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自室の寝台でふて寝をしていたクララの元に行き、私もお行儀悪く寝転んでみた。
「ごめんなさい、クララ。私、無神経なことを言ってしまいました」
「ナンシー、本当に自分がお祝いされる可能性を考えなかったの?」
うろんな顔をするクララに、私は眉を下げた情けない顔で答える。
「ええ。まったく」
「嘘、信じられない」
「本当ですよ。私はね、ちょっと臆病なんです」
「わたしの部屋に大きな虫が出たら、使用人を呼ぶ前に倒してくれるのに?」
「これでも大人ですからね、何かの役割を果たすことは得意ですよ。お仕事をするのは、大人の当然の役割ですから。弱虫なのは、心の問題でしょうか。今までの人生の中で、悲しかったり、寂しかったりしたことが多いと、もうそんな思いはしたくないと思ってしまうんです。そしてもうこれ以上傷つかなくていいように、全部諦めてしまうんですよ」
「だから、母の日は自分に関係がないと思ったの?」
「ええ、最初から期待しなければ、がっかりすることも、寂しく思うこともないでしょう?」
「でもなんだかそれって、すごく悲しいわ」
「無条件で祝われるはずのお誕生日ですら忘れられることが多かったですから。母の日という行事で、クララに私を母として扱ってほしいなんて厚かましいこと、言えるはずがありません」
「お誕生日を忘れられるなんてこと、ありうる?」
「それが意外とあるんですよ。兄弟姉妹のお誕生日には、両親もお茶会を開いたり、旅行に行ったりと盛大にお祝いするんです。でも、私のお誕生日には何にもなくて」
「ご両親以外は、お祝いしてくれないの?」
「残念ながら、みんな悪気なく忘れてしまうようなのです。一度、どうして祝ってくれないのかと聞いたら、『自分から祝われたいだなんてみっともない』と叱られてしまったのです。でもその後言わずにいたら、私のお祝いだけなかったことを知った知人に嫌味を言われた際に『お前が言わないから恥をかいた』と責められてしまって。すっかりお祝いごとが苦手になってしまいました」
他者のお祝いごとはお祝いするけれど、自分に関わるものではないと切り離すようにしてきた。そうすればいちいち心をざわつかせずに済む。ふわふわと期待する気持ちも、がっかりと沈み込む気持ちもいらない。
けれどだからと言って私の過去の傷は、優しい子どもの柔らかな心を傷つけていい理由にはならない。自分からお願いすることが怖くて、けれど今こそはっきりと口にするべきだとわかっていて、私の手は小さく震えた。
「母の日の贈り物、おねだりしても大丈夫ですか? まだ間に合いますか?」
「もちろんよ。お花もあげるし、ピアノだってたくさん弾いてあげるわ。叔父さまと一緒にナンシーは、たくさんワルツを踊るのよ」
「ちょっと、どうして、そこでボニフェースさまが出てくるのです」
恥ずかしい。まさか無意識の好意が、気が付かない間に駄々漏れだったのだろうか。
「だって、叔父さまのs」
「仲直りはできたかい?」
「叔父さま!」
「ボニフェースさま」
けれど、その疑問を確認することはできなかった。クララとボニフェースさまが楽しそうにじゃれ合っている。胸の中にあった寂しさはいつの間にか、どこかへ消えていた。
「ごめんなさい、クララ。私、無神経なことを言ってしまいました」
「ナンシー、本当に自分がお祝いされる可能性を考えなかったの?」
うろんな顔をするクララに、私は眉を下げた情けない顔で答える。
「ええ。まったく」
「嘘、信じられない」
「本当ですよ。私はね、ちょっと臆病なんです」
「わたしの部屋に大きな虫が出たら、使用人を呼ぶ前に倒してくれるのに?」
「これでも大人ですからね、何かの役割を果たすことは得意ですよ。お仕事をするのは、大人の当然の役割ですから。弱虫なのは、心の問題でしょうか。今までの人生の中で、悲しかったり、寂しかったりしたことが多いと、もうそんな思いはしたくないと思ってしまうんです。そしてもうこれ以上傷つかなくていいように、全部諦めてしまうんですよ」
「だから、母の日は自分に関係がないと思ったの?」
「ええ、最初から期待しなければ、がっかりすることも、寂しく思うこともないでしょう?」
「でもなんだかそれって、すごく悲しいわ」
「無条件で祝われるはずのお誕生日ですら忘れられることが多かったですから。母の日という行事で、クララに私を母として扱ってほしいなんて厚かましいこと、言えるはずがありません」
「お誕生日を忘れられるなんてこと、ありうる?」
「それが意外とあるんですよ。兄弟姉妹のお誕生日には、両親もお茶会を開いたり、旅行に行ったりと盛大にお祝いするんです。でも、私のお誕生日には何にもなくて」
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他者のお祝いごとはお祝いするけれど、自分に関わるものではないと切り離すようにしてきた。そうすればいちいち心をざわつかせずに済む。ふわふわと期待する気持ちも、がっかりと沈み込む気持ちもいらない。
けれどだからと言って私の過去の傷は、優しい子どもの柔らかな心を傷つけていい理由にはならない。自分からお願いすることが怖くて、けれど今こそはっきりと口にするべきだとわかっていて、私の手は小さく震えた。
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「もちろんよ。お花もあげるし、ピアノだってたくさん弾いてあげるわ。叔父さまと一緒にナンシーは、たくさんワルツを踊るのよ」
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恥ずかしい。まさか無意識の好意が、気が付かない間に駄々漏れだったのだろうか。
「だって、叔父さまのs」
「仲直りはできたかい?」
「叔父さま!」
「ボニフェースさま」
けれど、その疑問を確認することはできなかった。クララとボニフェースさまが楽しそうにじゃれ合っている。胸の中にあった寂しさはいつの間にか、どこかへ消えていた。
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