牡丹は愛を灯していた

石河 翠

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「普段はどのようなお色味をお使いでしょうか?」

 少し考えて、けれどなんと言うべきかわからず、私は首を傾げた。

 夫に望まれて仕事を辞めてからは、私が自由に使うことのできるお金は一銭もなかった。結婚前に貯めておいた貯金は、勝手にマイホームの頭金にされていたくらいだ。

 必然的に、残った生活費で買うことのできる最低限のものが私を彩っていた。プチプラにも関わらず、もう何年も前から同じものを使い続けている。

 それは、「普段使っているもの」であっても、「私が好きなもの」ではなかったはずなのに。

「最近はベージュ系ばかりなのですが、せっかくですから夏らしいメイクにしたいです」

 夫は青系の、人体にない色をひどく嫌う。特にそんな色をネイルに選べば、ネイルを落とすまでしつこく嫌みを言われていた。

「今年の夏は、こちらのブルー系やオレンジ、ピンクがオススメですね」
「それじゃあ、せっかくなのでブルー系で」

 私が指差せば、彼女はかしこまりましたと淡く微笑んだ。

 「何が好きか」ということを久しぶりに考えたような気がする。ああ、そうだ。私にも確かに好きなものはあったのだ。

 美容部員さんの質問に答えるたびに、諦めていたものを思い出す。大切にしていた気持ちを。わくわくした想いを。バラバラになったパズルのピースが合わさるように、私が形作られていく。

「完成です。いかがですか」

 鏡の中の自分は自分で言うのもなんだが、不幸せそうな中年女から、意思の強そうな妙齢の美人に変わっていた。

 不思議なものだ。これだけで、なんとかなりそうな気がする。力がわいてくる。

「化粧をしてみると元気が出るんです。強くなれるんですよ」
「そうですね、化粧は女性にとって鎧のようなものなのかもしれませんね」

 女性の言葉にうなずきながら、頬をなぞる。鏡の中の私は、自信を持てといわんばかりに口角をあげた。

「そうそう、こちら、初めてご利用いただいた方に差し上げているアロマキャンドルです。よろしければ、ひとつお持ちください」
「可愛いですね。この花はなんですか? 蓮の花?」
牡丹ぼたんなんです。珍しいでしょう?」

 花をかたどったアロマキャンドルと言われて私が想像するのは、薔薇の花くらい。けれど彼女が私に手渡してくれたものは、なんとも和風なものだった。最近は、和雑貨が流行しているのだろうか。

「ありがとうございます」
「リラックス効果がありますので、くたくたに疲れてしまったときに使うと効果がありますよ。火の元にだけは十分お気をつけくださいね」

 外を見れば夕立はすっかりあがり、晴れ間がのぞいていた。私はお世話になった彼女の方を向く。

「今日は本当にありがとうございました。次回はぜひ、こちらでお買い物させてください」
「またのお越しをお待ちしております。よろしければ次回はぜひご指名くださいね」

 「乙骨おっこつ」と名乗った女性に頭を下げながら、私は百貨店を後にした。
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