。
 よし、分かった。お嬢のことは、俺の胸に仕舞っておこう」
「ありがとうございます、ギルドマスター」

 うんうん、よかった~。これでもう、何の憂いもないよ。そろそろおいとましようか、と私が腰を上げた。そのとき、

「お嬢、俺はギュミルだ」
「───はぃ?」
「俺のあざなは、《水虎すいこ》のギュミルと言う。……そう、呼んでくれ」

 ギルドマスターは、他にもいるからな。と、ギルドマスター──もとい、ギュミルさんは言った。
 えぇと……名前(正しくは、あざなだけど)呼びの許可をくれたってことは、少しは信頼してもらえた、のかな?

「お嬢───ハルア・キラ嬢の行く道に、穏やかな夜が来るように」
「……はい、ギュミルさんの上にも優しい朝日を願います」

 この世界での、別れの前の決まり文句。
 現在、この世界で唯一の神であり──主神たる《イリオスヴァスィレマ》は空に関する名前を持つ神。だから、文言に空を混ぜて言うことで、《イリオスヴァスィレマ》に祈り、加護を望むそうだ。

 本人(?)は、あまり使われなくなったと言ってたけど、ギュミルさんは知っていたみたい。……よかったね、イリオス。

 私はその場でギュミルさんに深くお辞儀すると、踵を返し、部屋を出る。
 一人で出てきた私に受付のお姉さんは、一瞬目を丸くしてた。美人の可愛らしいそんな様子に、私はほんのりと苦笑してしまった。

「行ってきますね」
「……はい、お気を付けて」

 なんでもないような、ちょっとした会釈だけをして。私はそのまま、ギルドをあとにする。


 そしてその後、一度も振り返ることなく初めての町──《アトラスヴィル》を去っていったのだ。
 ……あ、嘘です。途中でポーション飴買いました。大瓶で各五個ずつ。えへへ。





 ───冒険者ハルア・キラが、《勇聖ゆうせい月虹姫げっこうき》として名を上げた後に、この地アトラスヴィルに一つ謳われるようになる話があった。

 曰く、城壁より少し離れた場所に、ハルア・キラが初めて魔法を使った丘がある。
 当時、その丘には一面のスライムがいて、町に向かう者をことごとく阻んでいた。
 物流が滞り、困り果てた人々。そして、そこにふらりと表れた彼女。
 彼女は依頼を受けるや、すぐさま丘に氷と雷の雨を降らせ、瞬く間にスライムの群れを殲滅したのだ。
 その後、ハルア・キラは日を置かず町を後にした。
 ……大量のポーション飴だけを手に。


 以来、ハルア・キラの好物として『ポーション飴』が周知され、その有用性が認められた。
 やがて、『ポーション飴』の製法は大陸中に広まり、多くの人々の命を救っていくことになるのだ──。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

処理中です...