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「嘘でしょ……」
学校から帰ってきた私は、玄関の前で鍵を取り出そうとして固まった。鍵が、ない……。
電車に乗っている時にはポケットの中にあった。定期を取り出すときに確かめたのだから。まさか、駅を出るときに落としたのだろうか?
母の声が脳内をよぎる。
――今日の帰りは遅くなるからね。お金は置いとくから、好きなものを適当に買って食べなさい。大丈夫だと思うけど、鍵は絶対に落とさないように。万が一失くしたりしたら、玄関の鍵自体を交換するから。もちろんその場合、あんたの小遣いからさっぴくからね――
「ダメだ……。詰んだかも……」
「どうかした?」
突然声をかけられて、私は思わず飛び上がる。振り返った先には、同級生がひとり。学校でもカッコいいと評判のイケメンだ。ありふれた制服がオーダーメイドのように似合っている。
「いや、鍵をなくしたっぽくて」
こんな美少年がわざわざ声をかけてくる理由はただひとつ。家が隣同士の幼馴染だから。まあ、小学校を卒業して以来、ろくに会話もしていない相手を幼馴染って呼んでもいいのならって話だけどね!
「探すの手伝うよ。立ち話もなんだし、とりあえずうちにおいで」
「いや、でも、いきなり悪いし」
「大丈夫、今日はみんな出かけてる」
ただの隣人にすら優しく接してくれるとは。さすがカースト上位は、心に余裕がありますね。ちょっとひがみっぽくなってしまうのは、相手が遠い存在になってしまったからかもしれない。昔は下の名前で呼びあっていたもんだけどなあ。
懐かしさに浸っていても仕方がない。実際このままではどうしようもないわけで、私はお言葉に甘えてお邪魔することにした。
「お、おじゃまします」
「やだなあ、理沙ちゃんったら。そんな他人行儀になっちゃって」
突然の名前呼びに、私はひとり挙動不審になる。確かにさっき、ちらっと考えたよ。でもさ、こういうのは心臓に悪いんだってば。
「ついこの間まで、しょっちゅううちに来てただろう。最近、全然顔を見せてくれなかったから寂しかったんだよ。おやつ持ってくるから、そこのソファーにでも座ってて」
思った以上に歓迎されて、微妙に私は恥ずかしい。理沙ちゃんなんて呼ばれたの、いつぶりだっけ。落ち着かないままソファーに座り視線をさ迷わせていると、目の前にケーキが差し出された。
「はい、どうぞ。お腹が空いていると、悪い方向にばかり考えちゃうからね。まずは美味しいものを食べて落ち着こう。あれ、理沙ちゃん、どうしたの? イチゴのショートケーキ、好きだったでしょう?」
「う、うん。ありがとう」
私の好きなもの、ちゃんと覚えていてくれたんだ。それがなんだか地味に嬉しい。ちらりと横目で悠人を見れば、訳知り顔で頷かれた。
「俺のケーキにのっているイチゴも、ちゃんと理沙ちゃんにあげるから」
「もう、小学生じゃないんだし。悠人のぶんまで食べたりしないってば!」
「理沙ちゃん……」
しまった。つい気が緩んで、昔のように「悠人」なんて呼んでしまった。いくら私が悪いとはいえ、面と向かって「キモい」とか「幼馴染気取り」なんて言われるのは辛い。謝るから、それだけは勘弁して。
「ご、ごめ……」
「久しぶりに、ちゃんと名前を呼んでくれたね!」
「え?」
「昔はいつでも一緒だったのに、最近の理沙ちゃんは俺を置いて登下校しちゃうし、クラスでも俺が近づくと嫌そうな顔をするだろ。全然話せなくて、寂しかったんだ」
いやいや、学年人気ナンバーワンの男子と、学校で気軽に会話とかできるわけないじゃん。女子の嫉妬って怖いんだよ。
「あ、理沙ちゃん、頬にクリームがついてるよ」
「え、どこ?」
「じっとしてて。とってあげる」
いやいや、近い、近い。こんな密接したパーソナルスペースが許されるのは、満員電車の中くらいだから。至近距離で見た悠人の笑顔は破壊力満点で、思わず胸がドキドキする。
「ど、どうやって鍵を探したらいいと思う?」
私の必死の質問に、悠人はさらに笑顔を輝かせた。
「占いだよ!」
「まずやるべきことは、近くの交番や駅に落とし物として届いていないかの確認じゃないの?」
「じゃーん、これを見て!」
「話を聞いて。って、何これ」
悠人が高々と手に掲げていたのは、テレホンカード。すごい、実物を見たのなんて初めてだよ。こんなものがトランプ並に大量にそろっているってどういうこと?
「じいちゃんがね、昔集めてたんだって。いつかテレビの鑑定番組に出て、オープンザプライスってやってもらうことが夢だったらしい」
「現実は?」
「町の金券ショップに持ち込んだら、それぞれの度数の3割程度でなら引き取ってくれるって」
「まさかの額面割れ!」
「高値で取引されるようなレアなカードは、限られているからね」
世の中は厳しいということが私にもわかった。でもね、テレホンカードで占いをするとか聞いたことないから。
「まあ、ちょっと試してみてよ」
どこからそんな自信がわくのか、悠人は私に向かって片目をつぶってみせた。
学校から帰ってきた私は、玄関の前で鍵を取り出そうとして固まった。鍵が、ない……。
電車に乗っている時にはポケットの中にあった。定期を取り出すときに確かめたのだから。まさか、駅を出るときに落としたのだろうか?
母の声が脳内をよぎる。
――今日の帰りは遅くなるからね。お金は置いとくから、好きなものを適当に買って食べなさい。大丈夫だと思うけど、鍵は絶対に落とさないように。万が一失くしたりしたら、玄関の鍵自体を交換するから。もちろんその場合、あんたの小遣いからさっぴくからね――
「ダメだ……。詰んだかも……」
「どうかした?」
突然声をかけられて、私は思わず飛び上がる。振り返った先には、同級生がひとり。学校でもカッコいいと評判のイケメンだ。ありふれた制服がオーダーメイドのように似合っている。
「いや、鍵をなくしたっぽくて」
こんな美少年がわざわざ声をかけてくる理由はただひとつ。家が隣同士の幼馴染だから。まあ、小学校を卒業して以来、ろくに会話もしていない相手を幼馴染って呼んでもいいのならって話だけどね!
「探すの手伝うよ。立ち話もなんだし、とりあえずうちにおいで」
「いや、でも、いきなり悪いし」
「大丈夫、今日はみんな出かけてる」
ただの隣人にすら優しく接してくれるとは。さすがカースト上位は、心に余裕がありますね。ちょっとひがみっぽくなってしまうのは、相手が遠い存在になってしまったからかもしれない。昔は下の名前で呼びあっていたもんだけどなあ。
懐かしさに浸っていても仕方がない。実際このままではどうしようもないわけで、私はお言葉に甘えてお邪魔することにした。
「お、おじゃまします」
「やだなあ、理沙ちゃんったら。そんな他人行儀になっちゃって」
突然の名前呼びに、私はひとり挙動不審になる。確かにさっき、ちらっと考えたよ。でもさ、こういうのは心臓に悪いんだってば。
「ついこの間まで、しょっちゅううちに来てただろう。最近、全然顔を見せてくれなかったから寂しかったんだよ。おやつ持ってくるから、そこのソファーにでも座ってて」
思った以上に歓迎されて、微妙に私は恥ずかしい。理沙ちゃんなんて呼ばれたの、いつぶりだっけ。落ち着かないままソファーに座り視線をさ迷わせていると、目の前にケーキが差し出された。
「はい、どうぞ。お腹が空いていると、悪い方向にばかり考えちゃうからね。まずは美味しいものを食べて落ち着こう。あれ、理沙ちゃん、どうしたの? イチゴのショートケーキ、好きだったでしょう?」
「う、うん。ありがとう」
私の好きなもの、ちゃんと覚えていてくれたんだ。それがなんだか地味に嬉しい。ちらりと横目で悠人を見れば、訳知り顔で頷かれた。
「俺のケーキにのっているイチゴも、ちゃんと理沙ちゃんにあげるから」
「もう、小学生じゃないんだし。悠人のぶんまで食べたりしないってば!」
「理沙ちゃん……」
しまった。つい気が緩んで、昔のように「悠人」なんて呼んでしまった。いくら私が悪いとはいえ、面と向かって「キモい」とか「幼馴染気取り」なんて言われるのは辛い。謝るから、それだけは勘弁して。
「ご、ごめ……」
「久しぶりに、ちゃんと名前を呼んでくれたね!」
「え?」
「昔はいつでも一緒だったのに、最近の理沙ちゃんは俺を置いて登下校しちゃうし、クラスでも俺が近づくと嫌そうな顔をするだろ。全然話せなくて、寂しかったんだ」
いやいや、学年人気ナンバーワンの男子と、学校で気軽に会話とかできるわけないじゃん。女子の嫉妬って怖いんだよ。
「あ、理沙ちゃん、頬にクリームがついてるよ」
「え、どこ?」
「じっとしてて。とってあげる」
いやいや、近い、近い。こんな密接したパーソナルスペースが許されるのは、満員電車の中くらいだから。至近距離で見た悠人の笑顔は破壊力満点で、思わず胸がドキドキする。
「ど、どうやって鍵を探したらいいと思う?」
私の必死の質問に、悠人はさらに笑顔を輝かせた。
「占いだよ!」
「まずやるべきことは、近くの交番や駅に落とし物として届いていないかの確認じゃないの?」
「じゃーん、これを見て!」
「話を聞いて。って、何これ」
悠人が高々と手に掲げていたのは、テレホンカード。すごい、実物を見たのなんて初めてだよ。こんなものがトランプ並に大量にそろっているってどういうこと?
「じいちゃんがね、昔集めてたんだって。いつかテレビの鑑定番組に出て、オープンザプライスってやってもらうことが夢だったらしい」
「現実は?」
「町の金券ショップに持ち込んだら、それぞれの度数の3割程度でなら引き取ってくれるって」
「まさかの額面割れ!」
「高値で取引されるようなレアなカードは、限られているからね」
世の中は厳しいということが私にもわかった。でもね、テレホンカードで占いをするとか聞いたことないから。
「まあ、ちょっと試してみてよ」
どこからそんな自信がわくのか、悠人は私に向かって片目をつぶってみせた。
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