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 坊っちゃんに出会ったのは、もうずいぶん昔のことである。

 とある身体的な特徴から両親に捨てられていた私だが、悲壮感にくれるどころか堂々とこの伯爵邸のお庭に入り浸り、小鳥用に設置された木の実やフルーツを食べて悠々自適に暮らしていた。

 だって、最初に置いていかれた貧民街だと、ライバルが多過ぎて食べ物にありつけないんだよ。一方で、こちらは腐ってもお貴族さま。大通りのゴミ箱を漁るよりも上等な食べ物が、野性動物のために用意されているときたもんだ。

 小鳥が食べてもいいなら、私が食べてもいいだろ。そう思って入り込んでいた私は、あっさり坊っちゃんに捕まり、逆さ吊りにされた。

 まあそのときも、これだけは離すもんかとくるみをつかんだまま、威嚇してやったんだけど。

『もう、これはお庭に来る小鳥のためのものなんだよ。食いしん坊さんが来ると、小鳥が逃げちゃうじゃないか』
『もげる! 放せ!』
『まったく、悪い子だなあ。ほら、ここにいたら料理長がパイか煮込みにしちゃうよ』
『もげるから! 聞けよ、話を!』
『だから、俺にしがみつかないで……。はやくおうちに帰ってくれないかな』
『誰が好きでしがみつくか! しっぽを力いっぱい握られたら、もげるっつってんだろうが! だいたいこの姿でしっぽが切れたら、人間になったときにどこが切れると思ってんだ! 責任とってもらうからな!』

 いやあ、人間の顔って真っ青から真っ赤に変わるんだねえ、ウケる。

 もふもふ可愛いリス姿から、がらの悪い貧相な小娘に姿を変えた私を見て、坊っちゃんが気絶したのはなかなかに楽しい思い出だ。

 たかがしっぽで責任とれとかキレすぎだって?

 だってさあ、リスのしっぽって、トカゲのしっぽと違って再生しないんだよ。命の危機を感じたらわりと簡単に切れるらしいのに、どうしてくれんのさ。

 しっぽのないリスとか、不本意ながらほぼネズミ。餌にありつけなくなるどころか、害獣扱いで殺されちゃうっつーの。

 気絶した坊っちゃんが全裸の私にしがみついて離さなかったがゆえに、屋敷の中は上を下への大騒ぎになったっけ。

『ごめん、俺、ちゃんと責任とるから!』
『いや、しっぽは切れてなかったし、別にいいって』
『そういう問題じゃない!』

 最終的に宰相閣下のお耳に入った結果、ここで侍女として働くことを許された。閣下、太っ腹過ぎる。獣人――しかも先祖帰りで完全な獣に変わることができる――を受け入れてくれるなんて。

『私にいちいち構ってもいいことないですよ』
『なんでだよ、ポーラはポーラだろう。そんな風に敬語になるなんて』
『草むしりをしてきます』
『ポーラ、あげる』
『これは?』
『ヘビ避けのお守り』
『ああ、旅のお守りで売ってあるやつですね』
『ヘビが嫌う匂いのハーブが入ってるって聞いたけど、もうちょっと効果を出すために魔術と組み合わせたんだ』
『天才ですか』
『ポーラってば鈍いからさ』
『……ありがとうございます。でもさすがに侍女として雇われた以上、うっかりヘビに丸呑みにされるようなことはありませんよ』
『はあ』

 それからも坊ちゃんは、何かにつけて私にいろいろプレゼントを贈ってきた。ヘビ避けのお守りが、フクロウ避けやらキツネ避けやら、どんどん内容が濃くなってきて、お守りというレベルを越えた複合術式になっていったのにはビビったけど。

 真面目で、おかたくて、でもとっても優しい坊ちゃん。坊ちゃんの隣にいると、自分たちは対等な関係なんだって勘違いしそうになる。私なんて侍女どころか、単なるもふもふ枠でしかないのに。

 だから、自分で言い聞かせるしかないんだ。私はただのリスなんだと。
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