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僕を待つ君、君を迎えにくる彼、そして僕と彼の話(5)

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 今日のところはひとまずお役御免ということだな。伝票をつかんで、こっそり席を立とうとしたその時だ。

「あら、落としたわよ」

 綾乃さんが僕に声をかけた。

 財布を出した時に、ハンカチが落ちてしまったらしい。綾乃さん用の真っ白なものとは違う、今日一日使ってしわくちゃになった僕の青いハンカチ。他人なら触れることすら躊躇ちゅうちょするそれを、綾乃さんが拾い僕に差し出す。

「どうも、すみません」
「あらいやだ、どうしたの。そんな他人行儀な言い方なんかして。さあ、帰りましょう。特製シチューがわたしたちの帰りを待っているわ」

 頭を下げる僕に向かって、綾乃さんが得意げにウインクをした。

 ふたりの世界をたっぷり見せつけておいて、僕のことなんか放ったらかし。そうしてはたと気がついたかのように、時々、本来の時間軸に戻ってくるのだ、綾乃さんは。お前のことだって、ちゃんと覚えているよとでも言うかのように。

 綾乃さんは、ひどいよ。そんなんだから、いつまで経っても、僕は綾乃さんが嫌いになれない。諦められない。

 店の外に出れば、僕と祖父とそれぞれの手を繋ぎ、両手に花だと綾乃さんが軽やかに踊る。僕たちは黙ってただ歩くだけだ。綾乃さんを挟んだ、そのひとり分の距離が信じられないほど遠い。

 ハロウィンが終わったばかりだというのに、既に気分は12月。商店街を彩っているド派手なクリスマスのイルミネーションが、眩しくて仕方がない。あいている左手で目元を乱暴にぬぐう。

 僕は綾乃さんのさいわいのために、一体どうしたらいいのだろう。何が幸せかなんて、わからない。けれど、僕はこれからも綾乃さんのハンカチを拾い続けるだろう。綾乃さんがすべてを忘れてしまうその日まで。

 商店街のアーケードに遮られて、ここからは夜空なんて見えやしない。銀河鉄道にでも乗らない限りは、きっと。それでも、みんなの幸いのためにその身を燃やし続ける小さなさそりを探して、僕はいつまでも上を見続けた。
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