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魔術師ダミアンの事情(3)

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 突然現れたリリスは、いつの間にかダミアンの暮らしにすっかり馴染んでしまった。

『おはよう、ダミアン。よく眠れた?』
『さあ。召し上がれ。今日のご飯は、ダミアンの好きなものがいっぱいよ』
『いってらっしゃい。あんまり森の奥まで行っちゃダメよ』
『おかえりなさい。まあ、泥だらけ。さあ、お風呂に入らなきゃね』
『大丈夫? 怪我はない?』
『大好きよ、ダミアン』
『おやすみなさい。よい夢を』

 昔のダミアンなら、他人が自分の生活にかかわることすら許せなかったはずだ。おはようから、おやすみまで。常に自分の隣にリリスがいることを過去の自分に伝えても、きっと信じはしないだろう。

 あるいは、そんな腑抜けた自分に怒りを抱きなんとか未来に干渉して、リリスの存在を消し去ろうとしたかもしれない。それくらいには不安定な状態であったことを、初めてダミアンは認識した。

 リリスが知っている魔術師ダミアンの伝説は、おおむね事実に近い。倫理観とともに、執着が薄かったとでも言えばよいのか。

 あの頃のダミアンにとって、食事もまた生命維持に必要な行為でしかなかった。食べなくては餓死してしまうから定期的に摂取していただけで、食事以外に肉体を維持する方法があれば喜んでそちらを選択したに違いない。

 それがどうだ、今ではリリスの起床が遅ければ、自分から起こしに行くほど彼女に依存している。それは果たして、リリスの食事が美味しいからという理由だけなのだろうか。

 リリスはダミアンに媚びることもなければ、上から目線で語ることもない。けれど確かに彼女は、自分を大切にしてくれている。それは不思議な感覚だった。生まれたときから強大すぎる魔力を持っていたダミアンは、恐れられこそすれ、庇護すべき子どもとして扱われたことはなかったから。

 リリスのそばは心地よかった。ついうっかり、もうしばらく「歳」が返ってこなくても構わないのではいかと考えるくらいには。

「いやあ、でも本当に良かったです。これで最悪の事態は避けられますね!」
「最悪の事態?」
「そうですよ。聖女さまは、ずっと心配してらっしゃったんです。あなたが道を踏み外して、魔王になるのではないかと」
「ほほう」

 とはいえである。この状況を聖女は喜んでいるのだろうと思うと、やはりどうにも忌々しい。

 聖女は、確かにダミアンの心のあり方を危惧していた。ダミアン自身について、魔王の再来かのように大袈裟に語られたことも一度や二度の話ではない。

「誰が『魔王』になんてなるか。面倒くさい」
「あのですね、普通は『面倒だから魔王にならない』とか言いませんからね!」

 ダミアンにしてみれば、世界が滅ぶなら滅んでも別に構わないのだが。まあそんなことを言ってしまうから、反省が見られないと「歳」を奪われたことを思い出し、ダミアンは小さく舌打ちする。目の前の御用聞きが小さく震えていることは、無視することにした。
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