桜咲く終末をきみと

石河 翠

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桜咲く終末をきみと(5)

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 どこか遠くからウグイスの声が聞こえる。まだぎこちない、下手くそな鳴き方がもどかしい。

 耳を澄ませていると、さくらが僕におずおずと近づいてきた。彼女の頭を僕はゆっくりと撫でる。僕の爪先もまた、薄紅に染まっていた。きっとどこもかしこも、さくらとお揃いになっているのだろう。

「大丈夫だよ、そもそも最初から溶けてなくなっちゃうはずのものだったんだから」

 僕の手元に残っていた最後の人工物、それは携帯電話だった。もうすぐ携帯会社からもサービスを停止されてしまうガラケー。それを僕はこの期に及んで後生大事に持っていたのだ。

 とはいえ、滅多に鳴らない着信音に気がついたさくらが、一瞬で携帯を溶かしてしまったのだけれど。自分以外の人間に関心がいくことが許せないらしい彼女は、僕の関心が他へ向くたびにを溶かしてきた。そんな嫉妬をあらわにするさくらが、僕は可愛くてたまらない。

 最後の着信が、一体誰からかかってきたのか、気にならないと言っては嘘になる。それでも電話を取らなかったことで、電話の相手の可能性は無限大に広がった。

 僕は手足の力を抜く。僕の目から見える範囲はもうみんな一面薄紅色の海。宇宙から見た地球は、きっと素敵な星に見えることだろう。

「さくら、大好きだよ」

 柔らかな液体が僕を包み込んだ。温かくて気持ちの良い空間。羊水に浮かぶ赤ちゃんのように、何の心配もなく漂うことが許される場所。

 僕はあくびをひとつする。このままずっと夢を見続けることになるのか。それともすべてが薄紅うすくれないになった世界で目覚めるのか。

 彼女と一緒なら、どちらでもかまわない。だからお願い、ずっとそばにいて。

 もう何も聞こえない。この静寂のことを、ひとは幸福と呼ぶのだろう。

 おやすみ、さくら。
 
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