旦那さまが欲しければかかっていらっしゃい。愛人だろうが、妾だろうが全力でお相手してあげますわ。

石河 翠

文字の大きさ
上 下
12 / 24

(12)夫の生活は何かと不健康らしい−3

しおりを挟む
 転移陣を抜けると、そこは山間の温泉街だった。もうもうとそこかしこから、湯気が立ち昇っている。かつては何もない奥深い山だったのだが、聖獣である守護者さまの許可のもと開発が行われていて、今ではちょっとした街が形成されているのだ。

「ふわあ、お金の匂いがするわあ」
「ゆで卵の匂いがするね。お腹が空くね」
「お嬢さま、旦那さま、これは硫黄の匂いかと」

 侍女の指摘はもちろんわかっているが、温泉そのものが貴重なこの世界では硫黄の香りはお金の香りである。何も間違ったことは言っていない。土地の開発で我が家……正確には私の実家はうはうはなのだ。最終的に夫に無尽蔵に還元されるので問題はない。

「旦那さま、転移によるめまいなどの副作用はなくって?」
「ありがとう。少しふらついたけれど、気分が悪くなることはなかったよ」
「それはようございました」

 それにしても温泉に来ると、温泉饅頭が食べたくなって困る。餡子に馴染みのないこちらの世界でも、何とか普及できないものだろうか。

 豆が甘いことが許せないというひとも多いようだが、どら焼きやお汁粉などではなく、北海道名物ようかんパンのような生クリームやカスタードクリームと組み合わせたデザートスタイルであれば受け入れられやすいような気がしないでもない。東の島国との交易品次第で、今後のやり方を考えたいところだ。

 お金を儲ける機会は逃さない。それは私が子どもの頃からこの世界の家族に叩きこまれた生きる術なのである。


 ***


 街の散策へ向かいたいのはやまやまだが、まずは守護者さまへのご挨拶に向かう。友人とはいえ、やはり礼儀は大切。この素晴らしい温泉街も彼女との関係あってのものなのだ。まあ、一番の本音は私の夫を見せびらかしたいだけである。うちの夫は超可愛いのだ。

 守護者さまは手つかずの自然を好まれる場合も多いが、この山の守護者さまはとある事情により、街一番のお屋敷をお持ちである。王侯貴族の別荘だと言われても納得してしまいそうな屋敷に連れてこられて、夫が腰を抜かしていた。可愛い。今度、同じような別荘をプレゼントしてあげよう。

「守護者さま、お久しぶりでございます。こちらが、我が夫でございます」
「いつも妻がお世話になっております。このたびは温泉を開発する許可をいただき誠に」
「よろたん」

 守護者さまは夫の挨拶を途中で遮る。そのままキラキラにデコった長い爪を見せびらかすように大きな手を組み替えた。火竜である彼女は、人間と違ってなかなか爪が生え変わらないこともあり、かなり気合の入ったネイルデザインにしているようだ。ちなみにネイルに使われているのは、小粒の宝石を粉にしたものである。

「新しいデザインですわね。とっても素敵ですわ」
「あざまる」
「今回は、夫の湯治も兼ねて遊びに参りましたの。ご覧の通り、夫は胃も弱く、線も細い状態でして。しばらく、仕事を休んでゆっくりさせていただきますわ」
「てぇてぇ」

 私と火竜さまのやりとりを、夫は目を丸くして見つめている。まあ、私がかしこまった話を振るたびに相手が、「大丈夫そ?」、「優勝」などと返事をしてくるのだから、わけがわからないのだろう。その気持ちはわからないでもない。私も最初に話しかけたときに、「わらわ」だとか「汝」だとかの単語が出てくるどころか、「チルい」などと言われて正直焦ったのだから。

「ベス、守護者殿はその……何語を話していらっしゃるのだろうか」
「旦那さま、あれはギャル語ですわ」
「ギャル語……。聞いたことのない言葉だな」
「火竜さまは、この山の守護者さまであると同時に、聖なる乙女の守護者でもあるのです。隣の聖王国に、ギャル……聖なる乙女がたびたび召喚……もとい誘拐されるたびに、火竜さまが保護されています。そのため、自然と火竜さまもギャル語が身についていらっしゃるのですわ」

 異世界転生がある世界だからなのか、やはり異世界召喚もわりと普通に存在する。だが、後ろ盾のない状態で召喚されれば、彼女たちは奴隷扱い一直線だ。相手のことを思いやる心に溢れつつ、物怖じしない立ち振る舞いが可能なギャルたちは、人間たちに崇め奉られる守護者さまのお気に入りだ。もともと聖女としてこの国に召喚されてくるくらいなのだから、心根の優しく魂の綺麗な少女たちであることも大きいのだろう。

「聖王国は、そのギャル族を誘拐して何をさせようというのか?」
「それなー」
「さあ、そればかりはなんとも。聖女というのが、そもそもそうやって無理やり異国から呼び出されたものなのかもしれませんし、あるいは単に召喚者の性癖という可能性もございます」
「説ある」
「そんなまさか。趣味で国をまたぐ誘拐など……」

 まあ国どころか、正確に言うと次元をまたいだ誘拐なのだが。オタクに優しいギャルを求める異世界転生組が、王宮魔導士の中に紛れ込んでいるのかもしれない。あるいは、どの世界線であってもみんなオタクに優しいギャルを求めているのだろうか。

 ちなみにこちらの火竜は、根っからのオカン気質でもある。保護したギャルはきちんと元の時間軸に帰してやっているし、召喚者にはキツイお仕置きをほどこしているらしい。

 火竜さまの屋敷が豪邸なのも、変なことに巻き込まれてしまったギャルたちに、少しでも異世界を楽しんでもらいたいという親心によるものなのだ。

 なおやせっぽちで顔色の悪い夫も、彼女から見ればもちろん保護対象である。頭から温泉に漬け込んだあげく、お腹いっぱいになるまで美味しいものを食べさせたくて仕方なくなってしまったようだ。

「いってら~」

 挨拶もそこそこに、夫は火竜お勧めの滋養強壮泉へと突き落とされていた。それなら私のほうも、子宝泉にでも入ってくるとしようか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...