桜咲く終末をきみと

石河 翠

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桜咲く終末をきみと(2)

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「薬剤は撒きおえたか?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ、昼休憩にするぞ」

 鼻を刺すような酸っぱい臭いが公園中に広がる。桜の切り株を枯らすための除草剤のせいで、僕はひとり咳き込んだ。

 桜を切る。
 切り株に穴をあける。
 薬液を注ぐ。
 切り倒した桜を運ぶ。

 延々と繰り返される単純作業。

 給料をもらえるどころか、一世帯につきひとり以上の参加が義務付けられている。参加できない場合には、代理を立てるための費用を払わなければならない。つまり、町内会の草刈りと同じタイプのボランティア強制労働だ。

 じっとりと汗ばんだ上着を脱ぎ、ブルーシートに腰掛ける。商店街のひとが好意で用意してくれているお弁当に、おじさんたちが勝手に持ち込んだお酒におつまみ。まるでお花見でもしているかのよう。お弁当の煮物に舌鼓をうっていると、缶ビールが目の前につき出された。

「お疲れさま、せっかくだから一緒にどうだい。高3ならもう成人なんだろ? うん、来年からだったかな?」
「おいおい、ダメだぞ。それはセクハラじゃない、なんとかハラって言うんだ」
「18歳で成人になっても、酒やタバコは20歳からだってよ。いやあ、よくわからん法律ばっかり増えるねえ」

 僕を間に入れつつ、実のところ僕なんて必要ない会話をする気のいいおじさんたち。一仕事終えてビールを飲む彼らは、ほろ酔い気分で盛り上がっている。

 それにしても。桜は本当に世界を滅ぼすのだろうか。切り倒された桜を見つめる。みんなに愛され惜しまれながらも、処分されてゆく春を告げる花。数が多すぎるせいか、伐採前のお祓いの神事は、なんとリモートで一斉に行われたらしい。世界が滅ぶとしたら、むしろその罰当たりな行為のせいなんじゃないのかな。

「ほら、余った弁当は持って帰っていいよ。育ち盛りなんだから、ちゃんと食べなくちゃ。一人暮らし、大変だろ」
「……ありがとうございます」

 下を向いたままお礼を言って、お弁当とお茶をもらう。それから小さなつぼみがついた桜の細い枝をこっそり拾って、弁当の入ったビニールバッグの中に押し込んだ。作業が終わって家に着いたら、空いたペットボトルに枝を挿しておこう。花が咲くまでの数日間、枯れないでいてくれたら十分なのだから。

 翌朝、花の上で眠る小さな少女を見つけることになるなんて、誰が想像できただろう。
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