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「ボニフェースさまのおっしゃった通り、本当に押しかけてきましたね」
「ナンシーの家族を殴ったことで、手配書が出回ったからね。実家にも義実家にも頼れないとなると、娘であるクララの元に来るしかなかったのだろう。それに、クララと君だけなら、暴力で押さえつけられると高をくくっていたのかもしれない。怖かったよね。顔色が良くないよ」
「いいえ、それはもう大丈夫なのです。ただ、この件でボニフェースさまにご迷惑をおかけしてしまったことが心苦しくて……」

 クララの母が小さい娘に叔父を縛り付けないように口酸っぱく教えていたというのに、結局私がボニフェースさまの人生を狭めてしまった。私にとっては幸せな結末でも、ボニフェースさまには不本意以外の何物でもないだろう。けれど、私の横でクララがお腹を抱えて笑い出した。

「クララ?」
「やだ、もう、ナンシーったら自信がなさすぎるんだから。あのね、ナンシーが叔父さまの好きなひとなの。だから、ナンシーが嫁いできてから叔父さまはこの家に通ってきているの。叔父さまももうちょっとナンシーにわかるようにアピールしなくちゃ」
「……そんな、まさか」

 まさかの衝撃に頭が混乱してしまう。何を言われているのかよく理解できない。

「クララ、僕が告白する前に、一足飛びでいろんなことをぶっちゃけてしまうのはやめてくれ」
「あ、いけない! ええと、こういう時って、どうすればいいんだっけ。あ、そうだ、あれあれ。『あとは、若いふたりでごゆっくり』であっているわよね?」
「クララ!」
「きゃあああ、ごめんなさい~!」
「そんなことを言ってもう!」

 お飾りの妻として愛されない結婚ばかりしてきた。ボニフェースさまとの結婚も、クララと各家の面子を守るための書類上の結婚だと思っていた。必要があれば、すぐに離婚される覚悟もしていた。けれど、二度あることは三度あるということわざに怯える必要はないらしい。

「兄の妻に来た君に僕が愛を告げていいはずがない。それでも僕はもう君を逃したくなかったんだ。昔、手をこまねいているうちに君はあの屑に嫁がされて、傷つけられていたのだから。僕の顔に見覚えはないかな。王立図書館の本の虫さん」

 もう、顔も覚えていない相手への淡い初恋。実家に居場所のなかった私は、ただひたすら図書館で本を読んでいた。そんな私に気さくに声をかけてくれていた文官さまは、ボニフェースさまだったのか。

「私も、ずっとボニフェースさまのことをお慕いしておりました」
「ナンシー!」
「ちょっと、ボニフェースさま! クララが見ています! 何よりここは屋敷の外です!」
「そうか、ならこれでどうだい。おいで、クララ」

 ボニフェースさまはそういうと、私とクララをまとめてぎゅっと抱き着いてきた。ひなたの匂いのする娘と、爽やかな花の香りがする旦那さま。優しい匂いに包まれて、私はこの穏やかな暮らしを送ることができる幸福を静かに噛みしめていた。

 三度目の結婚で、ようやく幸せな家族を手に入れることができたのだ。
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