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(6)夫の親友は擬態がうまいらしい−1
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「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
我が家にやってきた夫の親友とやらを出迎え、私はにこやかに微笑んでみせた。ド派手美女なので気を抜くと妖艶になってしまいがちな私であるが、今日はあくまで幸せそうな新妻の初々しさを前面に押し出すことに注力している。
夫の親友は幸せそうな新婚オーラにあてられたのか、まぶしそうにこちらを見るばかりだ。やはり侍女のアドバイスを聞き、控えめな格好を選択したのは正解だったらしい。
『私の記憶が確かならば、新妻の清楚さはエプロンで強調されるはずなのだけれどどうかしら?』
『旦那さまとお嬢さまの場合、ご主人さまといけないメイドごっこにしか見えない上、お客さまにも誤解を招きかねないのでおやめになった方が無難かと』
『まあ、旦那さまがメイドごっこの好きな変態というだけで、尻尾を巻いて逃げるようなら、愛人としての資格などないわ。そこはむしろノリノリで、旦那さまの好みに合わせるくらいの度量がないと!』
『その辺りはわかりかねますが、ひとまず本日はわたくしが選んだおしとやか新妻コーデで我慢なさってください』
『なるほど、昼と夜のギャップが大事だということね! 確かに見るからに床上手そうな私が蠱惑的な格好をしていても、意外性にかけるものね』
そんなやり取りを経て完成した私に敵などない。こちらの思惑など知る由もないらしい夫の親友は、屈託ない笑顔で夫と盛り上がっている。せっかくの貴重な休日を、夫を狙う親友に奪われるなんて。けれど、私はこんなことには屈しない。
ちなみに見えないように玄関の両側には塩を盛っておいた。この男が帰宅するときには、塩をまいてやるとすでに心に決めている。この世界では高級品の塩を前世と同じように使えるくらいには、私の実家は金持ちなのだ。金も美貌も私の力だ。夫の親友よ、首を洗って待っているがいい。
***
夫の親友が我が家を訪ねてくることが決まったのは、あの夜会の翌日のこと。先日は体調不良のために、まともな挨拶ができなかったお詫びがしたい。ぜひ我が家に遊びに来てはいただけないだろうか。そんな手紙が私宛に届いたのである。夫の親友だというのだから、夫本人に言伝をすればいいものを、いちいち私に手紙を出してくるとはどういうつもりなのか。
やはり泥棒猫という生き物は、正妻に対して自身の存在をアピールしなくては生きていけないのだろう。前世の生活では、車のシートやベッドの下にピアスが転がっていたり、四季折々のイベントに匂わせメッセージカードつきのお菓子などが届いたりしていたが、夫の親友は正面切って勝負を挑んでくるつもりらしい。その心意気や良し。
『まあ、文香ですか』
『貴族の嗜みのひとつではあるけれど、このタイミングでこんなものを送ってこられてもね』
『確かに意味ありげに思われても仕方がないかと』
『やっぱりそうよね。つまり、あの男は旦那さまを賭けて戦うと宣戦布告をかましてきたということね!』
『……お嬢さま』
『おほほほほ、面白いわ。受けて立ってやろうじゃないの。あら、なあに?』
『……いいえ、なんでもございません』
とはいえ、ほいほいと相手の誘いに乗ってよいものか。まずはこちらに招き入れた上で、次回敵情視察に赴くべきだろう。そう結論づけた私は、夫経由で夫の親友をお茶に招待したのである。ちなみに手紙は文香こそつけなかったものの、代筆屋に任せたのかと疑われるくらい美麗に書き上げておいた。字の綺麗さは、前世から受け継いだ私の特技のひとつである。
『それにしても、お招きするにあたってどういうおもてなしにするべきかしら』
『お茶会といえば、女主人の腕の見せ所でございます。ここはお嬢さまの手腕を見せつけるべきかと』
『なるほど。それではやはり、今回もいちゃラブ新婚生活を披露ということでいきましょう。私の手によってカッコ可愛く生まれ変わった旦那さまの姿を見せつけるわ。新しい扉を開いた旦那さまを見て悔しがればよいのよ』
夫は非常に勉強熱心で真面目なのだが、美的センスがとち狂っている。正直夫が選んだものを着るくらいなら、いっそ全裸でいたほうが美しく見える自信がある程度には、彼のセンスは残念だ。
だが、本人の顔の造形自体は整っているのでそれなりの格好をさせてやるだけでずいぶんと見違えるのだ。とはいえ、泥棒猫の前に無防備に出すのは危険すぎるような気もする。トンビに油揚げをさらわれるという話になりかねないのではないだろうか。
最近ようやく心を開いてきてくれた感のある我が夫を、色男だという親友とやらにくれてやるつもりなどない。遊び人からの一途にジョブチェンジはかつての私の性癖だが、そんなもの今世で信じることは難しい。前世の夫という、何よりのダメ事例を身にしみて理解しているので。
私から夫を奪うのであれば、私が認めた相手でなければ認許さない! 気合を込める意味で、濃いめの紅茶を一息に飲み干した。
『大丈夫です。お嬢さま、きっとうまくいきますよ。何か言われたら、お嬢さましか知らない旦那さまの秘密を教えてさしあげればよろしいのです。きっと効果てきめんで、お相手は卒倒するでしょう』
『ありがとう。絶対に今日のお茶会を成功させてみせるわ』
私は侍女の手を握り返し、この負けられない戦いを制してみせると誓った。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
我が家にやってきた夫の親友とやらを出迎え、私はにこやかに微笑んでみせた。ド派手美女なので気を抜くと妖艶になってしまいがちな私であるが、今日はあくまで幸せそうな新妻の初々しさを前面に押し出すことに注力している。
夫の親友は幸せそうな新婚オーラにあてられたのか、まぶしそうにこちらを見るばかりだ。やはり侍女のアドバイスを聞き、控えめな格好を選択したのは正解だったらしい。
『私の記憶が確かならば、新妻の清楚さはエプロンで強調されるはずなのだけれどどうかしら?』
『旦那さまとお嬢さまの場合、ご主人さまといけないメイドごっこにしか見えない上、お客さまにも誤解を招きかねないのでおやめになった方が無難かと』
『まあ、旦那さまがメイドごっこの好きな変態というだけで、尻尾を巻いて逃げるようなら、愛人としての資格などないわ。そこはむしろノリノリで、旦那さまの好みに合わせるくらいの度量がないと!』
『その辺りはわかりかねますが、ひとまず本日はわたくしが選んだおしとやか新妻コーデで我慢なさってください』
『なるほど、昼と夜のギャップが大事だということね! 確かに見るからに床上手そうな私が蠱惑的な格好をしていても、意外性にかけるものね』
そんなやり取りを経て完成した私に敵などない。こちらの思惑など知る由もないらしい夫の親友は、屈託ない笑顔で夫と盛り上がっている。せっかくの貴重な休日を、夫を狙う親友に奪われるなんて。けれど、私はこんなことには屈しない。
ちなみに見えないように玄関の両側には塩を盛っておいた。この男が帰宅するときには、塩をまいてやるとすでに心に決めている。この世界では高級品の塩を前世と同じように使えるくらいには、私の実家は金持ちなのだ。金も美貌も私の力だ。夫の親友よ、首を洗って待っているがいい。
***
夫の親友が我が家を訪ねてくることが決まったのは、あの夜会の翌日のこと。先日は体調不良のために、まともな挨拶ができなかったお詫びがしたい。ぜひ我が家に遊びに来てはいただけないだろうか。そんな手紙が私宛に届いたのである。夫の親友だというのだから、夫本人に言伝をすればいいものを、いちいち私に手紙を出してくるとはどういうつもりなのか。
やはり泥棒猫という生き物は、正妻に対して自身の存在をアピールしなくては生きていけないのだろう。前世の生活では、車のシートやベッドの下にピアスが転がっていたり、四季折々のイベントに匂わせメッセージカードつきのお菓子などが届いたりしていたが、夫の親友は正面切って勝負を挑んでくるつもりらしい。その心意気や良し。
『まあ、文香ですか』
『貴族の嗜みのひとつではあるけれど、このタイミングでこんなものを送ってこられてもね』
『確かに意味ありげに思われても仕方がないかと』
『やっぱりそうよね。つまり、あの男は旦那さまを賭けて戦うと宣戦布告をかましてきたということね!』
『……お嬢さま』
『おほほほほ、面白いわ。受けて立ってやろうじゃないの。あら、なあに?』
『……いいえ、なんでもございません』
とはいえ、ほいほいと相手の誘いに乗ってよいものか。まずはこちらに招き入れた上で、次回敵情視察に赴くべきだろう。そう結論づけた私は、夫経由で夫の親友をお茶に招待したのである。ちなみに手紙は文香こそつけなかったものの、代筆屋に任せたのかと疑われるくらい美麗に書き上げておいた。字の綺麗さは、前世から受け継いだ私の特技のひとつである。
『それにしても、お招きするにあたってどういうおもてなしにするべきかしら』
『お茶会といえば、女主人の腕の見せ所でございます。ここはお嬢さまの手腕を見せつけるべきかと』
『なるほど。それではやはり、今回もいちゃラブ新婚生活を披露ということでいきましょう。私の手によってカッコ可愛く生まれ変わった旦那さまの姿を見せつけるわ。新しい扉を開いた旦那さまを見て悔しがればよいのよ』
夫は非常に勉強熱心で真面目なのだが、美的センスがとち狂っている。正直夫が選んだものを着るくらいなら、いっそ全裸でいたほうが美しく見える自信がある程度には、彼のセンスは残念だ。
だが、本人の顔の造形自体は整っているのでそれなりの格好をさせてやるだけでずいぶんと見違えるのだ。とはいえ、泥棒猫の前に無防備に出すのは危険すぎるような気もする。トンビに油揚げをさらわれるという話になりかねないのではないだろうか。
最近ようやく心を開いてきてくれた感のある我が夫を、色男だという親友とやらにくれてやるつもりなどない。遊び人からの一途にジョブチェンジはかつての私の性癖だが、そんなもの今世で信じることは難しい。前世の夫という、何よりのダメ事例を身にしみて理解しているので。
私から夫を奪うのであれば、私が認めた相手でなければ認許さない! 気合を込める意味で、濃いめの紅茶を一息に飲み干した。
『大丈夫です。お嬢さま、きっとうまくいきますよ。何か言われたら、お嬢さましか知らない旦那さまの秘密を教えてさしあげればよろしいのです。きっと効果てきめんで、お相手は卒倒するでしょう』
『ありがとう。絶対に今日のお茶会を成功させてみせるわ』
私は侍女の手を握り返し、この負けられない戦いを制してみせると誓った。
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