6 / 6
(6)
しおりを挟む
「ねえ、ニコラス。ちょっと確認していい?」
「はい、なんでしょう」
「私がもともと伯爵家の生まれではなく、実際のところは没落寸前の男爵家の私生児だったって前に話したことがあったわよね。その件について、本当にあなたのご家族は気にされていないの?」
「もちろんです。むしろみんな、君と家族になれることを首を長くして待っていますよ」
「首を長く……って、そんなにお待たせしちゃったかな?」
(いやいや、1年くらいだよね? 恋人がいなかった息子にようやく春が来たってそれくらいの意味だよね? 頼む、お願いだから、そうだと言って)
「僕が学園に入学する前からですから、10年近くになるでしょうか。まあそれだけの時間がありましたから、いろいろと動く時間ができたとも言えるのですが」
(終わった……)
白目になって口から泡を吐きたい。それを必死に堪えながら、ケリーはワインを口に運ぶ。
「あ、ありがとう。あのね、もうひとついいかな」
「何でもどうぞ」
「今日のニコラスがびっくりするくらいカッコいいから、もしかして高位貴族なのかなって心配になっちゃって。そんなことないよね。一応名簿も確認してみたけれど、今いる部署にそんなひといないもんね」
ここまで来ての最後の悪あがき。必死に希望を見つけようとするケリーに、悪魔が艶やかに微笑んだ。
「名前を変えて潜り込むことは簡単なことでしたよ」
「……えーと、一体何のために?」
「僕はずっと君が好きだったというのに、君ときたらいつもするりと逃げてしまうのですから」
「だって、どう考えても釣り合わないじゃん。私のほうが年上だし……」
結婚相手として、いきなり年の離れた美少年を連れてこられたあの衝撃は忘れられない。うっかり犯罪者になったような心持ちだった。
「他のみなさんにとっては、僕の顔だとか、血筋だとか、公爵家の次期当主という立場はとても魅力的に映るようなのですが。どうしてこんなに嫌がられてしまうのでしょうね。そんなに僕のことが嫌いですか?」
「……もう勘弁して」
冗談でも「嫌い」とは言えないくらい、愛している。それがわかっていて真顔で問いかけてくるのだからタチが悪い。そしてそういうところがこの姉弟は本当に良く似ている。
「だからもう絶対に逃げられない状態になってから、正体を明かそうと決めていたんです。いわゆるサプライズってやつですね」
「サプライズって嫌われるんだよ。知ってた?」
「おや、知りませんでした」
(ちっくしょう!)
「一生懸命で頑張り屋さん、ちょっと口が悪くて、それなのに間抜けでおっちょこちょいな君が大好きなんです」
そんな正面きって馬鹿だと告げてくる男性なんてお断りだ。そう告げようとしてケリーは気づく。すでに店中の人間が、穏やかに、けれど確実にこちらを見守っていることに。
ここで求婚を拒んで社交界を敵に回せるような、鋼のメンタルは持ってはいない。それにこの腹黒で性格の悪い男にすっかり惚れてしまっているのだから。
ずっと昔から自分のことが好きだったと言ってくれているのだ。一途な純愛ではないか。ストーカーだったのではないかだなんて疑ってはいけない。
「結婚を承諾してくださって安心しました。拒まれても丸め込むつもりでしたが、それだとちょっと時間がかかってしまうので」
「諦めるって選択肢はないのよね。ほんと、殿下といい、あなたたち姉弟といい……」
「いやいや、おしどり夫婦にはかないませんよ」
「はい、不敬罪ね」
食事を楽しむケリーの左手の薬指には、ニコラスの瞳と同じ色の宝石で彩られた美しい指輪が輝いている。
***
後年、子どもたちから夫婦のなれそめについて聞かれたケリーは、苦笑いで答えた。
「私は馬鹿だったから、物事の表面しか見なかった挙句すっかり騙されたの。あなたたちは、もう少し思慮深く生きてちょうだい」
ため息をつくケリーと、そんな彼女を後ろから笑顔で抱き締めて離さない父親の姿に、子どもたちは愛され過ぎるのも大変なのだとひそかに納得したのだった。
「はい、なんでしょう」
「私がもともと伯爵家の生まれではなく、実際のところは没落寸前の男爵家の私生児だったって前に話したことがあったわよね。その件について、本当にあなたのご家族は気にされていないの?」
「もちろんです。むしろみんな、君と家族になれることを首を長くして待っていますよ」
「首を長く……って、そんなにお待たせしちゃったかな?」
(いやいや、1年くらいだよね? 恋人がいなかった息子にようやく春が来たってそれくらいの意味だよね? 頼む、お願いだから、そうだと言って)
「僕が学園に入学する前からですから、10年近くになるでしょうか。まあそれだけの時間がありましたから、いろいろと動く時間ができたとも言えるのですが」
(終わった……)
白目になって口から泡を吐きたい。それを必死に堪えながら、ケリーはワインを口に運ぶ。
「あ、ありがとう。あのね、もうひとついいかな」
「何でもどうぞ」
「今日のニコラスがびっくりするくらいカッコいいから、もしかして高位貴族なのかなって心配になっちゃって。そんなことないよね。一応名簿も確認してみたけれど、今いる部署にそんなひといないもんね」
ここまで来ての最後の悪あがき。必死に希望を見つけようとするケリーに、悪魔が艶やかに微笑んだ。
「名前を変えて潜り込むことは簡単なことでしたよ」
「……えーと、一体何のために?」
「僕はずっと君が好きだったというのに、君ときたらいつもするりと逃げてしまうのですから」
「だって、どう考えても釣り合わないじゃん。私のほうが年上だし……」
結婚相手として、いきなり年の離れた美少年を連れてこられたあの衝撃は忘れられない。うっかり犯罪者になったような心持ちだった。
「他のみなさんにとっては、僕の顔だとか、血筋だとか、公爵家の次期当主という立場はとても魅力的に映るようなのですが。どうしてこんなに嫌がられてしまうのでしょうね。そんなに僕のことが嫌いですか?」
「……もう勘弁して」
冗談でも「嫌い」とは言えないくらい、愛している。それがわかっていて真顔で問いかけてくるのだからタチが悪い。そしてそういうところがこの姉弟は本当に良く似ている。
「だからもう絶対に逃げられない状態になってから、正体を明かそうと決めていたんです。いわゆるサプライズってやつですね」
「サプライズって嫌われるんだよ。知ってた?」
「おや、知りませんでした」
(ちっくしょう!)
「一生懸命で頑張り屋さん、ちょっと口が悪くて、それなのに間抜けでおっちょこちょいな君が大好きなんです」
そんな正面きって馬鹿だと告げてくる男性なんてお断りだ。そう告げようとしてケリーは気づく。すでに店中の人間が、穏やかに、けれど確実にこちらを見守っていることに。
ここで求婚を拒んで社交界を敵に回せるような、鋼のメンタルは持ってはいない。それにこの腹黒で性格の悪い男にすっかり惚れてしまっているのだから。
ずっと昔から自分のことが好きだったと言ってくれているのだ。一途な純愛ではないか。ストーカーだったのではないかだなんて疑ってはいけない。
「結婚を承諾してくださって安心しました。拒まれても丸め込むつもりでしたが、それだとちょっと時間がかかってしまうので」
「諦めるって選択肢はないのよね。ほんと、殿下といい、あなたたち姉弟といい……」
「いやいや、おしどり夫婦にはかないませんよ」
「はい、不敬罪ね」
食事を楽しむケリーの左手の薬指には、ニコラスの瞳と同じ色の宝石で彩られた美しい指輪が輝いている。
***
後年、子どもたちから夫婦のなれそめについて聞かれたケリーは、苦笑いで答えた。
「私は馬鹿だったから、物事の表面しか見なかった挙句すっかり騙されたの。あなたたちは、もう少し思慮深く生きてちょうだい」
ため息をつくケリーと、そんな彼女を後ろから笑顔で抱き締めて離さない父親の姿に、子どもたちは愛され過ぎるのも大変なのだとひそかに納得したのだった。
23
お気に入りに追加
88
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。
だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。
全2話。
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◆エールありがとうございます!
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆なろうにも載せ始めました
◇いいね押してくれた方ありがとうございます!
欲しいというなら、あげましょう。婚約破棄したら返品は受け付けません。
キョウキョウ
恋愛
侯爵令嬢のヴィオラは、人の欲しがるものを惜しみなく与える癖があった。妹のリリアンに人形をねだられれば快く差し出し、友人が欲しがる小物も迷わず送った。
「自分より強く欲しいと願う人がいるなら、譲るべき」それが彼女の信念だった。
そんなヴィオラは、突然の婚約破棄が告げられる。婚約者である公爵家の御曹司ルーカスは、ヴィオラを「無能」呼ばわりし、妹のリリアンを新たな婚約者に選ぶ。
幼い頃から妹に欲しがられるものを全て与え続けてきたヴィオラだったが、まさか婚約者まで奪われるとは思ってもみなかった。
婚約相手がいなくなったヴィオラに、縁談の話が舞い込む。その相手とは、若手貴族当主のジェイミーという男。
先日ヴィオラに窮地を救ってもらった彼は、恩返しがしたいと申し出るのだった。ヴィオラの「贈り物」があったからこそ、絶体絶命のピンチを脱することができたのだと。
※設定ゆるめ、ご都合主義の作品です。
※カクヨムにも掲載中です。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
遠回りのしあわせ〜You're my only〜
水無瀬 蒼
BL
新羽悠(にいはゆう) 26歳 可愛い系ゲイ
瀬名立樹(せなたつき)28歳 イケメンノンケ
◇◇◇◇◇◇
ある日、悠は職場の女性にセクハラだと騒ぎ立てられ、上司のパワハラにあう。 そして、ふらりと立ち寄ったバーで立樹に一目惚れする。 2人は毎週一緒に呑むほどに仲良くなり、アルコールが入るとキスをするようになるが、立樹は付き合っている彼女にせっつかれて結婚してしまうーー
「私が愛するのは王妃のみだ、君を愛することはない」私だって会ったばかりの人を愛したりしませんけど。
下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…結構逞しい性格を持ち合わせている。
レティシアは貧乏な男爵家の長女。実家の男爵家に少しでも貢献するために、国王陛下の側妃となる。しかし国王陛下は王妃殿下を溺愛しており、レティシアに失礼な態度をとってきた!レティシアはそれに対して、一言言い返す。それに対する国王陛下の反応は?
小説家になろう様でも投稿しています。
夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?
ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。
妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。
そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お話のテンポがとても良く、短編でもしっかりと起承転結が読み取れて楽しく読ませて頂きました。
主人公のサッパリした性格が、憎めないのがいいですね。
絡む人々は、上流貴族、又はそれ以上(第二王子とか…)なのに、いつの間にかの無礼講状態になって失笑でした。
自分の婚約者様の話が、若干あっさりと流されていたので、もっとそこも楽しみたかったです。
ハッピーエンドを自分で導き出した主人公の開拓力に拍手です。