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男爵令嬢リリスの事情(4)

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「ねぼすけ魔女、やっと起きたか。もう夕方だぞ」

 目が覚めると、ふてくされた顔のダミアンが枕元に立っていた。「ちょっと待ってね」と頼んでも、普段なら5分も待てないダミアンが、夕方までリリスを寝かせてくれたらしい。

「おかげさまで、だいぶ体が楽になったわ」
「さっき雑貨屋が来た。リリスが寝込んでいると伝えたら、魔女も病気になるのかと首をひねっていたな」
「だから、魔女じゃないって言ってるでしょ」

 ダミアンのような子どもから見れば、歳をとった女性はみな魔女のようなものなのかもしれないが、雑貨屋の御用聞きにまでそう呼ばれているとは。頭痛を覚えながら体を起こせば、ふわりと良い匂いが鼻をくすぐった。

「雑貨屋が、体調が万全でないときほど栄養をとったほうがいいと言っていたからな。別に、食べたくなければ食べなくたっていい。俺が自分で全部食べる」
「ダミアンがスープを作ってくれるなんて嬉しいわ。火の扱いは教えていたけれど、困らなかったかしら」

 ぷいっとそっぽを向きながら、褒めてほしくて仕方がないらしく口元が緩んでいる。子どもらしいその仕草に思わず目尻が下がった。

「俺は、天才ダミアンさまだ。本来なら、火魔法くらいお手の物なのだ。だが、雑貨屋が手伝いたがったから、少しばかり手伝わせてやった。俺の助手を務められたのだ、子々孫々まで誇って良いだろう」
「今度お会いしたら、お礼をしないとね」
「むしろ、お前が俺にもっと礼を言うべきだろう?」
「そうね。本当に助かったわ。ありがとう」

 そのままゆっくりと体を起こしたリリスが見たものは、魔物の襲撃にでもあったかのようなハチャメチャな部屋の中だった。子どもにお手伝いをしてもらうと手間が倍以上に増える。口に出してはならないこの世の真実である。

「ここまで盛大に汚せるとは、なかなかに才能があるわ」
「まったくもって不思議だ。マンドラゴラでもここまで暴れないというのに、ただのトマトが爆発なんてするのだから」
「ダミアン、料理っていうのはごちそうさまの後、つまり片付けまでが料理だと言われたことはない?」
「俺は魔術師見習いだった頃から、掃除なんてやったことはないが?」

 無駄に胸をはるダミアン。どうやら、伝説の男は汚部屋の持ち主だったらしい。せめて子どもの情操教育にふさわしいように、綺麗好きであってほしかった。肩を落としたリリスに、慌ててダミアンが言い募る。

「だが、薬はよく効いただろう!」
「薬……ああ、ハーブティーのことね。ええ、びっくりするくらい腰の痛みがひいたわ」

 寝る前に口にしたお茶のことだろうか。

「ふふん、そうだろう。あれは、ダミアンさま特製のエリクサーなのだ。明日にでも体は元に戻っているはずだ。とはいえ、念のため今日はゆっくりしておくといい」
「優しいのね、ダミアンは」
「おい、信じていないな。そのエリクサーはかつて王家でも珍重された」
「はいはい。それじゃあおしゃべりはここまでにして、いったん雑巾をとってきてね。さすがに今はしゃがめないから、床掃除はダミアンにお願いするわ」

 ダミアンが固まり、じたばたとわめき始めた。典型的な駄々っ子だが、リリスも慣れたものである。

「リリス、俺の話を聞け!」
「私が年寄りだからってそんなに大声で叫ばなくても、ちゃんと聞こえているから」
「だいたいお前は」
「きれいなお部屋で食べるとアップルパイは美味しいわよ」
「アップルパイ! まかせろ、最果てのダミアンさまにかかればこれくらいお安い御用だ!」

 瞳を輝かせながら雑巾を振り回すダミアンに、リリスはこっそり吹き出した。こんな風に大好物を前にすぐにご機嫌になる子どもが、魔術師ダミアンごっこをするなんて可愛らしい。なにせかの御仁は、肉体の保持に問題がなければ食事などなくて構わないと宣っていたそうだから。

 大急ぎで部屋の片付けにとりかかるダミアンを見ながら、リリスは彼が少しでも自分らしく過ごせるようにと願った。
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