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 テレホンカードの束を悠人が私に手渡してきた。

「それでは、まずカードをしっかりと切ってください」
「はい……よいしょっと、あ、やっぱり何枚か落ちちゃった。これ、テーブルに広げてから混ぜてもいい?」

 必殺初心者シャッフル!
 見た目はカッコ悪いけれど、簡単にしかもまんべんなくカードを混ぜられるから便利なんだよね。

「大丈夫だよ、俺がやるから」
「悠人はカードを切るのが昔からうまいよねえ」
「そう?」
「うん、マジシャンみたいでカッコいい」

 悠人がはにかむ。少しだけ耳が赤くなっているのを見て驚いた。変なの。学校でファンの女の子たちにいつもカッコいいって騒がれていても、冷静な顔をしているのに。

「今日は、ばばばばーって音をたてながら混ぜる派手なやつはやらないの? あれ、好きなんだよね」
「ああ、リフルシャッフルのことね。あれは、カードが曲がっちゃうから。でも、理沙ちゃんが見たいのなら」
「テレホンカードが換金不可になるのは良くないと思います!」

 いろんな度数のカードが無作為に混じっているとはいえ、金額を想像したら叫びたくなった。現金にかえなくても、電話代に充てることもできるって聞いたことがあるし、折り曲げ厳禁でお願いします。

「でも、嬉しいな。カードのシャッフルは、理沙ちゃんにカッコいいって思われたくて練習したからさ」

 ストレートな言葉に、私は顔が熱くなる。こういうことを簡単に言うから、イケメンは危険なんだよな。落ち着こうとゆっくり深呼吸をして、シャッフルされるカードだけを見つめた。

 よく混ざったカードをとんとんとひとまとめにした悠人は、今度は私にカードを5枚取るように指示してきた。

「受け取ったカードにおかしなところがないか確かめたら、1枚ずつ表に返してね」
「テレホンカードに不審なところがあったら、事案だからね。それ偽造テレホンカードってやつだから」

 私は言われた通り、適当に選んだテレホンカードの絵柄を確かめることにした。

 1枚目は、2匹の柴犬の写真だ。ころころとした子犬というのが、またポイントが高い。

「柴犬可愛いね」
「理沙ちゃんは犬派だよね」
「うーん、猫も好きだけれどね。でもやっぱり家にも柴犬の豆太がいるし、やっぱり犬派かなあ」
「豆太、元気にしてる?」
「うん。よかったら、今度豆太と一緒に遊ぶ?」
「やった!」

 ガッツポーズをする悠人を見て、私はなんだか懐かしくなった。そういえば、小学生の頃はふたりで豆太の散歩をしていたんだっけ。

「はい、次はこれ」

 2枚目は、魔法使い姿のネズミが印象的なとあるテーマパークのもの。

「そういや、小さい頃はよく二家族で一緒に行ったよね」
「そうそう、買ったばかりのアイスクリームを落として俺がへこんでいたら、理沙ちゃんが半分分けてくれたり」
「そうだっけ? 私がパレードの最中に迷子になりかけたのを、悠人が見つけてくれたのは覚えているよ」
「暗い中を、全然違う方向に向かって歩いていたからびっくりしたよ」
「迷子センターに行こうと思ったんだ」
「行動力のある迷子はヤバい」

 まったく、失礼だな。

 3枚目の絵柄は、京都の金閣寺。

「なんか、えらい渋いねえ」
「でもまあ、ご当地テレカって昔はメジャーだったみたいだよ」
「そういや、小学校の修学旅行も京都だったよね」
「理沙ちゃんが、金閣寺に行こうとしてなぜか銀閣寺に到着した伝説のアレね」
「いや、あれはバスがおかしいんだよ。ちゃんと確認して乗ったのに変なところに着いちゃってさ。私がリーダーだったのに、班のみんなには申し訳なかった……」
「まあ、結局タクシーに乗って観光できたわけだし」
「ごめんなさい」
「いいよ、理沙ちゃんのおかげで俺たちすごく楽しかったからさ」

 悠人は昔からこうだった。誰かが失敗しても責めたりしないで、良かったことや楽しかったことをたくさん褒めてくれる。だから、悠人がみんなの人気者になっちゃうのは当たり前のことなんだよね。

 さて、お次は4枚目。出てきたのは、椿の花だ。

「雪椿って書いてあるね」
「新潟県の木とも書いてあるね。県花ってことかな」
「新潟って、悠人のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいるところだよね。前に雪だるまをお土産にしてくれたの、嬉しかったな」
「こっちに帰ってくる頃には、ものすごく小さい雪の玉になってたけどね」
「いやいや、気持ちがこもってたよ」
「確かに、大好きって気持ちを詰めたからね」

 ナチュラルに「大好き」だなんて言われて、私は顔が熱くなった。まあ、所詮は小学生の話だしね。勘違いしてのは嫌だし、流しちゃおう。

「つ、次で最後だよ」

 5枚目のテレホンカードを前に、悠人は何も言わなかった。今までとは全然違う真面目な顔で、私を見つめてくる。何を考えているのかちっともわからなくて、私は急いで5枚目のカードをめくった。

 出てきたのは、ピンク色のウエディングドレスを着た花嫁さん。すごく素敵な笑顔だけれど、モデルさんとは少し違うように見える。横にいる花婿さんといい、言い方が悪いのだけれどすごく普通な感じ。

「これ、どこかの結婚式場の宣伝用かな?」
「いや、じいちゃんが勤めていた会社のお偉いさんのお嬢さんらしい。結婚式の引き出物に、自分達の結婚写真でテレホンカードを作ったんだって」

 その昔、結婚式を挙げた新郎新婦の名前入りの大皿が流行ったって聞いたことがあるけれど、こういうバージョンもあるのか! 思わず感心して見入っていると、悠人に尋ねられた。

「イタいとか思ってる?」
「うーん、どうかな。ちょっとびっくりしたけれど、こういう記念品を作って配りたいくらい、幸せだったんだろうね」

 それだけ相手のことを好きだと思えるなんて、羨ましい。それが今の私の正直な気持ちかもしれない。

「そうだね。じいちゃんは、『このテレホンカードに穴をあけるなんて縁起が悪い!』とか言ってて、結局未使用なんだけどね」
「まあ、名前入り大皿と違って場所を取らないだけマシかな? うっかり落として割ってしまう心配もないし」
「俺は、理沙ちゃんと俺の名前入りの大皿なら毎日でも使いたいけど」
「やめてよ。そうやってさっきから私のことをからかうの。全然、そんなこと思ってもいないのに!」

 とうとう耐えられなくなって、私にしては強い口調で悠人を責めてしまった。悠人は怒らずに、私の手に自分の手を重ねてくる。

「鍵のありかを占う前に、教えてほしいことがあるんだ。どうして理沙ちゃんは、突然俺を避けるようになったの? 今日しゃべってみてわかったけれど、俺のことが嫌いとか怖いってわけじゃないよね?」

 その言葉に私は胸がぎゅっと痛くなり、唇を噛み締めた。
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