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(19)夫の親友は今も私が好きらしい-2

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「理沙、あなたがいなくなった人生は、とても寂しくて辛いものだったよ。酒浸りになり、不摂生がたたって命を落としたときは、ようやくあなたの元に行けるとほっとしたんだ」
「別に私は会いにきていただかなくても結構でしたが」
「三途の川を渡るのかと思いきや、不思議な空間に呼び出されてね。あなたが、この世界に転生したことを教えてもらったよ」

 誰だ、そんな余計なことをしたやつは。まあひとの生き死にや、その後の転生などに関わることができるということから考えても、上位の存在であることは間違いないだろうが、どうしてその神さまとやらはこの男にわざわざ私の行き先を教えたのか。ろくなことにならないことだけは、はっきりしていただろうに。

「まあ、参考までにどなたかお伺いしても? 私には転生する前にどなたかにお会いした記憶などありませんので」
「女神さまだよ。神殿で信仰されている、あの女神さまさ」

 この世界には複数の神が信仰されているが、この国では愛を司る女神さまが祀られている。彼はどうやら、その女神さまにお会いしたらしい。愛の女神、こんな男にまで愛を振りまき過ぎである。

「女神さまはね、命を落としたあなたと翼を持つ小さなお友だちを憐れに思い、ともにこちらの世界に運び込んだと話していたよ。今度こそ幸せな人生を歩んでほしいという加護を授けてね。さすがは僕の理沙。女神さまの視線まで奪ってしまうなんて、なんだか少し妬けてしまうな」
「あなたの理沙ではありません」
「だからわたしも、同じ世界に転生してもらえるようにお願いしたんだ。なかなか首を縦に振ってもらえなくてね、何度も土下座をしたものさ。いくつもの約束を交わすことでようやっと願いを聞き入れてもらえたんだよ」

 翼を持つ小さなお友だちって誰だ。そして、愛の女神さま、さっきは八つ当たりしてすみません。願いが叶うまで土下座し続ける男に粘着されたら、もう仕方ありませんよね。

 それにしてもこのひとは昔から変わらない。かつての夫だった頃と今も同じ。我が家に招待したときに彼が話していた内容を思い出し、嫌悪感を覚えた。夫を私から奪おうとしているのだと勘違いしていた頃よりも、ずっとずっとこの男が嫌いだ。

「ちなみに、女神さまとの約束についてお伺いしてもかまいませんか?」
「ああ、簡単なことさ。あなたが嫌がることはしない。生前、あなたを傷つけた罪を贖う。それだけだ」
「その約束を破ると、どうなるのです?」
「さあ、それについての説明はなかったはずだ。そもそも、わたしがあなたを再び傷つけるはずがないから無用の心配だろう?」

 当然だろうと言わんばかりの自信満々の微笑みが鬱陶しい。あなたは、この世界に来てもなお私の大切なものを土足で踏みにじっていくのね。けれど、かつてのように黙って傷つく私ではない。

「確かに、あなたに傷つけられることはもうありませんね」
「そうだろう?」
「だって、あなたは私にとってどうでもいいひとですもの。まあ、それでも目障りで不愉快だという感情はありますが」
「目障りで、不愉快?」
「ええ、私の夫にちょっかいを出して」
「だが、それはあなたの勘違いだ。わたしはただ、あなたに会いたくて彼に近づいただけで」
「ですから、それが非常に不愉快だというのです。あなたが夫に横恋慕しているというのが、私の勘違いだったことはよくわかりました。けれど、それでは夫は親友だと思っていた相手に踏み台にされていただけではありませんか。夫は、何よりもあなたのことを大切な友人だと思っていたのに。私は大切な夫の心を踏みにじるあなたを許しません」
「違う、そういうつもりでは」
「それに、あなた、気づいていますか」
「え?」
「あなた、まだ一言も謝っていないでしょう?」


 ***


 この男が私に話して聞かせてきたのは、かつて妻であった私が死んだ後に自分がいかに辛く寂しい思いをしてきたかというだけだ。なぜ自分が結婚しながら別の女に手を出したのか、なぜ浮気を何度も繰り返したのか、なぜ他の女からの私への嫌がらせをやめさせなかったのか。それらについての説明だってしっかり必要だろう。どうせ聞いたところで言い訳でしかないだろうとは思うけれど。

 そして罪を償うという約束でこの世界に来たのであれば、やるべきことはまず謝罪なのだ。直接的に彼が前世の私を殺したわけではないけれど、私の心を追い詰めたあげく、決定的な場面を見られてしまうような愚かな振舞いをしたことについて反省すらしていないのだろうか。そんなこともわからないまま、夫から私を譲ってもらえそうだと小躍りしているなんて。本当に救いようのないひとだ。

「す、すまない。忘れていたわけではないんだ。ようやく、あなたがわたしの元に戻ってきてくれるのだと思うと嬉しくて仕方がなくて」

 慌ててゴkbリー卿がひざまずく。美しい男が、自分のために許しを乞う。前世の私なら、きっとこの姿を見ただけで許してしまったに違いない。何せ、浮気の証拠を突きつけられながらもただひたすたら「耐える」という選択肢ばかりを選ぶほどにこの男のことを大切に想っていたのだから。だが、今の私は違う。私は理沙ではないのだ。

「顔を上げてください。昔の話です。私に謝っていただく必要などありません」
「理沙、なぜだ?」
「私が理沙ではないからです」
「何を言っている?」
「理沙ではない私に謝ってもらっても、どうしてよいかわかりません。たとえ今さら謝ってもらったところで、私が許す許さないという問題でもありません。あなたは間違いを犯し、その結果、理沙が死んでしまったという事実は覆ることがないのです。そもそも、あなたの謝罪に一体どれだけの価値があると?」
「それならなぜあなたは、『まだ一度も謝罪をしていない』などと言ったのか。わたしの謝罪など欲しくなかったというのなら、そんな無意味な要求をする必要などなかっただろう? 大丈夫、わたしは別の男と結婚していたことなど気にしないよ。巡り合うタイミングが少しばかりずれてしまったことは、あなたの罪ではないのだから」
「馬鹿じゃありませんの。ひとの話を聞かない上に、その無駄なポジティブ思考、本当にうんざりするわ。許されなくて当然という場面であっても、謝罪は必要でしょう。許されないのなら謝る意味がないなんて、あなたのしつこさに負けて転生してくださった女神さまもがっかりされているでしょうね。ああもしかしたら、あなたが同じような失敗をしなければ相手の気持ちを理解できないとお分かりになった上で、転生させてくださったのかしら」
「違う、そんな」

 崩れ落ちたゴkbリー卿の姿は、私に何の気持ちも呼び起こさない。そのことに私は少しだけ、ほっとしていた。この男はかつての私の夫だが、今の私にとっての一番大切なものではないのだ。
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