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(12)夫の生活は何かと不健康らしい−3
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転移陣を抜けると、そこは山間の温泉街だった。もうもうとそこかしこから、湯気が立ち昇っている。かつては何もない奥深い山だったのだが、聖獣である守護者さまの許可のもと開発が行われていて、今ではちょっとした街が形成されているのだ。
「ふわあ、お金の匂いがするわあ」
「ゆで卵の匂いがするね。お腹が空くね」
「お嬢さま、旦那さま、これは硫黄の匂いかと」
侍女の指摘はもちろんわかっているが、温泉そのものが貴重なこの世界では硫黄の香りはお金の香りである。何も間違ったことは言っていない。土地の開発で我が家……正確には私の実家はうはうはなのだ。最終的に夫に無尽蔵に還元されるので問題はない。
「旦那さま、転移によるめまいなどの副作用はなくって?」
「ありがとう。少しふらついたけれど、気分が悪くなることはなかったよ」
「それはようございました」
それにしても温泉に来ると、温泉饅頭が食べたくなって困る。餡子に馴染みのないこちらの世界でも、何とか普及できないものだろうか。
豆が甘いことが許せないというひとも多いようだが、どら焼きやお汁粉などではなく、北海道名物ようかんパンのような生クリームやカスタードクリームと組み合わせたデザートスタイルであれば受け入れられやすいような気がしないでもない。東の島国との交易品次第で、今後のやり方を考えたいところだ。
お金を儲ける機会は逃さない。それは私が子どもの頃からこの世界の家族に叩きこまれた生きる術なのである。
***
街の散策へ向かいたいのはやまやまだが、まずは守護者さまへのご挨拶に向かう。友人とはいえ、やはり礼儀は大切。この素晴らしい温泉街も彼女との関係あってのものなのだ。まあ、一番の本音は私の夫を見せびらかしたいだけである。うちの夫は超可愛いのだ。
守護者さまは手つかずの自然を好まれる場合も多いが、この山の守護者さまはとある事情により、街一番のお屋敷をお持ちである。王侯貴族の別荘だと言われても納得してしまいそうな屋敷に連れてこられて、夫が腰を抜かしていた。可愛い。今度、同じような別荘をプレゼントしてあげよう。
「守護者さま、お久しぶりでございます。こちらが、我が夫でございます」
「いつも妻がお世話になっております。このたびは温泉を開発する許可をいただき誠に」
「よろたん」
守護者さまは夫の挨拶を途中で遮る。そのままキラキラにデコった長い爪を見せびらかすように大きな手を組み替えた。火竜である彼女は、人間と違ってなかなか爪が生え変わらないこともあり、かなり気合の入ったネイルデザインにしているようだ。ちなみにネイルに使われているのは、小粒の宝石を粉にしたものである。
「新しいデザインですわね。とっても素敵ですわ」
「あざまる」
「今回は、夫の湯治も兼ねて遊びに参りましたの。ご覧の通り、夫は胃も弱く、線も細い状態でして。しばらく、仕事を休んでゆっくりさせていただきますわ」
「てぇてぇ」
私と火竜さまのやりとりを、夫は目を丸くして見つめている。まあ、私がかしこまった話を振るたびに相手が、「大丈夫そ?」、「優勝」などと返事をしてくるのだから、わけがわからないのだろう。その気持ちはわからないでもない。私も最初に話しかけたときに、「わらわ」だとか「汝」だとかの単語が出てくるどころか、「チルい」などと言われて正直焦ったのだから。
「ベス、守護者殿はその……何語を話していらっしゃるのだろうか」
「旦那さま、あれはギャル語ですわ」
「ギャル語……。聞いたことのない言葉だな」
「火竜さまは、この山の守護者さまであると同時に、聖なる乙女の守護者でもあるのです。隣の聖王国に、ギャル……聖なる乙女がたびたび召喚……もとい誘拐されるたびに、火竜さまが保護されています。そのため、自然と火竜さまもギャル語が身についていらっしゃるのですわ」
異世界転生がある世界だからなのか、やはり異世界召喚もわりと普通に存在する。だが、後ろ盾のない状態で召喚されれば、彼女たちは奴隷扱い一直線だ。相手のことを思いやる心に溢れつつ、物怖じしない立ち振る舞いが可能なギャルたちは、人間たちに崇め奉られる守護者さまのお気に入りだ。もともと聖女としてこの国に召喚されてくるくらいなのだから、心根の優しく魂の綺麗な少女たちであることも大きいのだろう。
「聖王国は、そのギャル族を誘拐して何をさせようというのか?」
「それなー」
「さあ、そればかりはなんとも。聖女というのが、そもそもそうやって無理やり異国から呼び出されたものなのかもしれませんし、あるいは単に召喚者の性癖という可能性もございます」
「説ある」
「そんなまさか。趣味で国をまたぐ誘拐など……」
まあ国どころか、正確に言うと次元をまたいだ誘拐なのだが。オタクに優しいギャルを求める異世界転生組が、王宮魔導士の中に紛れ込んでいるのかもしれない。あるいは、どの世界線であってもみんなオタクに優しいギャルを求めているのだろうか。
ちなみにこちらの火竜は、根っからのオカン気質でもある。保護したギャルはきちんと元の時間軸に帰してやっているし、召喚者にはキツイお仕置きをほどこしているらしい。
火竜さまの屋敷が豪邸なのも、変なことに巻き込まれてしまったギャルたちに、少しでも異世界を楽しんでもらいたいという親心によるものなのだ。
なおやせっぽちで顔色の悪い夫も、彼女から見ればもちろん保護対象である。頭から温泉に漬け込んだあげく、お腹いっぱいになるまで美味しいものを食べさせたくて仕方なくなってしまったようだ。
「いってら~」
挨拶もそこそこに、夫は火竜お勧めの滋養強壮泉へと突き落とされていた。それなら私のほうも、子宝泉にでも入ってくるとしようか。
「ふわあ、お金の匂いがするわあ」
「ゆで卵の匂いがするね。お腹が空くね」
「お嬢さま、旦那さま、これは硫黄の匂いかと」
侍女の指摘はもちろんわかっているが、温泉そのものが貴重なこの世界では硫黄の香りはお金の香りである。何も間違ったことは言っていない。土地の開発で我が家……正確には私の実家はうはうはなのだ。最終的に夫に無尽蔵に還元されるので問題はない。
「旦那さま、転移によるめまいなどの副作用はなくって?」
「ありがとう。少しふらついたけれど、気分が悪くなることはなかったよ」
「それはようございました」
それにしても温泉に来ると、温泉饅頭が食べたくなって困る。餡子に馴染みのないこちらの世界でも、何とか普及できないものだろうか。
豆が甘いことが許せないというひとも多いようだが、どら焼きやお汁粉などではなく、北海道名物ようかんパンのような生クリームやカスタードクリームと組み合わせたデザートスタイルであれば受け入れられやすいような気がしないでもない。東の島国との交易品次第で、今後のやり方を考えたいところだ。
お金を儲ける機会は逃さない。それは私が子どもの頃からこの世界の家族に叩きこまれた生きる術なのである。
***
街の散策へ向かいたいのはやまやまだが、まずは守護者さまへのご挨拶に向かう。友人とはいえ、やはり礼儀は大切。この素晴らしい温泉街も彼女との関係あってのものなのだ。まあ、一番の本音は私の夫を見せびらかしたいだけである。うちの夫は超可愛いのだ。
守護者さまは手つかずの自然を好まれる場合も多いが、この山の守護者さまはとある事情により、街一番のお屋敷をお持ちである。王侯貴族の別荘だと言われても納得してしまいそうな屋敷に連れてこられて、夫が腰を抜かしていた。可愛い。今度、同じような別荘をプレゼントしてあげよう。
「守護者さま、お久しぶりでございます。こちらが、我が夫でございます」
「いつも妻がお世話になっております。このたびは温泉を開発する許可をいただき誠に」
「よろたん」
守護者さまは夫の挨拶を途中で遮る。そのままキラキラにデコった長い爪を見せびらかすように大きな手を組み替えた。火竜である彼女は、人間と違ってなかなか爪が生え変わらないこともあり、かなり気合の入ったネイルデザインにしているようだ。ちなみにネイルに使われているのは、小粒の宝石を粉にしたものである。
「新しいデザインですわね。とっても素敵ですわ」
「あざまる」
「今回は、夫の湯治も兼ねて遊びに参りましたの。ご覧の通り、夫は胃も弱く、線も細い状態でして。しばらく、仕事を休んでゆっくりさせていただきますわ」
「てぇてぇ」
私と火竜さまのやりとりを、夫は目を丸くして見つめている。まあ、私がかしこまった話を振るたびに相手が、「大丈夫そ?」、「優勝」などと返事をしてくるのだから、わけがわからないのだろう。その気持ちはわからないでもない。私も最初に話しかけたときに、「わらわ」だとか「汝」だとかの単語が出てくるどころか、「チルい」などと言われて正直焦ったのだから。
「ベス、守護者殿はその……何語を話していらっしゃるのだろうか」
「旦那さま、あれはギャル語ですわ」
「ギャル語……。聞いたことのない言葉だな」
「火竜さまは、この山の守護者さまであると同時に、聖なる乙女の守護者でもあるのです。隣の聖王国に、ギャル……聖なる乙女がたびたび召喚……もとい誘拐されるたびに、火竜さまが保護されています。そのため、自然と火竜さまもギャル語が身についていらっしゃるのですわ」
異世界転生がある世界だからなのか、やはり異世界召喚もわりと普通に存在する。だが、後ろ盾のない状態で召喚されれば、彼女たちは奴隷扱い一直線だ。相手のことを思いやる心に溢れつつ、物怖じしない立ち振る舞いが可能なギャルたちは、人間たちに崇め奉られる守護者さまのお気に入りだ。もともと聖女としてこの国に召喚されてくるくらいなのだから、心根の優しく魂の綺麗な少女たちであることも大きいのだろう。
「聖王国は、そのギャル族を誘拐して何をさせようというのか?」
「それなー」
「さあ、そればかりはなんとも。聖女というのが、そもそもそうやって無理やり異国から呼び出されたものなのかもしれませんし、あるいは単に召喚者の性癖という可能性もございます」
「説ある」
「そんなまさか。趣味で国をまたぐ誘拐など……」
まあ国どころか、正確に言うと次元をまたいだ誘拐なのだが。オタクに優しいギャルを求める異世界転生組が、王宮魔導士の中に紛れ込んでいるのかもしれない。あるいは、どの世界線であってもみんなオタクに優しいギャルを求めているのだろうか。
ちなみにこちらの火竜は、根っからのオカン気質でもある。保護したギャルはきちんと元の時間軸に帰してやっているし、召喚者にはキツイお仕置きをほどこしているらしい。
火竜さまの屋敷が豪邸なのも、変なことに巻き込まれてしまったギャルたちに、少しでも異世界を楽しんでもらいたいという親心によるものなのだ。
なおやせっぽちで顔色の悪い夫も、彼女から見ればもちろん保護対象である。頭から温泉に漬け込んだあげく、お腹いっぱいになるまで美味しいものを食べさせたくて仕方なくなってしまったようだ。
「いってら~」
挨拶もそこそこに、夫は火竜お勧めの滋養強壮泉へと突き落とされていた。それなら私のほうも、子宝泉にでも入ってくるとしようか。
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