上 下
1 / 6

(1)

しおりを挟む
「ねえねえ、シスター。この教会に『ゴーマンレージョー』がいるって聞いたんだけど、知ってる?」
「カブトムシとか、クワガタムシの親戚かな?」
「ツチノコの友だちかも!」

 海沿いの小さな教会でシスターをしているダイアナは、近所の子どもたちから唐突に質問をされて目を瞬かせた。

「『傲慢令嬢』だなんて、みなさん難しい言葉をよく知っていますね」
「町にやってきた変な兄ちゃんに聞かれた。わざわざ王都から探しにやってきたんだって!」
「荷物、少なかったね」
「カッコよかったけど、ちょっと臭かったね」
「あと偉そうだったよね」

 よほど子どもたちには奇異に見えたらしい。旅人の情報が続々と集まっていくとともに、ダイアナの表情は徐々にくもっていく。

「まあ、そうなんですか。ちなみに『傲慢』というのは、どういう意味かわかりますか?」
「なんかすごくて、強そうなヤツってことでしょ!」
「筋肉むきむきってことでしょ!」

 子どもたちは「自分たちの考える最強のゴーマンレージョーポーズ」を、ダイアナに披露する。途中からゴリラのようにドラミングを始める少年たちが大量発生したため、慌てて答え合わせに入ることにした。

「それはもう『傲慢令嬢』というか、『巨大魔獣』か何かの間違いじゃありませんか?」
「いけ、『ゴーマンレージョー』!」
「がおー!」

 やはりわかっていないらしい。目を輝かせる子どもたちに困り顔をしつつ、ダイアナはそっと自分を指差す。

「たぶんですけれど、そのかたが捜している『傲慢令嬢』というのは私のことだと思いますよ」
「ええええええ。シスターって空を飛べるの?」
「飛べません」
「目からビームを出したりするの?」
「出しません」
「巨大化したり、炎を口から吹いたりは?」
「もちろんできません」

 子どもたちがぶうぶうと不満を垂れ始める。

「じゃあ、シスターは何ができるの?」
「みなさんに読み書きと簡単な計算を教えて、一緒に遊びつつ、畑を耕すことくらいでしょうか」
「そんなの普通のシスターじゃん! 全然、『ゴーマンレージョー』じゃないよ」
「そうですかね? みなさんと全力でかけっこをして、海辺で真剣に貝殻を拾っている『傲慢令嬢』だっているかもしれないじゃないですか」

 そう言いながら、ダイアナ自身も堪えきれずに笑いだしてしまった。それから改めて子どもたちに解説を始める。シスターたるもの、勉強に使える素材があれば何だっていかしてみせるものなのだ。それが例え自分自身の汚名であったとしても。

「『傲慢』というのは、他人を見下し、偉ぶることです。決して良い態度ではありませんから、振る舞いには気をつけましょうね」
「なあんだ。珍しい魔獣じゃないのか。それにシスターは全然偉そうにしたりしないし」
「あのひと、ホラ吹きだったんだね」
「信じて損しちゃった」
「そもそも知らないひとに子どもだけで近づくのはおすすめできません。見慣れないひとに話しかけられたら、まずは大人を呼んでください」

 一気に興味を失くした子どもたちは、今度はいい感じの棒を手にとり、探検とやらに飛び出していく。

(今さら『傲慢令嬢』に何の用があるというのでしょう)

 騒がしい声が耳に入ったのか、教会騎士が駆けつけてきた。

「ダイアナ殿、何かあっただろうか?」
「……サンディーさま。先ほど王都からこの町におみえになった方がいらっしゃるみたいなのですが、どうも訳ありのようで……」

 夏の終わりにわざわざこんな田舎町に来るなんて、厄介事にしか思えない。教会騎士は眉を寄せる。

「わかった、町の自警団にも伝えておこう」
「お願いします」

 ただ静かに、愛するひとのそばで暮らしていたい。それがダイアナのささやかな願い。けれど願いというものは、えてして叶えられないことばかりであるということもまた、彼女は身をもって理解していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

追放された令嬢は愛し子になりました。

豆狸
恋愛
「婚約破棄した上に冤罪で追放して悪かった! だが私は魅了から解放された。そなたを王妃に迎えよう。だから国へ戻ってきて助けてくれ!」 「……国王陛下が頭を下げてはいけませんわ。どうかお顔を上げてください」 「おお!」 顔を上げた元婚約者の頬に、私は全体重をかけた右の拳を叩き込んだ。 なろう様でも公開中です。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...