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そして、いよいよ訪れた決戦の日。私は、上から下までぴっちりきめて、職場に来ていた。
終業の鐘が鳴ると同時に、彼のもとへ走り込む。お昼休みのうちに、退勤後に時間を取ってほしい旨は伝えていたから、彼がいぶかしむこともなかった。また、職場の飲み会の幹事を一緒にしてくれと頼み込まれるとでも思っているのかもしれない。
夕焼けが綺麗に見える窓辺で、私は彼に頭を下げた。私がこの職場を逃げ出さずに済んだのは、彼がいてくれたお陰だったから。
「あなたのことがずっと好きでした! ごめんなさい、迷惑になることはわかっていたので言うつもりはなかったのですが、田舎に帰ることになって。だから、どうぞ伝えさせてください。一緒に働いてくれて、本当にありがとうございました。これからもどうぞお元気で!」
「……えっ、ちょっと!」
告白というか、退職の挨拶になってしまったが致し方ない。これが、今の自分でできる精一杯の告白だ。脳内で言い訳をすると、回れ右をして、そのまま私は逃げ出した。
慌てたような声が後ろから聞こえるけれど、返事を聞くなんて無理だ。緊張で心臓がつぶれてしまう。
「おい、待てっ」
「ひえっ」
このまま店長さんのいるサロンに行こうと思ったら、相手が猛ダッシュで追いかけてきた。何だこれ。めちゃくちゃ怖い。
「ぎゃー、すみません! 私なんかが気軽に声をかけたりして! どうか許してください」
「許すとか許さないとかの問題じゃない」
「ひいいい、ごめんなざい、だずげでっ」
「だから、ひとの話を聞けといつも言ってるだろうが!」
涙目で走り続けるが、彼のスピードは落ちない。むしろ、ふたりの距離は縮まっているような……。どうやら彼は、店長さんと同じくらい足が長いようなのだ。ちくしょう、コンパスの違いにどうやって挑めと!
でも、私にもまだ勝機はある。お店まであと少し。中に入ったら、そのまま鍵を閉めてしまえばいい。
「よっしゃ、勝ったぞ!」
「勝ったって、何がだ!」
「わーん、負けたー。店長さん、ごめんなさいー」
「なんだ、お前、ようやっと気づいたか?」
「へ?」
「だから、今、店長さんって呼んだだろう」
「はあ、ここは店長さんのお店なので」
「バカだバカだとは思っていたが、まだ気がつかないのか」
その言葉とともに、彼が髪をかきあげる。長い前髪の下からのぞいたのは、見慣れた麗しいかんばせ。きらきらと流れる汗が美しい。私の顔は、たぶん化粧崩れでひどいことになっていると思うけれど。
「店長さん? 私、まさか告白する相手を間違えましたか? え、練習?」
「ちげえよ。平日の昼間は、お前と同じ職場で働いてるの。夜と土日は、サロン経営」
「なんだか、昼職と夜職の掛け持ちみたいですね」
「言い方を考えろ」
「い、いはひ、いはひれふ」
頬を思いきりひっぱられ、慌てて謝る。どういうことだ、これ。まさか、もしかして。
「じゃあ、私が好きになったのは……」
「そう、俺だ」
ドヤ顔で決めポーズをしている店長さん。ちょっと、説明してください。
「ど、どうしてサロンを経営しているのに、あんな普通の仕事もしているんですか?こっちの方が儲かりますよね?」
「俺は、この顔に近寄ってくる女が苦手でな」
「でも、美容サロンをやっているんだから、見た目の大事さはご存知ですよね?」
「だからこそだ。お綺麗な面の下で、腹黒いことを考えている連中なんて見飽きたさ」
「だから、顔を隠して働いていた?」
「ああいう格好で働いていても、見下さずに接してくれる人間は貴重だからね」
「じゃあ、なんで私をお客として受け入れてくれたんですか?」
「お前のことを好きだったからだよ」
「へ」
「どんくさくて、要領が悪くて、そのくせ一生懸命で。どんなに馬鹿にされてもにこにこしていて」
「それは馬鹿にされていることに、すぐに気がつかないだけです。家に帰って、腹を立てることもあります」
「でも、仕事に来る前にまたその腹が立ったことを忘れるだろ?」
「そうですね。だから、また家に帰ってひとりで怒ってます」
「そんな、バカなお前が好きだよ」
「またバカって言いましたね!」
「何度でも言うさ。ポジティブかと思いきや結構ネガティブで、そのくせ頑張り屋。そんなお前だから、俺は好きになったんだ」
もしかしたら私は、私自身にずっと怒っていたのかもしれない。何が起きても、『こんな自分だから、適当に扱われても仕方がない』と思っていた自分に。
素敵な告白をされたその時、私のお腹がぐうと鳴った。
「このタイミングで!」
「だが、それがお前らしい」
「仕方がないじゃないですか。緊張しすぎて、朝も昼も食べられなかったんです」
「じゃあ、これから食事とするか」
「失恋パーティーじゃないですよね?」
「当然だろ、お前のご両親へ挨拶に行かないといけないんだ。その辺りの調整も一緒にするからな」
「胃が痛くなってきました」
「気合で乗り越えろ」
「無理です~」
「お前ならできるよ」
好きなひとにふさわしい自分になりたいと努力していたら、相手がその頑張りを見てくれていた。その幸せを噛み締めながら、私は大好きなひとの腕に抱きついてみた。
終業の鐘が鳴ると同時に、彼のもとへ走り込む。お昼休みのうちに、退勤後に時間を取ってほしい旨は伝えていたから、彼がいぶかしむこともなかった。また、職場の飲み会の幹事を一緒にしてくれと頼み込まれるとでも思っているのかもしれない。
夕焼けが綺麗に見える窓辺で、私は彼に頭を下げた。私がこの職場を逃げ出さずに済んだのは、彼がいてくれたお陰だったから。
「あなたのことがずっと好きでした! ごめんなさい、迷惑になることはわかっていたので言うつもりはなかったのですが、田舎に帰ることになって。だから、どうぞ伝えさせてください。一緒に働いてくれて、本当にありがとうございました。これからもどうぞお元気で!」
「……えっ、ちょっと!」
告白というか、退職の挨拶になってしまったが致し方ない。これが、今の自分でできる精一杯の告白だ。脳内で言い訳をすると、回れ右をして、そのまま私は逃げ出した。
慌てたような声が後ろから聞こえるけれど、返事を聞くなんて無理だ。緊張で心臓がつぶれてしまう。
「おい、待てっ」
「ひえっ」
このまま店長さんのいるサロンに行こうと思ったら、相手が猛ダッシュで追いかけてきた。何だこれ。めちゃくちゃ怖い。
「ぎゃー、すみません! 私なんかが気軽に声をかけたりして! どうか許してください」
「許すとか許さないとかの問題じゃない」
「ひいいい、ごめんなざい、だずげでっ」
「だから、ひとの話を聞けといつも言ってるだろうが!」
涙目で走り続けるが、彼のスピードは落ちない。むしろ、ふたりの距離は縮まっているような……。どうやら彼は、店長さんと同じくらい足が長いようなのだ。ちくしょう、コンパスの違いにどうやって挑めと!
でも、私にもまだ勝機はある。お店まであと少し。中に入ったら、そのまま鍵を閉めてしまえばいい。
「よっしゃ、勝ったぞ!」
「勝ったって、何がだ!」
「わーん、負けたー。店長さん、ごめんなさいー」
「なんだ、お前、ようやっと気づいたか?」
「へ?」
「だから、今、店長さんって呼んだだろう」
「はあ、ここは店長さんのお店なので」
「バカだバカだとは思っていたが、まだ気がつかないのか」
その言葉とともに、彼が髪をかきあげる。長い前髪の下からのぞいたのは、見慣れた麗しいかんばせ。きらきらと流れる汗が美しい。私の顔は、たぶん化粧崩れでひどいことになっていると思うけれど。
「店長さん? 私、まさか告白する相手を間違えましたか? え、練習?」
「ちげえよ。平日の昼間は、お前と同じ職場で働いてるの。夜と土日は、サロン経営」
「なんだか、昼職と夜職の掛け持ちみたいですね」
「言い方を考えろ」
「い、いはひ、いはひれふ」
頬を思いきりひっぱられ、慌てて謝る。どういうことだ、これ。まさか、もしかして。
「じゃあ、私が好きになったのは……」
「そう、俺だ」
ドヤ顔で決めポーズをしている店長さん。ちょっと、説明してください。
「ど、どうしてサロンを経営しているのに、あんな普通の仕事もしているんですか?こっちの方が儲かりますよね?」
「俺は、この顔に近寄ってくる女が苦手でな」
「でも、美容サロンをやっているんだから、見た目の大事さはご存知ですよね?」
「だからこそだ。お綺麗な面の下で、腹黒いことを考えている連中なんて見飽きたさ」
「だから、顔を隠して働いていた?」
「ああいう格好で働いていても、見下さずに接してくれる人間は貴重だからね」
「じゃあ、なんで私をお客として受け入れてくれたんですか?」
「お前のことを好きだったからだよ」
「へ」
「どんくさくて、要領が悪くて、そのくせ一生懸命で。どんなに馬鹿にされてもにこにこしていて」
「それは馬鹿にされていることに、すぐに気がつかないだけです。家に帰って、腹を立てることもあります」
「でも、仕事に来る前にまたその腹が立ったことを忘れるだろ?」
「そうですね。だから、また家に帰ってひとりで怒ってます」
「そんな、バカなお前が好きだよ」
「またバカって言いましたね!」
「何度でも言うさ。ポジティブかと思いきや結構ネガティブで、そのくせ頑張り屋。そんなお前だから、俺は好きになったんだ」
もしかしたら私は、私自身にずっと怒っていたのかもしれない。何が起きても、『こんな自分だから、適当に扱われても仕方がない』と思っていた自分に。
素敵な告白をされたその時、私のお腹がぐうと鳴った。
「このタイミングで!」
「だが、それがお前らしい」
「仕方がないじゃないですか。緊張しすぎて、朝も昼も食べられなかったんです」
「じゃあ、これから食事とするか」
「失恋パーティーじゃないですよね?」
「当然だろ、お前のご両親へ挨拶に行かないといけないんだ。その辺りの調整も一緒にするからな」
「胃が痛くなってきました」
「気合で乗り越えろ」
「無理です~」
「お前ならできるよ」
好きなひとにふさわしい自分になりたいと努力していたら、相手がその頑張りを見てくれていた。その幸せを噛み締めながら、私は大好きなひとの腕に抱きついてみた。
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