上 下
7 / 9

(7)

しおりを挟む
 満を持して臨んだ父の日当日。
 屋敷ではちょっとした騒ぎが起きていた。それというのも、招待した覚えのない派手な男女が一組屋敷に押しかけてきたからだ。

 おびえたように後ずさりするクララ。彼女を私の後ろにかばうと、今度はボニフェースさまが私の隣に立ってくれた。彼らを屋敷の中に入れるつもりはない。門越しに私たちは言葉を交わすことにした。

 絵姿でしか見たことのない私の夫は、ボニフェースさまによく似ていると思っていた。けれどこうやって両者を目の当たりにすると、ふたりは全然違うことに気が付く。優しい陽だまりのようなボニフェースさまと、獲物を待つ闇夜のような毒々しい書類上の夫。

「兄上、今さら何の用だろう」
「つれないなあ、弟よ」
「こうやって屋敷に乗り込んできたということは、例の書類が手元に届いたということだな」
「まったく勝手な真似を。クララの父親はこの俺だ」
「あなたが欲しいのは、わたしの父親という立場ではなく、侯爵代理という地位だって知っているのよ。お生憎さま、侯爵代理の立場はナンシーが嫁いできてからとっくに彼女に移っているわ」
「そんなことが」
「できるのよ、侯爵代理になれるのは私の保護者。それはあなただけの特権ではないわ」

 それは確かに聞いていた。今まではクララの母親が離婚を望んでいなかったことで放置されていたが、後妻がやってきてからも今まで通りの振る舞いはいただけない。浮気だけでも十分な醜聞だというのにクララの父親は、とんでもないことまでやらかしていたのだ。

「そして、結婚以来ナンシーを放置し、その隣の女と放蕩にふけっていた。その上、ナンシーの実家に散々に金銭を要求。断られるやいなや、応対をしていたナンシーの父親に殴りかかったそうではないか。警邏を呼ばれて慌てて逃げたとも聞いている。これらを踏まえて、兄上とナンシーの離婚と、僕とナンシーの結婚が行われたんだ」
「偽物の家族が一体何を言っている! 第一、俺は承諾していない!」
「犯罪者の兄上に拒否権はないよ。既に兄上は、我が家から除籍されているしね」
「わたしの両親は、ここにいる叔父さまとナンシー、そしてお墓で眠っていらっしゃるお母さま。あなたは、いらない」
「ねえ、ちょっとどういうこと。結婚したら、お金に不自由しない生活をさせてくれるって言ってたじゃない。それは全部ぱあってこと?」

 不機嫌そうな若い女の声。その時私はクララの父親の隣に立つ女に見覚えがあった理由を理解した。彼女は私の一番目の夫の腕に絡みついていた女性で間違いない。

「あら、今度もまた私の夫と結婚することになさったのですか? 酔狂な方ですこと」
「何を言っているの?」
「以前お会いした際には、私の一番目の夫の子を宿しているという話でしたが、違ったのでしょうか? まさか出産後すぐに子どもを捨てたとでも?」

 まったく世間は広いようで狭すぎる。あるいは訳ありのご家庭を選ぶと、このような事態に陥りやすくなるだけなのかもしれない。

「他の男との子どもがいたなんて聞いていないぞ」
「あの女が適当なこと言ってるだけだってばあ。それにあたしのことを愛しているんだから、別にそれが事実でも関係なくない?」
「そんな阿婆擦れ女はお断りだって言ってんだよ」
「はあ、何よ。あんたなんか、侯爵代理の肩書がなけりゃただの屑男のくせに」

 見苦しい言い合いを繰り広げる二番目の夫と、二回も私から夫を寝取った浮気相手が屈強な使用人に引きづられていく。彼らは借金の返済のために、炭鉱にて働かされることになるらしい。今までのツケが回ってきたのだと思ってもらうしかないだろう。

 例の浮気女は、男ばかりの環境で都合のよい娼婦として消費される可能性も高いが、それもまた自業自得なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

40歳独身で侍女をやっています。退職回避のためにお見合いをすることにしたら、なぜか王宮の色男と結婚することになりました。

石河 翠
恋愛
王宮で侍女を勤める主人公。貧乏貴族の長女である彼女は、妹たちのデビュタントと持参金を稼ぐことに必死ですっかりいきおくれてしまった。 しかも以前の恋人に手酷く捨てられてから、男性不信ぎみに。おひとりさまを満喫するため、仕事に生きると決意していたものの、なんと41歳の誕生日を迎えるまでに結婚できなければ、城勤めの資格を失うと勧告されてしまう。 もはや契約結婚をするしかないと腹をくくった主人公だが、お見合い斡旋所が回してくれる男性の釣書はハズレればかり。そんな彼女に酒場の顔見知りであるイケメンが声をかけてきて……。 かつての恋愛のせいで臆病になってしまった女性と、遊び人に見えて実は一途な男性の恋物語。 この作品は、小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

婚約者は幼馴染みを選ぶようです。

香取鞠里
恋愛
婚約者のハクトには過去に怪我を負わせたことで体が不自由になってしまった幼馴染がいる。 結婚式が近づいたある日、ハクトはエリーに土下座して婚約破棄を申し出た。 ショックではあったが、ハクトの事情を聞いて婚約破棄を受け入れるエリー。 空元気で過ごす中、エリーはハクトの弟のジャックと出会う。 ジャックは遊び人として有名だったが、ハクトのことで親身に話を聞いて慰めてくれる。 ジャックと良い雰囲気になってきたところで、幼馴染みに騙されていたとハクトにエリーは復縁を迫られるが……。

【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!

しずもり
恋愛
 ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。 お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?  突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。 そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。 よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。 *なんちゃって異世界モノの緩い設定です。 *登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。 *ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。

離婚された夫人は、学生時代を思いだして、結婚をやり直します。

甘い秋空
恋愛
夫婦として何事もなく過ごした15年間だったのに、離婚され、一人娘とも離され、急遽、屋敷を追い出された夫人。 さらに、異世界からの聖女召喚が成功したため、聖女の職も失いました。 これまで誤って召喚されてしまった女性たちを、保護している王弟陛下の隠し部屋で、暮らすことになりましたが……

「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ジュリア=ミゲット。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」 侯爵令嬢だったジュリアはアンドレ王子の婚約者だった。王妃教育はあんまり乗り気ではなかったけれど、それが役目なのだからとそれなりに頑張ってきた。だがそんな彼女はとある夢を見た。三年後の婚姻式で、アンドレ王子に婚約破棄を言い渡される悪夢を。 「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」 そんな夢を回避するため、ジュリアは行動を開始する。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

高貴な血筋の正妻の私より、どうしてもあの子が欲しいなら、私と離婚しましょうよ!

ヘロディア
恋愛
主人公・リュエル・エルンは身分の高い貴族のエルン家の二女。そして年ごろになり、嫁いだ家の夫・ラズ・ファルセットは彼女よりも他の女性に夢中になり続けるという日々を過ごしていた。 しかし彼女にも、本当に愛する人・ジャックが現れ、夫と過ごす夜に、とうとう離婚を切り出す。

処理中です...